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FULL METAL SWEEPER   作者: TEI-HEN
1/1

無職働程

 ちょっとやそっとじゃ見られない記録的豪雨、気象部の連中は何をトチ狂ったか一時間に百ミリメートル近くの雨を降らせ、都市においては交通機能が麻痺し、相次いで事故が発生すりという未曾有の出来事が起きた一日。


 喜びを得たのは一部の投資家か公共料金を水増しできる国税局ぐらいの、誰しもにとってもブルーライフの一日。


 今、ずぶ濡れを通り越してどうにでもなれという気分で、雨傘必須の道路上を全力疾走し、周囲に水を跳ねているのも気に掛ける余裕なく避難場所を求めている彼も被害者の一人である。


「あぁ~畜生!! どうせ循環させるなら意味ないだろうが!」


 気象部の気まぐれに悪態を付く彼は、眼にも水が滴って視界もボヤけている中で、橋の下に薄暗くはあるが雨宿りが出来るポイントを発見し駆け込んだ。


「ハァッ・・・ハァッ・・・」

最後に持てる力を振り絞り、滑り込むような形で走りきり、これ以上雨が入り込まないと身体が確認した後に中腰となり、身体の重さに心肺機能が追い付かず、肩で荒い呼吸を繰り返す。


「フゥ・・・」

重い腰を上げたのはそれから程なく。

「おっ?」

どうやら先客が居たのと、その様子を見て眼を丸くする。


 雨には濡れてはいないが、震えているように見えるのは怯えているからだろうか。小さな女の子が身を丸くしてつぶらな瞳ではあるが、如何にも不安そうな表情を浮かべて、こちらをじっと視線で釘付けにして離さない。


「悪い悪い。驚かしてごめんな」

大袈裟に両手を振って無害を主張しようとした時には、思いっきりビクついた。

一挙一動に過敏に反応し、こちらへの警戒を窺わせる。


「本当に怪しい者じゃないんだ。ただ雨宿りしに来ただけさ・・・」

やんわりとそう言って、それからゆっくりと壁にもたれ掛かって腰を落とす。


「・・・・・」


 少女は動きに合わせて、視線を合わせて食い入るように見つめてくる。

空虚を感じさせる元気の無い眼だ。身なりも雨による泥ではない、シャツにパンツと元の色からは褪せて繊維がボロボロの衣服を纏い、頭にはスカーフを巻いて裸足の状態で、体育座りをしている。ストリートチルドレンなのかもしれない。


 呼吸が整うのと、流石に居心地が悪いので少女の警戒が薄れるのを待って、その間に染み込み垂れて行く水を地面へと流す。犬が水気を跳ねるように身体をバタバタとさせ、脱水を試みる。

 正直、大人のする事ではないがシャレのつもりだ。

「やれやれ、クソみたいな雨降らしやがって・・・身体に錆が出来たらどう責任取ってくれるんだ・・・」

掌の握りを開閉させて、関節部分に軋みを感じるのは関係があるかもしれない。


「タオル・・・一枚・・・四十ルピス・・・」


「えっ? 」

思わず聞き返した。


「おじさん、タオル一枚四十ルピスで売るよ・・・」


そういうことか、と納得した。

ようやく、顔の表情からは強張りが少し抜けていた。

 オジサンと呼ばれるのは心外だが。


「心遣いありがとう。でもな残念ながらお金が無いんだ」

ポケットの中を何処をどう漁っても貨幣の一枚も出てきはしない。


「お金ないの?」

「ああ、借金まみれだ。ホント、寒いよな・・・」

おまけに無職ときている。


幼い子供に自分の情けない身の上話をするのは大人として恥ずべきものだろうが、他に語れる相手も居ない。誰だってストレスを抱えており、悩み事の一つだって打ち明けたい気持ちはあって、風船は膨らみ過ぎると破裂する訳である。

 お金から連想させる言葉が鍵となって発作的に始まったらしい。


「金もだが・・・実は、記憶も無いんだよ・・・誰も俺の事を知らないんだ・・・」

壁に話してるつもりでもいい、其処に居てくれるだけでいい、自らの内面から湧き出る疑問を口にしておかないと頭が変になりそうな瞬間である。

 病院で入院中には安定剤をもらって難を逃れてきたが、医者の忠告で止められ、更に保険に入っていないことから自己負担と知って止めた。


「気付いたら、薬品臭いベッドの上でさ。内蔵に手足に眼も勝手に機械化されていたんだよ。んで、なーんも思い出せない、覚えてない訳なんだよ。機械化のお陰で一命を取り留めたなんて言われても、何の有り難みも感じない。生身を失った上に莫大なツケだけが残されてただけ・・・」

