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 「とーやくーん。ちょっといーい?」

 昼休み。それぞれが机の周りを囲み昼食を食べている頃、祀が満面の笑みで僕に話しかけてきた。

 見るもの全ての心を奪うような、魅力的な表情ではあるけど、僕には嫌な予感しかしなかった。

 「どうかしたの?」

 まずい、少し不機嫌そうに言ってしまった。

 だが、祀は気にしてない様子で、

 「話があるの。ちょっと付き合って?」

 女優のように真っ白な歯をのぞかせながら、祀が聞いた。


 「うん、別にいいよ」

 「じゃ、体育館の裏まで一緒にきてっ」

 こうして僕と祀は、春の木漏れ日が射す体育館裏へと向かった。


 

 「今度の休み、暇?」

 来るなり祀は唇に指を置き、誘うように言ってきた。大きな瞳で僕の反応を一挙手一動見逃さないようにしている。

 「え? まあ、暇だけど……」

 「じゃあ、決まりっ。デートしよう」

 祀はパンと手を叩きながら、明るい声で言った。

 「いいよね、冬弥くん?」

 「祀……」


 「なあに? 冬弥くん」


 「……どうして、僕なの?」

 僕はかねてからの疑問を口にした。学園のアイドルと称される美少女が、なぜ僕みたいな平凡な男を愛するのか。そこには理由がある気がしてならなかったからだ。


 「……やっぱり、おぼえてないんだ」

 「え?」

 どこか寂しそうな顔で、祀はふっと笑った。

 「入学してすぐだもん。忘れてて当然だよね」

 「あっ……ごめん」


 僕は、わけもわからず頭を下げた。

 「いいよ――冬弥くんだけなの。私を気遣ってくれたの」

 「僕が? 祀を?」

 「あの日……私はいつものように、みんなと話してた」

 「入学当初から、すごい人気だったもんね、祀は」

 「ほんとは嫌だったの。そういう風に見られるの」


 祀の顔に暗い影が差した。

 「その日も、休み時間に大勢の人に囲まれて……私、途中でおなかが痛くなったの。でも、どうしても言い出せなくて」

 人気があるからこその悩みだ。沢山の人からちやほやされて……、でも、本物のアイドルでもない普通の女の子に、そんなこと耐えられるはずはない。


 「そうだね……そうだった」

 「思い出した?」

 「保健室に連れてっただけだし……大したことじゃないよ」

 「私は嬉しかったよ」

 「そんな気遣いする人、他にいくらでもいるじゃない」

 「違うよ。みんな私のこと、学園のアイドルとしてしか見ない。何でも完璧じゃないといけない。私はただの“偶像”であって、本当の私を見てくれる人なんて誰もいなかった」


 「僕は、たまたまそういうのにうとかっただけだから」

 「ふふっ。冬弥くんらしいよね」

 祀の顔が、少し明るくなった。


 「いや、本当に。あの日も、調子悪そうにしている女子がいるから、それでお節介を焼いただけだよ。何だか、誰かさんみたいで、ほっとけなくて」

 僕がそう言った時の祀の表情は、どこか儚げで、でも何かを吹っ切ったような、そんな顔に見えた。


 「祀――?」

 祀が、そっと僕の肩に手を置き抱きついてきた。まるで泣いてるように体を震わせながら。

 「冬弥、くん……」

 その声は、振り絞ったように途切れ途切れだった。

 「はい、おしまいっ」

 パッと勢いよく僕から体を離し、祀が言った。


 「私、白川祀は、ずっと前からあなたのことが好きでした。でもね、悔しいけどもっともーっと冬弥君のことを愛してる人がいるの。だから」


 それは、とても悲しい告白だった。


 「だから、心の広い祀さんは身を引いてあげるのでしたっ」


 ズキズキと胸が痛む。


 「今でも冬弥君のこと、こんなにも好きだよ。無理やり奪おうとしても出来たかもしれない。でもね、そんなことしたって何の意味もないの。好きな人にそんなことしたくない。でも、ぐずぐずしてたら本当にさらっちゃうからね」


 ぐいっと、祀が顔を突き出した。

 「いい? ちゃんとその子のこと、つかまえとくんだよ?」

 「う、うん……」

 僕は不器用に頷いた。

 それしか今の自分に出来ることはない気がした。

 「うんうん。それでこそ私が初めて好きになった人だよ」

 祀は優しく微笑み去っていった。いつもと変わらない、愛らしいあの笑顔で。


 どうして僕は祀の気持ちに気づいてあげられなかったんだろう。こんなにも想ってくれていた人に何もしてやれないなんて。ましてや、自分がどうしたらいいのかもハッキリわかっていないのだ。


 ――ちゃんとその子のこと、つかまえとくんだよ?

 一人の姿が頭に浮かんだ。

 いつも僕のそばにいてくれて、僕のことだけを見てくれた人。

 佐奈、君は今どこで何をしてるんだ?

 

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