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 僕には一定期間の記憶がない。

 親には思い出したくないから忘れているだけと言われる。

 ならば無理に思い出すこともないと。

 だが思い出そうとしても、脳の根幹にまるで線を引いたように、当時のことが浮かばなくなる。

 

 「いたた……」


 胸の傷がまた疼きだす。

 ヒザを抱え、静かに胸のあたりを指先でなぞる。

 上部に胸内側から脇まで一直線に走る酷い手術後。

 触った感じも、ゴムマリの上をすべらせているような感覚しか残らない。

 

 つまり切られたのだ、これは。その時は大量の血しぶきが流れたそうだ。

 小さい頃、家族で森に遊びに行った時、不幸なことに水辺で小熊に襲われ、危うく死にかけたらしい。


 だが、見知らぬ人の苦労話を聞かされるようで、全くピンとこない。

 借り物の文学小説を読んで、これはあなたの話なのよと言われるようなものだ。

 



 僕が覚えているその時の記憶は、病室のベッドの上だった。

 大人たちが僕をナイフのような鋭い眼で睨む。

 父さんがいた。母さんもいた。そして――

 

 その中に、涙を流す佐奈がいた。

 瞳に涙を浮かべて、虚ろに僕を見つめている。

 僕と目が合うと、うっすらと笑った……ように見えた。

 

 幼いながらも、潤んだ瞳はまさに妖艶だった。

 その魔眼に見つめられ、僕はぞくりとする。

 傷の痛みなんて、とっくに忘れてしまっていた。




 その時の記憶を遡ってみてもこんなものだ。

 暗い海に沈んだ石を探すように、傷を負った時のことがどうしても思い出せない。


 「いけない、早く降りないと佐奈にまた怒られちゃう」

 急いでパジャマを脱ぎ、シャツに腕を通し、早々と制服に着替える。

 

 ――古びた過去より、今は大事な家族だ。

 佐奈は先ほどからキッチンで朝食を作っている。上機嫌なのか、鼻歌まで聞こえてくる。


 ……ハリキリすぎて、また大量に作ってなきゃいいけど。

 ドアの向こうで、僕のために腕を振るっている佐奈を想像し、汗をかきながら一階へと降りていった。

 

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