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「――いいですね? 神来君」
「いいですよね、先輩!」
在咲さんと遠山が一気に詰め寄る。
「は、はい……」
圧倒された僕にはそう返事をするしかなかった。
覚悟を決め、バケツに入っていたぞうきんを握り締める。
とりあえず汚れの多い床からとりかかろうか。
内側から円を描くように僕は拭き掃除を始めた。
放課後、生徒会室に呼び出された遠山と僕は、罰を与えられることになった。
僕は言うまでもなく朝騒ぎを起こしたせいだが、強引に唇を盗まれたのと引き換えに生徒会室の掃除を遠山と二人だけでさせられるなんて泣けてくる。
佐奈はどうしても一緒に残ると言い張ったが、夜までかかるかもしれないし、在咲さんと一緒にさせたら危険すぎるので、帰ったらキスのご褒美と一緒にお風呂に入ることで手を売たせた。帰り際に浮気をしたら殺しますよと凄まれながらだが。
とにかく最悪の修羅場は避けられた。
とはいえ、遠山と違って何もしてない僕がなんでこんな目に……。
「先輩ったら、嫌そうな顔で、あたしのこと見ないでくださいよー!」
窓拭きをしていた遠山がポニーテールを激しくふりながら僕に糾弾する。
こびりついた汚れを落とすには力がいるので、この中では一番体力のある遠山に任せたのだが、手際が悪く同じところを何度も拭いたりするので、時間をかけてる割には全然綺麗になっていない。
汚すことは得意でも片付けるのが苦手な女子力皆無なタイプなので、やはりこいつと二人だけで罰当番をうけたのは失敗だったと思うのだった。
「遠山さん? あなたがそんなこと言える立場なの?」
在咲さんがナイフのような鋭い眼で遠山を見ながら言う。
「うぅ……」
「まあいいじゃない在咲さん。たかがテストで0点だったぐらいで」
バケツを床に置きながら遠山を庇うつもりで僕は言った。
だが、むしろ在咲さんには逆効果だったようだ。
在咲さんの瞳にキラッと光が走る。
「たかが0点……?」
「う……」
「その0点をその子が何回とったと思ってるの! いくら陸上部で立派な成績を収めているとはいえ限度があります! 生徒会長として見過ごすわけにはいきません!」
「そんニャ~。あたしなりにせいっぱい」
もはや生ゴミを見るように見下す在咲さんに完全にびびり、飼い主に怒られた子猫のような目で遠山が僕にすがりつく。
「お、おい遠山……」
「せんぱーい! せんぱいはあたしの味方ですよねー!?」
腰に手を回し、濡れたまつ毛の先を僕の胸元に押し付けてくる。
女の子特有の柔らかさといい匂いに、僕は不覚にもドキッとしてまった。
「ちょ、ちょっと、あなた! 神来君に抱きつかないで! 私でさえまだしたことないの、に……」
「『え?』」
僕と遠山は同時に在咲さんの方を向いた。
「あ……えっと……」
在咲さんは顔を真っ赤にしてオロオロと落ち着かない視線を床に下ろした。
いつもクールな在咲さんが迷子になった子供のように見える。
それを見た遠山が大声を上げた。
「あー! 在咲先輩ダメですよー! 先輩はあたしの心に決めた、理想の人なんですからねー!」
「だーっ何言ってるんだよお前。こんな時に」
在咲さんに対して闘争心むき出しに吠える遠山をたしなめる。
こっちはこっちで駄々っ子と同じだ。
「わ、私は別に……そんなつもりで言ったんじゃ……」
在咲さんは完全にペースが乱れたようで、メガネの奥で目がそわそわしている。
「むきー! 絶対先輩は渡さニャイんだからー!!」
「お、おい、そこ今掃除したとこなのに!」
完全にネコ語になって我を忘れている遠山が誤ってバケツの中身を床にぶちまけた。洗剤や埃で真っ黒の水が床一面にサーッと広がる。
「ちょっとあなた! 何やってるのよ!!」
それを見た在咲さんが怒声をあげた。
「うるさーい! はぐらかすニャー!!」
フーッと猫のように手を前の方に折り曲げ遠山が威嚇する。
もう……駄目だ……完全に収拾がつきそうもない……。
というか、こんな調子じゃいつになったら家に帰れるんだ、僕は。
「はぁ……」
僕は今日何度目かのため息をついた。
結局全て終了して家路に着くのは、日が完全に地平線の先に消えてからだった。
カオス回。