初恋7
【中間学園玄関の踊り場】
晶子先生の話し、途中になっちゃったけど、何だったんだろう?
まっ、夜になればわかるか。
考えてもしょうがないな。
行こう、行こう。
【音楽室】
〈部活の時間〉
「おおっ、寛太も入部したのか」
「はい」
3年生だから期間は短いけど、一緒に楽しめる間は精一杯楽しもう!
「先生、今日は、何を聴くんですか?」
「早く、早く」
「この前は、古典派を聞いたから、今日は、ロマン派にするか。ベートーヴェンは、僕は古典派だと思うんだけど、ロマン派にも入ってるんだよな」
「じゃあ、ベートーヴェン聴く」
「良し、ヴァイオリンコンチェルトを聴くか。五島みどりさんの演奏で。ラジオから録音した物だけどな」
「ベートーヴェンのコンチェルトは、世界三大ヴァイオリン協奏曲の一つと言われているんだ。ちょっと長いけど、彼女の演奏なら、飽きないと思うよ」
【中華料理屋】
夜、晶子先生と中華料理屋で待ち合わせだ。
「あ、響君」
「お待たせしました」
「料理、適当に頼んどいた」
「ありがとうございます」
この町に、こんなお店が有ったんだな…
中華料理屋さんは、一軒だけしか無いみたいだ。
「響君のお婆ちゃんの事なんだけど、旧姓田野倉都子さんよね。私の祖父が恋してた人だと思うのよ」
「えーっ?」
いきなりびっくりする話しだなあ。
「小さい頃祖父に聞いた話しで、まだはっきり思い出せないんだけど、でも、関金の地蔵院の近くの田野倉都子さんでしょう?」
「そうですけど…」
「同じ名前の人が何人も居ると思えないし、きっとそうだわ。田野倉と言えば代々続く旧家で、地元では知らない人は居ないそうよ」
そして、晶子先生がお爺さんの浩一郎さんから聞いた話しと言うのは…
「その頃祖父は、20代だったと思うんだけど、お友達が関金に住んでいてね、一緒に地蔵院の盆踊りに行ったの」
昭和20年代の話しだ。
「その時、歌を歌っていた女性の声がとても美しくて、人混みをかき分けて声のする方へ行ったのね、そして、歌が終わるのを待って声をかけたそうよ」
昔の盆踊りの風景が浮かんで来そうだ。
「そして、田野倉家の3番目のお嬢さんだとわかった祖父は、何通も手紙を書いたんだって」
綺麗な和紙の便箋と封筒で返事が届いたそうだ。
益々お婆ちゃんじゃない感じだな、そんな女らしい話し。
待て待て、千代紙を集めてた話しは聞いたな。
「当時は、メールなんて無いから手紙よね。電話も、村に一軒か二軒しか無くて、交換手が繋いでたんだから」
清楚な大伯母の事が噂になって、近隣の町から顔を見に来る人が居たって聞いていたけど、お婆ちゃんにもそんな話しが有ったのか?
あのお婆ちゃんに?
姫路の大伯母の間違いじゃないの?
「祖父はもう亡くなってるし、そのお友達も、結核で若くして亡くなってしまったの」
当時の話しを知っている人は、もうあまり居ないみたいだ。
夏休みに帰ったら、ゆっくり聞いてみよう。
僕の祖母は昭和6年生まれ、浩一郎さんは大正13年生まれだそうだ。
【響の宿舎】
「ただいまー」
「ミャー」
ただいまって言える相手が居るって良いなあ。
シロ「ニャー、ニャー」
響「今オヤツあげるからな」
【朝風校長宅の囲炉裏】
「あの手紙、本当に鐘城先生のお婆ちゃんからなのかな?」
「確かな事はご本人に聞かないとわからないけど、年も同じぐらいだし、同じ村に同姓同名の人が居たとは思えないわね」
「村?」
「当時は村だったのよ」
「香が見た予知夢って、浩一郎お爺ちゃんに見せられたんじゃない?きっと、浩一郎お爺ちゃんが2人を引き合わせたのよ」
「私…響先生が好き」
「香、それはちょっと待って」
「どうして?」
「教師と生徒だし、10才も年上なのよ」
「それでも好きなの」
「待ちなさい。もし、もしもよ、お爺ちゃんと彼のお婆ちゃんが男女の関係だったりしたら、これは大変な事だわ」
「私は、別に良いと思うけどねー」
「もし血が繋がってたりしたらどうするのよ」
「まさかー」
【香の部屋】
血が繋がってるかも知れないの?
そんなぁ…
待ってって言ったって、もう好きになっちゃったんだもん、この気持ち自分でも止められない。
「香。まだ血が繋がってるって決まったわけじゃないんだから、泣かないの」
「もし、本当にそうだったらどうしよう」
「うーん、ちゃんと確かめて、もしそうなら諦めるしかないね」
「そんなの嫌」
【中町学園の音楽室】
「あれ?何でこんな所に居るの?」
この人、神出鬼没だよな。
「だって、私の母校だもん」
「あ、そうなのか」
「そんな事より…」
そして、涼子さんは、昨日の晶子先生との会話の内容を話し始めた。
「え?無い無い。お袋は川原の祖父の子だよ」
「もし男女の関係だったら、って晶子伯母ちゃんが言うのよ」
「それは無いんじゃないかな。だって校長先生は、うちのお袋より年上だよ。もしお袋が浩一郎さんの子供だとしたら、不倫て事になるよね」
「そうか…ねえ、早くお婆ちゃんに確かめてよ」
何でそんなに急ぐんだろう…?
