27
「とーやくーん。ちょっといーい?」
昼休み。それぞれが机の周りを囲み昼食を食べている頃、祀が満面の笑みで僕に話しかけてきた。
見るもの全ての心を奪うような、魅力的な表情ではあるけど、僕には嫌な予感しかしなかった。
「どうかしたの?」
まずい、少し不機嫌そうに言ってしまった。
だが、祀は気にしてない様子で、
「話があるの。ちょっと付き合って?」
女優のように真っ白な歯をのぞかせながら、祀が聞いた。
「うん、別にいいよ」
「じゃ、体育館の裏まで一緒にきてっ」
こうして僕と祀は、春の木漏れ日が射す体育館裏へと向かった。
「今度の休み、暇?」
来るなり祀は唇に指を置き、誘うように言ってきた。大きな瞳で僕の反応を一挙手一動見逃さないようにしている。
「え? まあ、暇だけど……」
「じゃあ、決まりっ。デートしよう」
祀はパンと手を叩きながら、明るい声で言った。
「いいよね、冬弥くん?」
「祀……」
「なあに? 冬弥くん」
「……どうして、僕なの?」
僕はかねてからの疑問を口にした。学園のアイドルと称される美少女が、なぜ僕みたいな平凡な男を愛するのか。そこには理由がある気がしてならなかったからだ。
「……やっぱり、おぼえてないんだ」
「え?」
どこか寂しそうな顔で、祀はふっと笑った。
「入学してすぐだもん。忘れてて当然だよね」
「あっ……ごめん」
僕は、わけもわからず頭を下げた。
「いいよ――冬弥くんだけなの。私を気遣ってくれたの」
「僕が? 祀を?」
「あの日……私はいつものように、みんなと話してた」
「入学当初から、すごい人気だったもんね、祀は」
「ほんとは嫌だったの。そういう風に見られるの」
祀の顔に暗い影が差した。
「その日も、休み時間に大勢の人に囲まれて……私、途中でおなかが痛くなったの。でも、どうしても言い出せなくて」
人気があるからこその悩みだ。沢山の人からちやほやされて……、でも、本物のアイドルでもない普通の女の子に、そんなこと耐えられるはずはない。
「そうだね……そうだった」
「思い出した?」
「保健室に連れてっただけだし……大したことじゃないよ」
「私は嬉しかったよ」
「そんな気遣いする人、他にいくらでもいるじゃない」
「違うよ。みんな私のこと、学園のアイドルとしてしか見ない。何でも完璧じゃないといけない。私はただの“偶像”であって、本当の私を見てくれる人なんて誰もいなかった」
「僕は、たまたまそういうのにうとかっただけだから」
「ふふっ。冬弥くんらしいよね」
祀の顔が、少し明るくなった。
「いや、本当に。あの日も、調子悪そうにしている女子がいるから、それでお節介を焼いただけだよ。何だか、誰かさんみたいで、ほっとけなくて」
僕がそう言った時の祀の表情は、どこか儚げで、でも何かを吹っ切ったような、そんな顔に見えた。
「祀――?」
祀が、そっと僕の肩に手を置き抱きついてきた。まるで泣いてるように体を震わせながら。
「冬弥、くん……」
その声は、振り絞ったように途切れ途切れだった。
「はい、おしまいっ」
パッと勢いよく僕から体を離し、祀が言った。
「私、白川祀は、ずっと前からあなたのことが好きでした。でもね、悔しいけどもっともーっと冬弥君のことを愛してる人がいるの。だから」
それは、とても悲しい告白だった。
「だから、心の広い祀さんは身を引いてあげるのでしたっ」
ズキズキと胸が痛む。
「今でも冬弥君のこと、こんなにも好きだよ。無理やり奪おうとしても出来たかもしれない。でもね、そんなことしたって何の意味もないの。好きな人にそんなことしたくない。でも、ぐずぐずしてたら本当にさらっちゃうからね」
ぐいっと、祀が顔を突き出した。
「いい? ちゃんとその子のこと、つかまえとくんだよ?」
「う、うん……」
僕は不器用に頷いた。
それしか今の自分に出来ることはない気がした。
「うんうん。それでこそ私が初めて好きになった人だよ」
祀は優しく微笑み去っていった。いつもと変わらない、愛らしいあの笑顔で。
どうして僕は祀の気持ちに気づいてあげられなかったんだろう。こんなにも想ってくれていた人に何もしてやれないなんて。ましてや、自分がどうしたらいいのかもハッキリわかっていないのだ。
――ちゃんとその子のこと、つかまえとくんだよ?
一人の姿が頭に浮かんだ。
いつも僕のそばにいてくれて、僕のことだけを見てくれた人。
佐奈、君は今どこで何をしてるんだ?