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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

そして彼らは

そして彼は王になる

作者: しきみ彰

※これは「そして彼女は王妃になった」でのフェリクス視点です。

そちらを読んでもらってからのほうがよくわかるかと思います。

よろしくお願いいたします。

「フェリクス殿下、落ち着いて聞いてください。――イスターシャ様が、階段から突き落とされました」


 そんな報告を側近のセシルから聞いたフェリクスは、持っていた羽ペンを落としてしまった。ペン先が、書き途中の紙をみるみる黒く染めていく。

 そして信じられない、という顔をしてセシルを見上げる。


「セシル。その話は」

「本当ですよ、殿下。犯人は既に取り押さえております。イスターシャ様は現在宮廷医師が診ています。それによりますと……二度と、立つことができないとのことです」


 一方のセシルは、一見すれば柔らかく見える金髪碧眼の相貌を澄ませ、そつのない態度ではっきりと言った。


 さらに話を聞いていると、現在イスターシャは頭を打ったこともあり寝室で寝ているらしい。イスターシャを落とした子爵家の娘は、自身のほうがフェリクスにふさわしいと言う思い込みからそのような行動を起こしたらしい。


 子爵家の娘が、王族と結婚? ましてや既に、王太子妃候補の中から選ばれていた娘よりもふさわしいと? 現実的に考えたら、あり得ないはずなんだが……。


 そこまで聞いたフェリクスは、思わず額を押さえ心中でそうぼやく。そしてこれからやってくるであろう嫌な想像をし、唇を噛んだ。


 この国では、嫁に縁づく娘というのは基本健康的であることが第一とされている。それは病気や怪我も含まれていた。特に王太子妃という役目は、民と関わりを持つために市井を回ったり、書類を処理するための机仕事など活動の幅が広い。転じて五体満足であり知性に溢れた娘が適任とされてきた。


 しかしその娘が怪我をしたとなると、様々な思惑が動き出す。

 特に現在のイスターシャは、立場上王太子妃第一候補という扱いをされている。つまり、彼女の怪我を喜び縁談の話を持ち上げてくる貴族がいるということになるのだ。


 もしかしたら。


 そんな最悪の考えを浮かばせてしまったフェリクスは、それを振り払うように軽く頭を振ると、インクで汚してしまった紙を握り締めるように丸める。


「セシル」

「はい」

「罪人の名は」

「はい。メアリー・ウリス。ウリス子爵家の娘だそうです」

「そう。……セシル」

「はい」


 フェリクスは、感情の読めない目を側近に向けた。


「今回の件で、イスターシャがいなくなって最も得をするのは誰だと思う?」

「それはもちろん、王太子妃第二候補であられるレイニーズ侯爵家かと存じますが……」

「そうだね。じゃあ、レイニーズ侯爵家とウリス子爵家の繋がりを調べておいて欲しい」

「……正気ですか、殿下。あの腹黒が、そのような証拠を残しているとは思えないのですが」

「ああ、そうだね。でも、なんでもいいんだ。レイニーズ侯爵家に、他の貴族たちが疑問を浮かべるように仕向けられるだけの証拠があれば、わたしはそれでいい」


 フェリクスはそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がる。セシルが心得たと言わんばかりに目をつむった。


「セシル。わたしはメアリー・ウリスに話を聞きにいく。付いてくるかい?」

「はい、もちろん。……愛ですねぇ、殿下」

「うるさいよ。……じゃあ行こうか」


 王太子は赤くなった顔を背けてから、イスターシャに想いを馳せた。



 ***



 フェリクスは、この国の第一王子であり王太子だ。ゆえに昔から、ありとあらゆる教育を受けてきた。

 そんな彼に負けぬよう彼以上の努力を積み重ねたのは、公爵令嬢たるイスターシャだけだった。

 彼には、その姿が尊くも美しく映ったのだ。


 気がつけばいつも目で追っていた。それが始まりだ。

 フェリクスは、イスターシャに恋をしていた。








 だからこそ、フェリクスは突き落とした子爵令嬢も、イスターシャを殺して自らの娘を王太子妃に据えようとしたであろう侯爵が許せなかった。証拠がないのに思い込むのは悪いと思いつつも、自らの欲望のためならば手段を選ばない侯爵の顔が浮かぶ。