何て聞くんだ?
お婆ちゃん不倫してたの?って聞くのか?
そんな事言えないよなあ…
校長先生は伯父よりも年上だし、有り得ないと思うけどね。
【響の宿舎】
お袋に電話してみた。
「え?朝風浩一郎さん?お母さんは聞いた事無いよ」
「お爺ちゃんと会う前だよ」
「そりゃあ恋の一つや二つ有るだろうけどね、聞いた事無い名前だな」
「そうか」
「今度帰った時に、聞いてみなさい」
「うん。お母さん、体に気をつけて」
「響。ちゃんと食べてるの?」
「こっちは食べ物美味しいよ。生徒がお竃さんの使い方教えてくれた」
母と電話すると長いから、いい加減で切ったけど、結局わからなかったな…
お袋が知らないぐらいなんだから、晶子先生が心配するような話しじゃないと思うけどね。
だけど、何をそんなに心配してるんだ?
仮に血が繋がってたとしても…
痛て…
スギンだって。
胸が痛んだ。
一瞬あの誘導瞑想の時見た絵が浮かんだ。
香と血が繋がってたら嫌なのか?
おいおい、香は生徒だぞ。
しっかりしろよ俺!
あれが本当に過去世だったとしても、10才も年下の女の子だし、生徒にそんな気持ち…
って、どんな気持ちだ?
ダメダメ!
考えると迷路に迷い込みそうだ。
ああ、考えるのよそう。
「ニャニャー」
「シロ。お腹空いたのか?」
最近他の猫もご飯を食べに来る。
シロは、先に食べさせてやって、待ってたりするんだ。
「ウマ、ウマウマ%☆♪ニャ」
「誰も取らないから、ゆっくり食べるんだぞ」
涼子さんは「関金のお婆ちゃんの実家に行ってみたら?」って言うけど…
お袋だって、小さい頃一度行っただけだ、って言ってた。
大伯父はもう亡くなっていて、その子供が後を継いでいる。
母の従兄弟なんて顔も知らないし、僕が行ったところでどうにもならないよな。
「ニャニャー、ニャー」
「まだ食べるのか?じゃあ、オヤツあげるからな」
「ウニャニャ♪」
【田んぼ】
5月になった。
田植えシーズンなんだな。
どこも忙しそうだ。
今は機械で植えるけど、昔は早乙女さんが手で植えてたんだって。
【池】
そろそろナマズが釣れる、って、魚路先生が仰ってたな。
【浅田商店】
今日は、しょうのけ飯を買った。
多喜さんは、今日も元気だ。
うちのお婆ちゃんより若いんだよな。
【中町学園職員室】
「晶子先生から聞いたわよ。もしかしたら血が繋がってるかも知れないって?」
「僕は、違うと思うけどね」
「誰が何て言おうと、本当の事はお婆ちゃんしかわかんないからね」
だから、夏休みに帰ったら確かめてみろ、って、璃子は言う。
僕だって、そうするつもりだけどね。
そして、その話しは、あっと言う間に町中に知れ渡った。
【音楽室】
「ねえ、響ちゃん。お婆ちゃんからどんな話しを聞いてるの?」
相変わらず諏訪は「ちゃん」て呼ばぶなあ。
「ねえねえ」
「土転びの話しとか聞いたな。家の近くにポンプ小屋が有って、そこの辺は土地が低くなっていて、下~の方に土転びが居るんだって」
「へー、土転びって妖怪だったよね?」
「何かそんなんだよな「一升二升ごーしごし、擂れたか擂れんか舐めてみい」って言うんだってさ」
「恋の話しとか聞いて無いの?」
「祖父と仲良かったからな、他の人の話しは聞いた事無いよ」
私、先生が好き。
たとえ血が繋がっていたとしても、諦めるなんて出来ない。
好きなの。
〈チャイムが鳴る〉
「さあ、教室戻れ」
「はーい」
うーむ…
土転びの他は「エー、ヨーイヤナー」の話だな。
大名行列ね。
お婆ちゃんの男兄弟は皆んなやった、って言ってたな。
【響の宿舎】
「シロ。ご飯よー」
「ニャニャー」
「私達も、食べに行こう」
「おう」
【寿司屋】
日本海の魚は美味しいからな~
で、何故かたまごから。
「響は、いつもたまごからよね」
普通は、マグロからか?
気にしない、気にしない。
そしてホタテ~
次は、白身を端から~
実は赤身はあんまり得意じゃないんだよねー。
イクラ~
ウニ~
「あー、美味しい♪」
もう、響ったら、私がこんなに心配してるのに、いつもこうなんだから…
璃子は僕の事わかってくれてるから、余計な事は言わないし、気が楽だよな。
美味しかった~
今日は調子に乗って食べちゃったけど、安い給料だからね。
当分お寿司は無理だな。