病院は健康になった患者を置いておく理由が無いとして、半ば強制的に退院させて、月々の支払い方法だけ事細かに説明して追い出した。当然、仕事が無ければ払えないし食がなければ生きていけないのでまずは職を探した。しかし、身分を所有出来る物が無いという時点で職業斡旋の類いからは難色を示され、加えて履歴書にあまりにも空白が目立つ為に職業労働の場に立つことはとにかく難航した。役所でも身分証を新規で作成するのには保留のままとなっている。そして、今日本日なけなしで雇ってもらった工場勤務をクビになったのである。


「名前は・・? 名前はあるの?」

恥ずかしい話を真面目に聞いて、反応してくれる素振りに、ニッと微笑んで返した。


「ロクシャル・・・だそうだ」

着用していた衣服以外に唯一所持していた物。それはポケットの中の紙切れに殴り書きされていた文字の事だ。


「私はミナリー。名前しか分からないのは一緒だよ」

自虐的ではあるが向こうから微笑んでくれたので、ハハハ、と幾分心が安らいで互いに微笑みあった。


「んっ?」

その時、ピシャピシャと足音に呼応して飛び散る水しぶきが段々と音の大きさと共に、近寄って来て、やがて頭の禿上がった小男が、頭皮を懸命に隠しながら雨宿りに加わってきた。

「チクショー、ふざけやがって!!」

やはり、この豪雨には誰しもが気象部に反感を持っており、この男も同様であった。

「おじさん、タオル売るよ四十ルピス」

自分という一例で慣れたか、今度は最初から営業に出ていた。

 しかし、このぐらいの少女となるとこの浮浪者のおっさんみたいな奴と自分は同じカテゴリーに大別されているのは何とも悲しいものである。


「あぁん?」

怒気を含んだ男の声は生易しい雰囲気を醸し出してはいなかった。そもそも、この男、衣服の濡れ以外にも太股付近から血の滲んだような痕があり、怪しい何か匂わせている。


「お前、タオル持ってるのか?」

男の問いに、無垢に少女は小さく何度か頭を縦に振った。


 それを機に猛禽類の血走った眼で少女へと詰め寄り、やがて橋の反響で鳴り響く獰猛な声に、悲痛な叫び声。


「よこせ!」

 脅迫紛いの実力行使、ようは暴力で強盗という手段に出たのだ。

余りにも唐突な展開に、ミナリーと自分も呆気にとられ、そうこうしている内に男はか弱い少女の肩を掴んでぐわんぐわんと揺らしている始末である。



「おい!」


 これは流石に見過ごせないとして、止めさせようと呼び掛けるが、こちらの存在など最初から眼中に無いような反応で全く見向きもせず、男の行為は犯罪度を増してエスカレートしていく。

 ロクシャルは駆け寄って無理矢理引き剥がそうとしたその矢先ーーー。


 バァン!


突如として銃声が鳴り響いて、時間が止まったように誰もが凍りついて静寂が訪れる。

 怯える少女に、狼狽えるおっさん。ロクシャルに至っては銃声だと理解するのに残響が消えるまで要した。



「こ、この・・・・」

再び、時が動き出したのはおっさんの緊張感溢れる驚愕の声と、次の怒鳴り声。

「このガキィ! 俺を撃ちやがったな!?」

頬からは血の筋が幾本か垂れており、男の視線の先には未だ黒煙を噴いている拳銃の銃口が見えていた。


「ふざけんなぁ! テメェもサツの回し者かぁ!」


肩から、胸ぐらを掴み、きっと体重の軽い少女を片手で持ち上げ、空いた右の拳で思いっきり殴り付け、二メートルは軽く吹き飛ばし、ミナリーの身体は背中から地面に叩き付けられる。


「ギャアッ!!」

およそ女の子に似つかわしくない唸り声の様な悲鳴は、その痛みと衝撃の度合いを示し、更には嘔吐にも似たえずきを繰り返し、血の滴りが地面に広がり、ミナリーは背中を丸めて項垂れている。


「お前こそ何してるんだ!」

ロクシャルは男の肩を強く引いて、自分の方へと振り向かせ、一連の横暴について問い質そうとしたが、男がこちらへ見せた奇妙な笑顔に鳥肌が立ち一瞬言葉を見失ってしまった。


バァンッ!