 彼は、自らの全てを使ってでもそいつらをどん底へ突き落としてやろうと思ったのだ。


 それゆえに彼は今、罪人が収容される地下牢にいる。


 牢番は王太子の姿を認めると、目を見開きながらも深々と礼をした。


「すまないが、開けてはくれないだろうか」

「はっ」


 短く返事を返した牢番は、せかせかと鍵を開く。そして中へと二人を誘った。そしてランタンを渡す。二人が通ると、彼はまた鍵をかけた。それを横目で確認しつつも、フェリクスは階段を下っていった。


 捕らえられている令嬢がいるのは、地下牢の中間辺りだった。彼女は真っ暗な牢屋の中で、ぼんやりとどこかを見つめていた。しかしフェリクスが近づいてくると、その視線を外に向ける。

 そして、目を見開いた。


「フェリクス様!!!」


 感極まったような声に、セシルが眉を寄せた。フェリクスは無表情のままメアリーの牢屋の前で立ち止まる。


「フェリクス様、お久しぶりです、わたくしのこと、覚えておりますかっ? ああ、フェリクス様が来てくださった、わたくしの無実を晴らしに……」

「何を勘違いしているかは分からないが、君の罪は死罪だよ。それがくつがえされることはない」

「……え?」


 メアリーは、茶色の巻き髪を振り乱しながら無様な表情を浮かべる。

 フェリクスは底冷えした声のまま、さらに言葉を続けた。


「君は、王族、ひいては王族に連なる者を殺害しようとした。少しでも我が国の法律に触れているのであれば、これがどういった罪をもたらすものなのか分かるだろう? 君は王族殺害未遂で断頭台に立たされる。もちろん子爵家も爵位剥奪のもと辺境へと飛ばされる予定だ。……まぁ子爵が、君に殺害をそそのかしたり、他の何者かと結託していなかったら、の話だけどね?」


 メアリーの顔が、みるみる青く染まっていく。フェリクスはそれをひどく冷めた心地で見つめていた。この娘はどうやら、フェリクスがそれを言うまで自身の罪を自覚していなかったらしい。


「で、すが、わたくしはっ、フェリクス様からあの女を引き離すためにっ」

「わたしがいつ、君にそれを頼んだのかな? それとも、恋慕のためならば人ひとり殺すことさえ許されると?」


 そう言いにこりと微笑めば、背後にいたセシルが顔を背けた。そして数歩後ろに下がる。これはセシルなりの自己防衛だった。

 どうやら今のフェリクスはこの子爵令嬢に対し、相当怒り狂っているらしい。


 そんなことを他人事のように思い浮かべながら、フェリクスは氷のような笑みを浮かべて言い放った。


「わたしのためだと言うなら、今度はわたし自身から君に頼もう。君のような恥晒しがわたしに恋をしているなど迷惑以外のなにものでもないから――わたしのために、死んでくれるよね。メアリー・ウリス?」

「あ、ああ、ああああ」


 想い人から直々に、死刑を宣告された娘の気持ちはいかようなものだろうか。フェリクスには分からないし知りたくもない。ただこれだけは分かる。


 この女が抱いていたのは、フェリクスに対する恋慕でなく、自らに対する愛情だと。





 それから数日後、メアリー・ウリスは呆気なく断頭台にのぼった。ウリス家は爵位を剥奪された後、辺境の片田舎に飛ばされる。年中凍りつくような寒さで有名なその場所に飛ばされたということは、死刑を宣告されたと同義だった。

