20
「じゃあ、またお昼休みに」
教室の前で手を振る佐奈に、僕は小さく耳打ちする。
「今日のお昼はどっか別の場所で食べない?」
「どうしてですの?」
軽く首を傾げる佐奈に、ため息交じりに僕は言う。
「いや、教室で食べてたら注目がすごいから」
これほどの美少女と食事を一緒にとるだけでも男子の嫉妬は破裂寸前なのに、『あーん』などされたら学園中の男たちを全て敵に回すようなものだ。
できるだけ目立つなと言っても、佐奈には通用しなく甲斐甲斐しく僕の世話を焼こうとしてくる。この件に関しては、何を言っても本当に聞かない。
なので、場所自体を変えようという策だ。
「ほら、天気もいいし、たまには二人きりで――――ね?」
そう言うと佐奈の顔が一瞬ひくついた。
白色の頬に薔薇色の波紋がさざ波のように広がる。
「も、もうしょうがないですわね。でもお兄様がそこまで言うんですもの。ええ、仕方ないですわね」
何故か楽しげに佐奈が独り言を繰り返している。
「――? まあ、そんなわけで校庭の裏で待っててよ」
「はい、待ってます! 一億年先だって待ってますわ!!」
佐奈が懸命に首を縦に振る。何か不純な勘違いしてない……?
疑問を問いかける間もなくチャイムが鳴り、それぞれの教室に急ぎ別れる。
佐奈が名残惜しそうにチラチラと最後までこっちを見ながら手を振っていた。
「よう、神来。今日も一緒に登校か。相変わらずお熱いな!!」
クラスに入り自分の席に座った瞬間、大きな声が耳に響く。
真がずかずかと僕の前の席に腰を下ろした。
「真、お前なあ……朝からそんな話、するなよ……」
周りを気にしながら小さく言う。今二人の関係を知られたら終わりなのだ。
しかしこの鈍感男には通じなかったようで、
「だったら少しは自重しろよ! ハッキリ言ってモテない男からしたらイラつくぞお前ら!」
ガッハッハと教室に響き渡るような声で笑いながら僕の背中をバンバンと叩く。
「いたた……佐奈は妹だから、そんなんじゃないっていつも言ってるだろ」
相撲取りのツッパリのような重い一撃に耐えながら答える。
加減ていうものを知らないのか? この男は…………
と、僕があわてふためいていると――
「須藤君! 神来君を苛めちゃダメだよ!」
快活な声が聞こえ、後ろを振り向く。
「祀……」
「うん?」声の主が答える。
「いや、なんでもない……」
話題を振り切れず曖昧に笑った。
この前の件を聞く勇気がどうしても出ない。
「白川! 留学するって話、本当なのか?」
まごついてるうちに僕の聞きたかったことを真が代弁してくれた。
こういう時はこいつの切り出し方が羨ましく思う。
「うん……親の都合でね」
祀は僕らを見比べて言った。
「まだ時間はあるけどね。寂しくなるなあ」
小さく眼を細めながら話す祀を見ていると、あと僅かの時間で離れ離れになるなんて嘘みたいに思える。
「どうにか、ならないの? 一人暮らしとか」
無理なことが分かってて提案をする。祀は笑いながら言った。
「出来る事ならそうしたいけどね。でも私一人だけってわけにはいかないよ」
期待したわけではないが、これでサヨナラなんだって、改めて思い知らされた。
「だよ、ね。仕方ないよね」そう言う僕に祀が眼をキッと見開いた。
「じゃあ神来君、一緒に来てよ」
「え?」
突然ふられた話に理解が追いつかず、何が何だか分からなくなる。
「い、いや、僕は……」
「私とじゃ、嫌?」
眼を涙で滲ませながら祀が聞いてくる。
僕はどもりながらも何とか言葉をつむぎ合わせた。
「そうじゃないよ。僕にはアメリカに行く理由なんてないし」
「あるよ」
「え?」
きっぱりと言い切る祀を思わず見やる。
「わたしといればきっと楽しいよ。理由なんてそれだけでいいでしょ?」
さも当然のことのようにしゃべり続ける祀に、僕は口を挟んだ。
「何だって、そんな……」
「淋しいから」僕の手を握って胸元にそっと押し付ける。
ブラウスの上からでも分かる形のいい乳房は、僕の手のひらから軽く溢れ出すほど豊かに実っていた。その柔らかな手触りに鼓動が狂ったように打ち鳴らされる。
「お、おい。あたってるって」
慌てて手を引こうとする。
だが握られた部分が軋むほどの圧力をかけられ、まるで動かない。
「神来君、どうして逃げようとするの? どこにも行っちゃヤだよ」
焦点が合ってるのかすら分からない眼で見つめながら、矢継ぎ早に巻くしたてる。
「離れたくないよ。そばにいたいよ。ねえ、わかるよね? 神来君なら、わかってくれるよね?」
教室からはガヤガヤとざわつく声が聞こえてくる。
何だ? 何をわかれと言うんだ?
「お、おい白川。神来をからかうのはその辺で……」
「さわらないで!」
騒ぎ立てる僕らを見かねた真の手を、祀が力いっぱい跳ね除ける。
その迫力に教室中が凍りつく。
「せっかく出遭えたんだから。離れ離れになるなんておかしいよ。神来君と会えなくなるなんて。そんなの耐えられないよ。ねえ、そばにいてよ。一緒にいてよ。ねえ、ねえ!」
僕は答えられなかった。
それはそうだろう、アメリカまでついてこいと言っているのだ。
それに、祀がどうしてそんなことを言ってくるのか、理解できなかった。
「祀。落ち着けよ。遠くに行くって言っても家族だっているだろ?」
肩に手を乗せて言い聞かせる。しかし祀は首を横に振った。
「神来君じゃないと嫌! 私には神来君しかいないよ! ねえどうしたら、どうしたら来てくれる?」
「……」
どんなに探しても、その場に合う言葉を見つけられずにいる僕に、祀は更にまくし立てた。
「教えてよ。どうしたら私にきゅんときてくれるの? 学園のアイドルとか言われたって、ファンクラブなんてできたって、神来君に愛されなかったら一人でいるのとおんなじだよ。お願い。もう無理なんだよ。我慢できないんだよ。だから、抱きしめて。私、あなたになら何をされてもいいから!」
「ま、祀……僕は……」
何も言うことができなかった。
祀は僕の答えを聞かずに、そっと唇を近づけてきた。
「神来君……好きだよ」
「!?」
口内に踊るように舌先を突き出し、僕の唇の中を舐めまわしながら言った。
僕はしばらくして駆けつけてきた小波先生にヘッドロックを食らって失神するまで、されるがままの状態で甘んじるしかなかった。