初恋14
【上町】
今日は、皆んなで芸術鑑賞だ。
この昔の城下町に、芝居小屋が有って、そこで芸者さん達の踊りの会が有るので、生徒達と来ている。
【芝居小屋】
ここだな。
そう言えば、お婆ちゃんの実家の裏には芝居小屋が有って、その横には川が流れていた、って言ってたな。
太鼓の音が、家まで聞こえたそうだ。
序の舞に三番叟を踊る役者さんが、良く家に来た、って言っていた。
縁側に座って、曽祖母が作った料理をつまみにお酒を呑んでいたそうだ。
当時台所は外に有って、日本の昔話に出て来るような風情だったらしい。
役者さんは、一番太鼓が鳴っても二番太鼓が鳴っても帰らなくて「おっつぁん、三番太鼓が鳴っとるじぇ」って言うと「おいおい(ハイハイ)」ってやっと重い腰を上げたそうだ。
そして、ギリギリ間に合って舞台に立ったって言ってたな。
屋敷内には綺麗な小川が流れていて、その川を飛び越えて見に行ったらしい。
芝居の話しは、散々聞かされたよな。
【劇場の中】
芸者さんの踊りが始まった。
お婆ちゃんも良くこういう所で踊ったらしい。
近隣の村が寄って大きな踊りの大会が有って1位になった、ってお袋が言っていた。
振り付けをしたり、教えたりもしていたそうだ。
花柳何とか言うお師匠さんに習ったらしい。
お袋も、古典舞踊の名取なんだけど、お婆ちゃんの踊りは見た事が無いそうだ。
お婆ちゃんは「三郷(お袋)の踊りは下手」だ、と言っている。
お袋のお師匠さんも花柳だった。
今は名前を返して家元になっているけど、花柳時代の名前を言えば知らない人は居ないぐらい有名な人だ。
「芸者さん達の踊り、とっても華やかだったわねー」
璃子も、小さい頃お袋に習ってたんだよな。
お月様いくつ、十三七つ、まだ年しゃ若いな、いつも年を取らないで、三日月になっても、まん丸になっても…
ってやってた。
禿ぐらいまでやって、やめちゃったんだよな。
【諏訪旅館前】
12月になると、雪の日が多くなって来た。
雪化粧した奥山町の景色は、綺麗だな。
諏訪旅館の屋根も、白くなっている。
【露天風呂】
お風呂の中から雪景色が見えるのも良いなあ。
木の葉に雪が乗って、花が咲いてるみたいだ。
「こんばんは」
「あ、一本木先生、こんばんは」
「鐘城先生、正月は東京に帰るんだろ?」
「うん、帰るよ。こっちはホワイトクリスマスなんて当たり前?」
「当たり前だな。東京は雪は降らないのか?」
「あんまり降らないな」
【脱衣所】
温まったなあ。
冷めないうちに帰って、布団に入ろう。
【露天風呂】
〈お風呂の中に入っている一本木竜太〉
正月は、璃子ちゃんと一緒に帰るんだろうな。
鐘城先生は、いつも一緒で良いなあ。
【音楽室】
〈部活の時間〉
「この時期になると、第9ばっかりだよね」
「良い曲だけど、飽きてきた」
「じゃあ、今日は、ベートーヴェンの第9シンフォニーを聞こうか」
「だから、やめてよ」
「もう、響ちゃん、空気読めーっ」
「まあ、この時期どこからでも聞こえて来るから、やめておこう」
「じゃあ、何聞くの?」
「シューマンにしようか」
「うん」
「子供の情景とか入ってるヤツが良いかな?」
「わー、シューマンのCDこんなに有る」
同じ曲でも違う録音とか、ジャケットが変わったりすると、買っちゃうからな。
「同じ人のばっかり」
「シューマンはこの人。僕が母親のお腹の中に居る時から聞いていたピアニストだよ」
「そうなんだあ」
「良し、席に着け」
「はーい」
〈ニコニコの響の顔を見る香〉
今日の響先生、何だかとっても嬉しそう。
そんなにシューマンが好きなの?
好きなのはピアニスト?
「では、今日は、シューマンの子供の情景、幻想曲、森の情景を、伊藤恵さんの演奏で聴きます。良い演奏は何度聴いても飽きる事はないよ」
【中町学園講堂】
「これから餅つき大会を始めますけなぁ」
今日は12月24日。
終業式が終わったら、町の人達が中町学園に集まって餅つき大会だ。
皆んなでお餅をついて、つきたてのお餅を食べて、そしてお正月の分を頂いて帰るんだ。
「わあー、楽しみねー」
生徒のお母さん達は、出来たお餅を料理してくれるみたいだ。
浅田のお婆ちゃんの多喜さんも来てるな。
「なら、鐘城先生と一本木先生は、餅ついてごしないな」
「なら、俺が先にするな」
一本木先生と僕が交代でお餅をついて、璃子が捏ねる。
「良い感じだね」
「一本木先生って、璃子ちゃんの事好きなんだよね」
「わかりやすいよね」
本当わかりやすいよな。
名前の字変えた方が良いんじゃないか?
