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19

 「佐奈。もういいだろ? 遅刻しちゃうよ」

 「だめですわ。もう少しだけ、お兄様」


 そう言うと佐奈は足を一歩前に出し、僕の唇に唇を重ねてきた。

 舌で歯茎を味わうようにに舐めまわし、ぺちゃぺちゃと音を立てる。


 ――――今朝から何度目のキスだろう? されるがままの状態でふと考える。

 たっぷりと僕の口内が唾液で溢れてから、ようやく佐奈を引き剥がした。


 「んっ……ぷはあ。はうう……」

 唇の端からこぼれる唾液を舐め、上気した顔で佐奈が言う。


 「お兄様ぁ……もっとぉ……」

 「い、いやいや。流石に時間ないよ」僕が首を横に振ると、

 「駄目……ですの?」雨に濡れた子犬のような眼で見つめられた。


 「いや、ダメってことはないけど……」

 思わず言ってしまった。


 「では続きを♪」

 佐奈が嬉々として抱きついてくる。


 いつもの僕なら振りほどいていただろう。

 だけど、今の僕は佐奈の“彼氏”なのだ。

 少し照れながらも佐奈の頭を軽く撫でる。


 「お兄様~ぁぁん♪ 一生このままでいたいですぅぅ」

 僕の胸に顔を擦り付けながら佐奈が言う。

 

 今日はもう諦めた方がいいかな……?

 心の中で小さくつぶやいた。



 こうしていつもの朝が始まった。


 


 「お兄様! 早く早く! 遅刻してしまいますわ!」

 走る足を止め、後ろを振り返りながら佐奈が言った。

 

 「う、うん…………」僕はそう短く答えるのが精一杯だった。

 

 周りの通学路には遅れた生徒たちが何も言わずに走っていた。

 生徒会長、在咲さんのおかげでかなり厳しく取締りが行われているのだ。

 ましてや僕の担任はあの小さき鬼軍曹なのだ。まだこの年で死にたくはない。


 「お兄様! どうしたのです!? 元気がないようですわ!」

 「何でも……ないよ……ゼイゼイ」


 息を切らしながら答える。逆にどうしてお前は汗一つかいてないんだ。

 何しろ門を出てから全力疾走で走り続けているのだ。

 本当に同じ人種なのかと、あらぬ空想をしてしまう。


 佐奈に自分の気持ちを伝えて以来。

 あの日から佐奈との関係は兄妹としてではなく、恋人して一歩進む形となった。


 そのおかげでただでさえ重い佐奈の愛が、その時を以って更に激しく僕を求めるようになった。しかし学校にいる間はなるべく離れているように協定(?)は結んだので、クラスメイトに冷やかされることもない。


 万一この関係を知られたら身の破滅しかないと、二人で話し合った結果だった。

 それには噂を避けること。ただでさえ、僕は在咲さんに狙われているのだから。


 その代わりここ最近は朝からずっとキスの嵐をされたり、何度も好きです、愛していますと囁かれたりと、これは普通の恋人なの? と思わないでもない。


 佐奈曰く、今までやりたくても出来なかったことを存分にやっていく……と言っていたので、甘えられなかった分甘えていくつもりなのだろう。


 『一緒に傷つくよ……』なんて言った手前、しばらくはそうしてみようと思う。

 長い鬼ごっこの末、僕は捕まったのだ。なので、決して逃げるつもりはない。


 「お兄様! さあ早く早く♪」

 軽い足取りで、微笑を浮かべる佐奈が僕にエールを送る。


 そうだ、僕はつかまったのだ。完璧なこの子に。

 それが結果的にどんなことを引き起こすとしても、もう前に進むしかないのだ。

 僕は少しだけ足を速めながら佐奈の後ろをついていった。

 

 

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