 メアリー・ウリスが断頭台にのぼった際に民衆からかけられた言葉は、実に悲惨なものだったという。


 人が罪人を、人としての尊厳すら踏みにじりなじる。ものが飛び、死刑を喜ぶ声が聞こえた。そのすべてが、イスターシャを害したメアリー・ウリスに対する怒りからきていた。


 こうして恋に生き恋に死んでいった愚かな娘の命は、実に呆気なく転がり落ちていったのだ。



 ***



 フェリクスは、子爵家から押収されたありとあらゆる資料に目を通してから絶望した。何ひとつとして、証拠として申請できそうなものが見つからなかったのだ。

 今日行なわれる、王太子妃に関しての会議までにそれが見つからなければ、事態は侯爵の思う壺。フェリクスはほぞを噛んだ。その様を、セシルが心配そうに見つめる。


「殿下。そろそろお時間です」

「ああ、分かっている。……わたしの価値は所詮、王太子という肩書きだけか」


 フェリクスが自嘲する。セシルもそれに対し、何も言えなかった。自分も例外ではなかったからだ。

 かと言って、あの小心者の子爵家にそこまで思い込ませるほどの輩がいないはずもない。必ず、誰かが裏で糸を引いていたはずなのだ。

 しかしそれが見つからなかった今フェリクスにできることは、貴族たちの情に訴えかけることだけだった。


 身支度を終え会議室に向かう。既に貴族たちは集まり、各々の席についていた。その中にはイスターシャの父親である、エレノアーノ公爵もいる。

 フェリクスは、彼の顔が見れなかった。

 少し間をおいて、王が玉座につく。

 こうして、貴族たちによる緊急会議は始まった。


 意気揚々と発言をしたのは、フェリクスが嫌うレイニーズ侯爵だった。


「王太子妃第一候補たるイスターシャ嬢が、後にも残る大怪我をなされたこと、本当に心苦しく思いまする。……して、このような話をするのは大変恐縮なのですが、怪我をして身の自由がきかなくなったイスターシャ嬢よりも、我が娘を娶るほうが王家としては都合が良いものでないかと思うのですが、いかがでしょうか? 王太子殿下」


 でっぷりと肥えた顔をにやにやと歪ませながら、まったくもって残念そうでない侯爵がフェリクスを見る。彼はそれに対し睨もうとしたが、すんでのところで止めた。

 彼はゆっくりと周りを見回し、立ち上がる。


「皆。これから発言する意見は、わたし個人のものだ。それを踏まえて聞いてほしい。――わたしは、王太子妃に相応しいのはイスターシャ公爵令嬢だと思っている」


 その言葉に、レイニーズ侯爵側につく派閥がざわついた。そのざわめきが酷くなる前に、フェリクスは言葉を重ねる。


「彼女が行なってきた数々の善行が、わたしが相応しいと思った理由だ。……聞くがあなた方の令嬢は、イスターシャ嬢に勝る行動を起こしてきたことがあるだろうか? ないと、わたし自身は思っている」

「恐れながら王太子殿下」


 フェリクスは挙手したレイニーズ侯爵に目を向けた。


「発言を許そう。なんだ、レイニーズ侯爵」

「はい、王太子殿下。……それは我が娘に、不満があるということでしょうか?」

「イスターシャ嬢と比べると、劣るといっただけだ」

「されどそのイスターシャ嬢も、今となっては我が娘、いや、どの娘にも勝てますまい。今までの実績が有ろうが無かろうが、健康的なほうがいいとわたしは思いますがのう」

「しかし」


 王太子とレイニーズ侯爵が言い合いを続ける。そんな中飛んできた声は、ある意味予想通りで予想外のものだった。


「申し訳ないが」


 そう前置いて立ち上がったのは、エレノアーノ公爵だ。

 彼は娘にも受け継がれている金髪を揺らしながら、フェリクスに笑みを向けた。


「国王陛下、また王太子殿下。発言をしても宜しいですか?」


 フェリクスは目を見開いた。しかし直ぐに我に返ると、ひとつ頷く。国王からも許可を得たところで、エレノアーノ公爵が手元の書類を持ち上げた。


「レイニーズ侯爵。あなたの家は、王太子妃はおろか貴族としての矜持すら忘れた一族では?」

「……は?」


 エレノアーノ公爵が持ってきた書類が、全員に配られる。

 そこに書いてあることを見たフェリクスは、目を見開いた。


 そこには、レイニーズ侯爵が関わった悪行が、所狭しと並べられていた。

 しかもどれも、確かな証拠と証人がいる。

 そこにいた貴族たちも皆、それに驚愕の色を示していた。


「ここには、貴殿が行なってきた悪行の数々が綴られている。……これは既に国王陛下に提出しているものだ」

「な、な、な……」

「言い逃れができるとは思わないでくだされ、レイニーズ侯爵?」


 エレノアーノ公爵は笑っていたが、その目は凍えていた。

 フェリクスはそのとき、エレノアーノ公爵家の凄まじさを実感した。優秀な一族だとは、父親である国王から聞いてはいたのだ。しかし積極的に表舞台で活躍しないため、あまり知られていないのが現状であった。むしろ自らが関わること以外、関心を持たないのがエレノアーノ公爵家という一族らしい。