一本木じゃなくて、一本気に。
「出来たわよー」
交代だな、僕の番だ。
「わー、息がぴったり合ってる」
「さすが幼馴染みだね」
璃子のヤツ、ニコニコして楽しそうだな。
良し、出来たぞ。
つきたてのお餅。
まだ温かい。
「美味しそう」
「響ちゃん、そのままでも食べそうな勢い?」
「今小さくしますから、待っててくださいね」
生徒達が、小さく分けて丸めていく。
それを伸ばして丸いお餅にするんだ。
「小豆の用意は、もうちゃんと出来とるけぇなぁ、いつでもええじぇ」
浅田のお母さんの由紀さんとお婆ちゃんの多喜さんは小豆を、柿崎のお母さんの唄子さんが、きな粉を用意してくれた。
「やっぱり丸いお餅なのね、響の家と一緒」
「今は、うちのも丸くないけどな」
「子供の頃、良く響の家で頂いたお餅が丸かった」
西の地方は丸餅で東は四角って、随分大きくなるまで知らなかったんだ。
うちのお餅は、いつも、岡山の大叔母が送ってくれていたから丸餅。
丸いのが普通だと思ってたんだけどね。
大叔母が亡くなってから買うようになって、四角くなったんだ。
僕はどうもまだ慣れなくて、お餅はやっぱり丸だと思ってる。
大叔母のお餅、美味しかったなあ。
東京育ちだからうどんより蕎麦が好きなんだけど、お餅の形だけは絶対丸。
ああ、そうそう。
それから、僕の家の変なとこは、トコロテンが黒蜜。
酸っぱいのは、ちょっとびっくりした。
僕は江戸っ子じゃないけど、東京育ち。
なのに、何だか変。
「小豆のも、きな粉のも美味しいね」
「ああん、食べ過ぎて太っちゃう」
【中町学園前】
「ああ、明日から冬休みだな」
「ちょっと、その前に、今日はイブよ」
「あ、そうか」
【校長宅の囲炉裏】
〈夕食を食べる香、涼子、晶子〉
「今日は、クリスマスイブだね」
「響先生どうしてるかな?」
「東京だったら、女の人と夜景の見えるレストランとかでディナー?」
「もう、お姉ちゃん」
「こっちだと、どこ行くのかな?」
「誰かと…一緒かな?」
「香。まだ響君の事が好きなの?やめなさいって言ったでしょう」
「そんな事言ったって、好きなんだもん無理だよ」
【香の部屋】
今日も璃子ちゃんと一緒かな?
ただの幼馴染み?
でも、仲良過ぎるよ。
「響先生、璃子ちゃんの事どう思ってるんだろう?」
「高梨先生って、明るくて可愛い人だよね」
「うん」
「香は嫌い?」
「ううん、好きだよ」
優しいし、嫌なところなんて無いもん。
でも…
だから心配なの。
璃子ちゃんが、素敵な人だから…
【神社の中の部屋】
〈畳の上に座る涼子〉
好きなだけ悩みなさい。
悩んで良いのよ、人間なんだから。
先生に憧れる年頃だしね。
ああ、でも…
先生達、そろそろ結婚を考えないといけない年よねー。
【大山のスキー場】
リフトで登って行く。
「うわー、鳥になった気分だわー」
【ゲレンデ】
ライトアップされて、綺麗だな。
でも、あまり人が居ないぞ。
何だか雲行きが怪しくなって来たか?
吹雪いて来たので、僕達はロッジへ向かう事にした。
【ロッジ】
無事到着。
「うー、寒かった」
デッカいストーブが有って、中は暖かいな。
外は吹雪だ。
しばらく山を下りられそうにないぞ。
幸運にも部屋が空いていたので、泊めてもらう事にした。
【客室】
〈窓の外を見る璃子〉
「雪、止みそうにないわね」
空いてたのは、一部屋だけ。
ツインの部屋だ。
まあ、今更璃子と2人の夜なんて、どうって事ないけどね。
窓の外を見ている璃子の肩に触れると、ピクッとした。
どうしたんだ?
「今日は、クリスマスイブだけど、変な事考えないでよ」
「変な事って何だよ」
「オオカミ男に変身しないで、って言ってるの」
「誰が、お前相手に変身するか」
「失礼ね」
「月…見えないしな」
〈寄り添って窓の外を見る2人。ケーキが運ばれて来た〉
「いつの間に頼んだの?」
〈ニコニコの璃子〉
「今日がイブだ、っていうの忘れてたら、また怒られるからな」
「怒ったりしないわよ」
「お前の不機嫌な顔は、見たくないよ」
璃子はいつもニコニコしているから璃子なんだ。
〈そして…ケーキを食べ終わると…〉
もう、響ったら、サッサと1人で寝ちゃったわ。
全然ロマンチックなXmasじゃないんだから。
せっかく、White Xmasなのにー。




