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「なあ冬弥。どうしたんださっきは。お前らしくねーじゃねーの」
チャイムが鳴って小波先生も去った放課後。
須藤真が僕に話しかけてくる。
短く切り上げた短髪。高い身長に、黄金色の筋肉が輝いている。スポーツ万能で女生徒からの人気もそこそこ高いが、ただ問題なのは頭がとても残念、という所ぐらいだ。
「なんでもないよ。いつも聞いてる振りして実はほとんど聞いてないし」
小波先生に聞かれたらただでは済まない発言だ。真はゲラゲラ笑った。
「そう言えばお前、祀と授業中仲良く話してたじゃねーか」
「隣の席なんだから話たっていいじゃないか」
「そうじゃねーよ。で、どうなの? 好きなのか? もう告ったのか?」
他人の色恋沙汰に興味津々といった感じで、真が訪ねてくる。
「話の飛躍が過ぎるね。一度頭の精密検査でも受けたら?」
「今度受けてくるよ。で、どうなんだ?」
「今すぐ受けてきなよ」
バッサリと切り捨て、家に帰ろうとカバンを掴みかけた時、
「ねえねえ何の話?」
「うわ! 祀!?」
後ろからいきなり声をかけられて、僕はイスから転げ落ちそうになった。
「ごめんごめん。ビックリした?」
「ビックリしたなんてもんじゃないね」
「えへへ。ごめんねー」
ペロッと舌を出す祀の横で、真がニヤニヤと笑いながら机の上で頬杖をしている。それが妙にむかつく。
「なんか、私のうわさしているみたいだったから」
別に僕が噂していたわけではないのに、祀は僕に聞いてきた。
「いや、そうなんだよ。冬弥が祀のことを好きだって」
「なに言ってんだ真! くだらないこと言ってるとぶん殴るぞ!」
「いや、もう殴ってるじゃないか」
真の抗議を無視してギロリと睨みつける。
祀は何故か顔を赤らめていた。
「か、神来君が私のこと好きだったなんて……」
「待って。僕そんなこと言ってない」
言ったのは真の馬鹿だけだ。
「おいおい、夫婦喧嘩か?――うぐあ!」
真が懲りもせず茶々を入れたので、腹に掌底を入れてやった。
「こんなところを佐奈に見られてみろよ。どんな説教くさい小言をネチネチ言われるかわかったものじゃないんだぞ」
蹲る真に文句を垂れてやる。その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「私がどうかしましたか、お兄様?」
僕は恐る恐る振り向いた。
鬼のように顔をしかめた佐奈がそこに立っていた。
「お兄様、今聞き捨てならないことを聞いた気がするのですが、説明して頂いてもよろしいでしょうか?」
祀や真には目もくれず佐奈が僕に聞いてきた。
「さあ、なんのことやら」
僕は何となく気まずい雰囲気を誤魔化す為に言った。
「まあいいじゃないか佐奈ちゃん。冬弥を迎えにきたんだろ? 相変わらず仲がいいじゃないか」
「ええ。そうしたら白川さんとお兄様が楽しそうに会話してるのが見えてしまったので」
真が入れるフォローに、佐奈は冗談みたいな口調で返すが、眼は笑っていなかった。
「えー? 私は神来君と仲良くしちゃいけないの?」
祀がそこで会話に加わってきた。
「いいや。そんなことないよ」
「でしょでしょ? だーよねー♪」
「私とお兄様の間に入ってこないでください!」
「あーらら。こりゃ修羅場ってやつだな」
真が両手を天にかざしながら呟いた。
「まあいいじゃない。神来君の妹ならいいお友達になりそうだし。仲良くしようよ」
祀が無邪気に言った。
「嫌ですわ✩」
佐奈がとびきりの笑顔でとんでもないことを答える。
「あら、どうして? 大事なお兄ちゃんがとられちゃうから?」
「いいえ。お兄様と私は結ばれる運命ですから。他人が入り込む隙間なんてこれっぽっちもありませんわ。何を勘違いしてらっしゃるんでしょうか」
うっとりした眼で僕の方を見ながら(見なくてもいいのに)佐奈はそう言った。家では散々聞かされてることだが、正直学校でこんなことは言わないでほしい。僕の人間性まで疑われるから。
「まあまあ落ち着けよ佐奈ちゃん。祀と冬弥はそんな関係じゃねーよ?」
見かねた真がにこやかに話しかけるが、佐奈は不審そうに見つめ、
「あら、あなたは確かお兄様のご友人の――ええと――住田さん?」
とうろ覚えに言った。
「はは。俺須藤だから」
真は傷心したようにがっくりとうなだれる。
「まあ申し訳ありません。お兄様以外の顔を覚えるのが苦手で」
あまり申し訳なく思ってなさそうに佐奈が言う。というか何回か顔を会わせたことぐらいはあるので、わざと間違えてるんじゃないかとすら思う。
「じゃ、じゃあ僕らそろそろ帰るから。行くよ、佐奈」
僕は佐奈の腕を引っ張り教室を後にした。
「神北君」
後ろから祀の声が聞こえてきた。
「え、何?」
慌てて後ろを振り返る。
「…………また明日ね!」
何か言いかけたのを誤魔化すように、祀が言った。どうかしたのかと聞きたかったが、隣に佐奈がいる今、これ以上余計な揉め事はごめんだった。
「うん。じゃあさよなら」
と手を振ると、祀はとても気持ちのいい笑顔を向けてくれた。
僕は足早に校舎を後にした。
横で佐奈が、僕の手に強く爪を立てていたからだ。