 二度目の銃声、銃口はロクシャルが対象となり、その場にて膝からガックリと崩れ落ちる。


「グッ!」

ミナリーは痛みに耐えながら懸命に、もう一度銃口を男の方へと向けるが、引き金を下ろす前に男から足で銃を踏まれ、地面へはたき落とされ銃を蹴飛ばされ、ぐりぐりと掌を踏みつけられる。


「キレたなぁ、ここまでキレたのは久しぶりだよ」


 男はミナリーの腹を蹴って強制的に仰向けにさせて、片方の手でミナリーを抑えながら、そのでっぷりとした腹をか細い少女の上に乗せ、股がる形で覆う。


「20万ルピスだ。払えなきゃあ、代わりの物で立て替えてやる」

さぞ下卑た声と顔付きで、少女の恐怖や怯えも愉悦として楽しんでいる様で言う。

 男はもう片方の手は衣服を脱ぐのに集中し、ズボンの中に自らの手をまさぐらせ這わせている。助けを呼ぶ必死の叫び声も豪雨によって掻き消され、もはや抗う術のない少女は肢体を露にされ、他人に触れられた事の無い部分さえ、見ず知らずの通り魔によって曝け出される手前ーーー。


「そこまでにしておけよ、ロリコン野郎」


 此度三発目の銃声が空間を満たした。耳元で反響した音が波紋みたく伸びて伝わり、発射した銃弾が少女を組伏せ股がる男の右もも付近を貫き、通り魔の男は衝撃で後方へヨロヨロと倒れた。

 

 反転した世界で男の眼に映るのは、抑揚と感情を表示しない、まるで死人の眼のような紅い瞳、お返しとばかりに額に銃口を向けるのは先程撃って倒れた筈のロクシャルの姿であった。


「ミナリーから離れろ!」

右足をバタつかせながら悶える通り魔は、何故だと言わんばかりの疑問を表情にしながら冷や汗を掻いて痛みに嘆いている。


「うー、うー」

衣服には、口径より大きめの穴が腹部に穿たれているのにも関わらず、平然を保っている謎、それが理解出来ないようだ。

「うー!!!」

通り魔の男は二度三度、捻った後でひっくり返り、腰から早抜きで銃を取り、回転に合わせた姿勢から的確に胸を撃った。


「へっへぇ。どうだぁ・・・」

其処には演技からの歪んだ笑みが戻っていた。


「なにっ!?」

しかし、驚愕の光景にあっさりと笑みは断たれた。

「があっ!?」

目には目を歯には歯を、撃った分は報復とばかりに左足を狙い撃たれる。


「効かないねぇ、機械だからさ」

微動だにしないまま、只銃弾が当たった場所からは肌色とは異なる銀色の金属片を覗かせていた。


 尚も抵抗する通り魔の銃をがっしりと掌で包み、出力にモノ言わせて抑え込んで腹を殴り、横転させた。


「て、テメェ、殺し屋か!?」

胸ぐらを掴んで持ち上げるが、ぐったりと力無く、見た目通りの恰幅の良さ、その体重を腕だけ支えるのは重く感じる。


「映画の観すぎじゃないか。俺はただの無職だよ」


「頼む。金なら積む、即金だ。警察だけは勘弁してくれ・・・俺は、お尋ね者なんだ・・・」


「なにっ?」


「俺の身柄には十万ルピスの値が付いてるんだ。しけた額だろ? この街の札付き達に比べたらカスみてぇなもんだ・・・だから、これの五倍は払う、だから警察だけは・・・」


「成る程な・・・」

右腕を振りかぶってから、腰の回転と共に勢いよく顔面を殴り飛ばした。


「へぶしっ!」


「おっと、手配書と人相が変わったら面倒だな」


再度、胸ぐらを掴み、睨み付けてロクシャルは話す。

「不便な身体だと心底思ってたが、街のゴミ掃除にはお似合いらしいな」

熱い感情が込み上げて口元から滑るように言葉が溢れる。

「よく聞け。お前らみたいな連中を見ていると、自然と不快感が湧いて来やがる。生理現象で、ヘドが出そうだ。これはきっと記憶の表層よりも深い深層心理からくるヤツだ。つまり、昔の俺でも同じように思ったに違いない。正義感の強い刑事か、法の番人、弁護士か、なんだっていいさ。自分に辿れるルーツなら」


地面に通り魔を突き倒して、曇りの無い表情でミナリーへ向き直り、微笑んだ。


「ミナリー、仕事が決まった。俺はこの街の掃除屋になるぞ」



 精密作業が出来ずに身分証明不要の工場勤務すらクビになったが、単純明快且つ、頭も使わない、身体が何よりの資本である、うってつけの天職が今見つかった。



「テメェは記念すべき第一号だ。直々に引き渡してやる」


「た、頼む。助けてくれぇー!」

断末魔のような哀願も、容赦なく首の襟元を引き摺られ、豪雨の中へと自ら消えていく男達。



少女は茫然としたまま、いつものように売り子として陽が落ちて月が出始めるまで橋の下に居たのだが、今日も釣果はボウズのまま、帰る時間となった。



「いやー参った参った」


降り止まない雨から、雨避けに走ってくる人物が一人。


「何時まで税金降らせるつもりだよ気象部の連中は・・・」


ずぶ濡れで、悪態つく男はこちらに気が付いた。


「よお、タオル売ってくれないか」






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