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 それから学校が終わるまで、僕は佐奈のことばかり考えていた。

 放課後になって校門を出ようとすると、後ろから大きな声で名前を呼ばれて、振り向くと遠山が息を切らし走ってきていた。

 

 「せんぱ~い。待ってくださいよお~」

 汗だくになってるところを見ると、駆けずり回って僕のことを探していたらしい。返事をするとパアッと明るい笑顔が返ってきた。

 「お前、部活は?」

 「いやあ、そうなんですよね。もうすぐ大会も近いんですけど、先輩の噂聞いたら、いても立ってもいられなくなって」

 「噂?」

 「あ、ほら。佐奈先輩が留学したって話。もう学校中に広まってますよ」

 「そうなのか」

 僕は佐奈が祀並みに男子の人気があることを思い出した。


 「それで、あたし先輩のこと気になってきました!」

 「レギュラーから外されても知らないぞ」

 「ちょっと休んだぐらいじゃあたしの地位はびくともしません! もしそうなっても頑張って返り咲きます!!」

 「そうなってから頑張っても遅いぜ」

 僕は憎まれ口を叩きながらも、気にかけてくれる遠山の気持ちは嬉しかった。

 祀といい、こいつといい、僕の周りにはお節介焼きが多い。


 「意地悪言わないでくださいよ。それより、行きましょ? 先輩!」

 「お、おい。本当にサボる気かよ」

 「先輩は細かいこと気にしすぎです! さあさあ行きますよ!」

 「何、どこいくの?」

 「来ればわかりますよ!」

 遠山は僕の話を聞かずに腕をグイグイ引っ張った。


 どこに行くのか。その答えはゲーセンだった。遠山は得意そうに僕をゲーム機の前に座らせる。

 眩いばかりの光に騒々しい音。ゲームセンターはあまり好きではない。

 出来ればすぐに帰りたいところだったが、嬉しそうに顔を弾ませてる遠山を見ると、言い出すことが出来なかった。

 「これやりましょう、先輩」

 僕の後ろで遠山が言った。

 「 Last tactics?」

 どことなく嫌な予感を感じながら、僕は首を傾げる。


 Last tacticsはアーケードの格闘ゲームとしてはグラフィックやアクションが綺麗で、かなり人気があるらしい。遠山はこれが得意で、対戦形式で何人もの相手を倒したことがある、と自慢話を聞かされたことがある。


 遠山は僕とゲーム機を挟んで向かい合う形でイスに腰掛けた。

 そしてニッと笑って、

 「負けたら、あたしと付き合ってもらいます!」

 ビッと指を指し僕に挑戦状を叩き付けた。

 「先輩が勝ったら、あたし潔く身を引きます」

 「お、おい。それって」

 僕は言葉を切った。それって? 僕と付き合ってほしいからそんなことを言うんだろ? 嫌なら受けなければいいだけの話だ。でも、僕は。


 「遠山はどうしてそこまで僕のことを思ってくれるんだ? 周りからの人気もすごいし、僕以上の男と付き合おうと思ったら、いくらでもそうできるだろ」


 「先輩、本気で言ってるんですか?」

 「え、いや」

 「……あたしが入学した日のこと、思い出してください」

 遠山が何を言おうとしてるのか、僕にはわからなかった。祀の時もそうだったが、僕は人から好意を持たれるようなことは何もしてない。してないはずだ。


 「そんな先輩、だから……」

 「え?」

 小さな声で呟く遠山に、思わず聞き返す。

 「遠山……?」

 「ぶっぶー。考える時間は終了です。さ、やりますよ」

 そういってコインを入れると、派手なアクションで動き回るキャラが出て、タイトル画面へと繋がった。

 「先輩このゲームやったことありますよね? あたし最近やってないんで大してハンデはないはずです。でも手を抜いたらすぐK・Oしますからね!」


 「お、おう……」

 僕はキャラクターを選びながら返事した。遠山のあの真剣な態度。負けたら本当に付き合うことになるだろう。そうしたら、佐奈のことも全て忘れられるかもしれない。

 

