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缶コーヒー

作者: 中山佳映

 ここんとこ仕事がきつくて。

 恋人とは忙しくてちっとも会えないし。

 仕事が忙しいっつってんのに、浮気してるんだろうとか疑われて。


 そんなこと思いつきもしなかったのに、疑われた途端本気で浮気したくなる。

 実際不可能なんだけどね、時間的精神的にそんな余裕なし。


 こういうときはだまって頭のひとつもなでてくれたらよさそうなものなのにさ。

 あのわからずやめ、もうホントに捨てちゃうゾ。


 浮気というより、そうだな、ポイしたくなるね。

 抱擁がほしいときに束縛なんかされたら頭にくるよ。


 イライラしてカリカリして忙しいうえにそんなこんなで疲れちゃって甘いものが欲しくなって。

 ふだんあんまり飲まないんだけど、仕事帰り。

 勤め先の前の自販機で缶コーヒーを買ってみた。


 ひとくち、ふたくちは美味しく飲めたんだけど。

 なんだか甘ったるさが耐えがたくなって。

 半分くらい残ってるのを排水溝へ捨てようと缶をかたむけたら。

「それ、捨てちゃうんすか?」

 声のほうを向くと、顔見知りの運送屋さんが。

 会社の荷物を取り扱ってて、まあ挨拶くらいはする仲。


「捨てるんだったら、おれにくれませんか?」

 ……は?

「……これ、飲みかけなんだけど」

「ああ、全然いいっすよ」

 ……そんなものなのかな。


 戸惑いながらも缶をさしだすと、彼は受け取って、なんの躊躇もなく口をつけて。

 あたしの唾液が、まあほんの少しだけどまざってるコーヒーを、のどを鳴らしてのんでる。

 上下するのどぼとけを、不思議な生物を見るような目つきでながめる。


 このひと、よっぽどのどがかわいていたんだろうか。

 いま手持ちの小銭がないんだろうか。

 よく知らない人間が飲み残したものを飲むなんて、ちょっと自分では考えられないから。


 のどぼとけにその答えが書いているわけではないんだけれども、なんだかじっと見つめてしまった。

 そこばっかり見つめてしまったのは。

 ちょうど少しみあげたところに、のどぼとけがあったから、でもある。


「ごちそうさまでした」

 軽く吐息をもらして、彼はあたしに空き缶を手渡そうとする。

 そこに空き缶入れあるから自分で捨てなさいよ、と言うこともできたんだけど。

 あたしはそれを受け取った。


 彼はそれ以後も会社の荷物を運びに来て、伝票を受付にいる私に渡す。

「まいどー」

「あ、どうもー」

 それだけの関係。

 でも。


 このひとはあたしの唾液が少しだけどまざったコーヒーを飲んだ男だ、と。

 脳か心か魂だか知らないが、あたしの奥は、そう認識している。

読んでくれて、ありがとうございました。

私にしては珍しい短編そして現代もの、でした(*^^*)

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