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「はいお兄様♪ あ~~ん」
「ああ……」
佐奈が箸でつかんだ卵焼きを口から迎え入れ咀嚼する。
素材の味を生かしたシンプルな甘みが、口の中で柔らかく溶け込んでいく。
「どう……ですか? 美味しいですか?」
じっと僕を見つめて聞いてくる佐奈に僕は親指を立てた。
「うん。バッチリ」
そう言うと佐奈は雲間に差し込む日差しのようにパアッと顔を光らせた。
「よかったですわ! お兄様に喜んでもらえて……あら?」
「ん?」
佐奈が僕に顔をそっと近づけてきた。そして僕の顎に手を乗せ指先でくいっと持ち上げると、
「口元が汚れていますわよ、お兄様♪」
と、僕の唇に唇を重ねてきた。
軽く触れるだけのフレンチ・キスだ。
「…………」
いつもなら照れてるところだが、今は周りに誰もいない。
ゆっくりと僕は目を閉じた。
校舎裏から少し離れた体育館の脇には樹木が生い茂っており、風に飛ばされ桜の花が雨のように降り注ぎ、僕らの心に微かな潤いを与えてくれていた。いつもは屋上で食べるのだが、今日はとにかく色んな意味であまり目立ちたくはなかったので、ここで佐奈とお昼をとることにしたのだった。
祀は早退することになった。気が動転しきっており、話を聞ける状態ではなかったからだ。だけど小波先生や委員長の配慮で、なるべく噂にはならないように皆をまとめてくれた。
佐奈には特に余計な心配はかけたくなかった。
あの日の凶行を思い出せば尚のことだ。
恐らく真実を言えば佐奈は祀を殺そうとするだろうから……。
「――お兄様? お兄様!」
「ん?」
大声で呼ばれてはっと眼を開ける。
うるんだ瞳で佐奈が僕を見つめていた。
「ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「……何を考えてらしたんですか?」
小さく震えながら佐奈が言った。
僕にはそれが今にも消えてしまいそうなほど儚く見えた。
強く掴むと指の隙間からこぼれてしまいそうなほどに。
だからそっと肩に手を乗せて言った。
「心配しないで。消えたりしないから。どこにもいかないから」
「あ……」
「約束だからね」
そのまま腕を引き寄せ強く抱きしめる。
不安も心配もこの胸の中に埋めてしまえばいい。
そんな憂いを感じられなくなるくらい愛しさを伝えればいい。
「お兄様……」
「うん」
「お兄様を感じます……」
「僕も」
柔らかい春の日差しを浴びながら高鳴る胸の鼓動を感じ、僕は佐奈が落ち着くまでずっと抱きしめ続けた。