 あれ以来、佐奈からの連絡はこない。あの佐奈から電話も手紙もないということは、父さんが全て潰しているということだ。父も母も、意地でも僕らを引き離す気なんだろう。

 もしかしたら、もしかしたら佐奈は――


 「先輩、始まりますよ」

 はっと意識を戻すと、ゲームが始まろうとしていた。

 「あ、ああ」

 「大丈夫ですか? 佐奈先輩のこと、気にしてるんですね?」

 「そんなことないって。佐奈はただの妹だし。いつもうるさくつきまとわれて、むしろ清々してるくらいさ」

 喋ってる間にも、キックやパンチの応酬。

 「そうですか。じゃあなんでそんなに先輩落ち込んでるんですか? なんでそんなに寂しそうなんですか?」

 僕のキャラにパンチが当たり、ダウンする。


 「あっ……」

 「ほら、動揺した。なら、どうして佐奈先輩を引き止めようとしなかったんですか?」

 「僕には、どうすることも……」


 そうは言うが、佐奈を突き放し、アメリカに行けと言ったのは僕自身だった。あれから一切そのことを考えようとはしなかったが、でも今は佐奈のことばかり考えてしまっている。


 「さあ、決めますよ」

 フッと遠山が笑った。見ると僕のキャラクターのHPは見る見る内に減っている。あと一発でも食らえば、僕の負け――


 「あーあ。やめやめ」

 急に遠山が立ち上がりながら言った。そして僕の方まで来て、顔を近づけた。

 「どうして……」

 そんな言葉しか出てこなかった。

 遠山はいつもみたいに、元気いっぱいに笑って、

 「時間切れです。だから、今回のところは諦めますよ」


 見ると画面には大きくドローゲームと表示されていた。

 「先輩。あたし、小学校まで凄い引っ込み思案だったんです」

 遠山が微笑みながら言葉を続けた。

 「目立ったことさえしなければ傷つかないんだって、一人で大人しく教室の隅っこで座ってたんです。中学にあがってもそうするつもりでした。でも、先輩が」

 

 僕は唇をかみ締めていた。遠山にそんな過去があったこと、僕のことをそんな風に見てくれてたこと。何もかも気づかなかった僕が、たまらなく愚かに思えた。


 「――そんな顔しないで。あたしと初めて会った時、先輩は笑ってましたよ? 道に迷ったあたしに優しくしてくれて。『そんなに緊張しないで。肩の力抜きなよ』って。何でもないような顔で去っていきましたよね」


 「でも、そんなことで」

 「それだけでいいんです。先輩の存在が、あたしを明るくしてくれたんです」

 「僕は、そんな」

 「それはただのきっかけですよね。でもそれから先輩のこと目で追うようになって。日に日に先輩の存在が大きくなっていったんです」


 風のように無邪気な遠山を見てきた僕には、そんな一面を持っていたなんて想像もつかなかった。

 「そうか――ごめん。情けない先輩だったね」

 「そんな言葉は先輩から聞きたくなかったです。でも佐奈先輩のことは、今からでも遅くないですよね?」

 「佐奈に……、でも僕は、佐奈に酷いことを言ってしまった……」

 「人間なんですから、傷つけてしまうこともありますよ。でもその傷を癒すことが出来るのは、言った本人だけですよね」

 「……」

 「先輩!」


 遠山は真っ直ぐに僕を睨んだ。僕は遠山に佐奈のことを何一つ言っていない。だが、僕らの間に何かあったことを、薄々ながら感じていたんだろう。


 全く、本当に僕の周りはお人よしばかりだ。

 「ああ、わかったよ。遠山」

 「――先輩」

 「ウジウジして立ち止まってても、仕方ないもんな」

 「それでこそ先輩です! さ、早く行ってあげてください。待ってますよ、佐奈先輩!」

 「ああ――ありがとうな、遠山!」

 「今度、アイスおごってくださいよ~!」

 

 僕は駆け出しながら笑った。こんなことで悩んでたなんて、馬鹿みたいだ。大事なのは、僕自身の気持ちだったんだ。



 ――佐奈のことが好きだっていう。

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