 それは、レイニーズ侯爵家も一緒だったのだろう。


 しかしレイニーズ侯爵家は、エレノアーノ公爵家の逆鱗に触れた。娘に手を出す、という最大の禁忌を犯してしまったのだ。


 結果公爵家は、埃が出なくなるほどの悪行を公然に晒してくれた。


 つまりこの会議の場は元から、エレノアーノ公爵家の独断場だったというわけだ。

 フェリクスはその手腕に舌を巻くのと同時に、申し訳なさを感じた。フェリクスの婚約者でなければ、イスターシャが怪我をすることなどなかっただろう。


 その後もつらつらと毒を吐き、エレノアーノ公爵は今までの憂さを存分に晴らした。結果レイニーズ侯爵家は取り潰し。その上レイニーズ侯爵は全ての罪を背負ったまま断頭台に乗った。それはまた別の話である。


 予想だにしない現状に、レイニーズ侯爵家寄りの貴族たちは何も言えなくなった。残った貴族たちは皆イスターシャの行ないを知っている。そのため彼女以上の適任をあげられるわけもなく、結果としてイスターシャが王太子妃となることで、すべての決着がついたのだった。


 会議が終わりすべての者が去った後、エレノアーノ公爵はフェリクスのもとへ向かい頭を下げる。フェリクスは驚きのあまり、王太子としての仮面を外してしまった。


「エレノアーノ公爵!?」

「フェリクス殿下。あの子を……イスターシャのことを、よろしくお願いいたします。あの子は、あなたの伴侶となるべく努力を続けてきたのです」


 フェリクスはそれを聞き、目を見開いた。

 エレノアーノ公爵は未だに頭を下げ続けている。

 フェリクスが答えるべき言葉は、ひとつだった。


「はい。イスターシャは必ず、わたしが幸せにします」


 それを聞いたエレノアーノ公爵は顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。











 こうしてフェリクスとイスターシャは、ようやく婚姻を結んだ。

 しかしフェリクスがその話を彼女にしたのは、それから二年経った頃だった。


「そのようなことがあったんですのね、リクス様」

「そうなんだよ。それから、イーシャの家には頭が上がらなくてね……」

「ふふ、気になさらなくていいのですよ、リクス様。我が一族は、家族と認めた者に対してとても甘いだけなのですわ。リクス様ももう、お父様の息子でしてよ?」

「……ああ、だから、何かと助けてくれるんだね」


 フェリクスはイスターシャの車椅子を引きながら、整えられた庭を歩く。今の季節は、池に美しい睡蓮が咲いていた。

 そんな中、フェリクスは隠していた花束をイスターシャの膝の上に置く。

 イスターシャはそれを見て、「まぁ」と笑みを浮かべた。


「ひまわりですのね。かわいいですわ」

「うん。今日はイスターシャと初めて顔を合わせた日だから、用意してみたんだ」


 小さなひまわりの花束を胸に抱え笑みを浮かべるイスターシャを見ていると、あの日諦めなくてよかったと本当に思う。

 しかし未だにフェリクスは、あの日の子爵令嬢がどうなったのか、イスターシャに話さないままでいた。その理由は分からないが、フェリクスは言おうと思えなかったのだ。


 言えばきっとこの優しい妻は、そんな子爵令嬢のことでさえ気にかけ毎年手を合わせることだろう。彼女はそう言う人だった。


 あんな女のことを、イーシャが気にかけることはない。


 フェリクスはそう思いながら、車椅子を引く。

 そしてひまわりのような笑みを浮かべるイスターシャの姿を、記憶にしっかりと焼き付けた。

ひまわりの花言葉は「わたしはあなただけを見つめる」です。素敵ですね。


こちら、「そして彼女は王妃になった」のフェリクス視点となっております。

さくっと書いてみました。

ザマァになったのかどうかは、ちょっと私の目線からはなんとも言えません。

ただ裏で色々やってた侯爵家のほうも、爵位剥奪の後に牢屋に放り込まれたとさ。侯爵家側の人間も、もう何も言えませんよねぇ。


最後に。

こちらの短編まで読んでくださった方、そして最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!

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