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 教科書を広げていても、僕のペンは黒板の文字を写していない。

 教壇で熱弁を振るってる教師や、真面目に机にかじりついている生徒には申し訳ないと思うが、今ひとつ授業に集中出来ないのだった。


 僕が通う私立柑陽(かんよう)学園は、国会議員を始めとして海上保安官や弁護士、技術士、医者の息子などが通っていて、ドラ息子や箱入り娘が多い。家庭環境からくる余裕もあるのだろう。世間の苦労など知りもせず、幼少期から大人に顔色を伺われて育ったという子供も少なくはない。


 まあそれが生まれ持っての運命というものか。


 僕はノートの裏に書かれた自分の名前を見た。

 神来冬弥(かみきたとうや)という名前を見ると、大企業の息子なんだと嫌でも実感させられる。


 僕は頬杖をつき、窓際の席から校庭を見た。

 三月にしては桜がよく咲き、グラウンドは赤い桜の海と化していた。


 体育の授業があるのだろう、何人かの生徒がジャージを着て走っている。

 その内の一人が急に足を止めて、四階の窓際の僕の席を見つめてきた。

 濡れたカラス羽のような優美な黒髪を、軽やかに腰元まで(なび)かせている。


 彼女は僕の妹である神来佐奈(かみきたさな)

 全校生徒で知らない人はいないほど人気がある学園のマドンナだ。

 他の生徒が次々と横を通り過ぎる中、足を止め僕を見つめている。

 授業中ぼんやりと窓の外を見つめているこの僕の妹とは思えないくらい、彼女は真面目なはずなのだが。


 「そもそも、なんでわかったんだろう」

 「あら~神来君の方こそ、なんで授業中外を見てるのかしら~?」

 のんびりとした声をかけられ、僕は声の方向を向いた。

 「こ、小波先生」


 見上げると小柄な女性が教科書を持って、ぷんぷん怒りながら立っていた。薄いグリーンのセパレートスーツ。白のブラウスの合間から巨大なな双丘が顔を出している。


 ぴっちり切り揃えたショートの前髪に無邪気な笑顔は、どう見ても小学生にしか見えない。担任の「小嶋小波(こじま こなみ)」先生だ。


 生徒の悩みに合わせて明るく励ましたり、その愛らしい容姿から「一部の」層からの人気は厚い。しかし身長のことを言われると、とたんに平静さを忘れ、ヘッドロックをかけまくる癖(?)があるが。

 

 ……その中で明らかに僕だけ被害が大きい気がする。

 特別何かした訳ではないんだけど、ことあるごとに説教されたり攻撃されたりしてる。おかげでこっちはいつ何時も気が抜けない。

 ちくしょう。このロリババアめ。


 「神来く~~ん。何か失礼なこと考えてな~い?」

 小波先生がぬっと顔を近づけてくる。

 満面の笑みを浮かべてはいるが、ピキピキと青筋を立ててるのが見えた。

 きっと内心かなり怒っているのだろう。

 一年の時からの担任で、長い付き合いだからこそわかる。


 「い、いえ! 何も! というか、口に出していませんよね?」

 「うん。ということは思ってたことは認めるのね~」

 「あ……」

 うかつなことを言ってしまった。

 先生はやれ締めたことかと、拳を頭の上に振り上げると、

 「じゃあ、今日はラリアットいってみようか~」

 と死刑宣告を笑顔で言い放った。


 「すみません! 僕が悪かったです! 謝りますから許してください!」

 「今日は激しくいくけど、死んじゃダメよ~~♪」

 「げ……」

 振り上げた手が、僕に向かってくる。

 僕は眼をつぶって覚悟を決めた。

 

 



 「神来君どうしたの? 急に窓の外見てぼーとしちゃって」

 小声で隣の女子が話しかけてきた。


 先生は『どうせ私は背が低いですわよ~』と、落ち込みながら授業を続けている。異常なほど僕に対する沸点が低いが、今は大丈夫だろう。

 「なんでもないよ。気にするほどのことじゃない」

 「そんなこと言っちゃって。どうせまた妹さん見てたんでしょ?」

 彼女はニコッと笑った。


 白川祀(しらかわまつり)は数少ない僕の友人で、四百人ほどいる柑陽学園のトップアイドルに君臨する子だ。枝毛など一本もなく、腰元まで伸びたサラサラの銀色の髪は、窓から吹く風に合わせて静かに揺れている。


 ほっそりとした指先を口元へ乗せ、言葉を紡ぐたびに、鮮やかな赤色の唇がぷるんと揺れる。その仕草を見ると、祀の人気が高いのも納得がいく。


 「別に。話し込んでると先生に怒られるよ?」

 「あはは。もう一回怒られた所で別に変わんないよ」

 「僕は構うんだよ。怒られたいなら一人で怒られてくれ」

 「もう。意地悪ねー」

 祀は口を尖らせたが、そのあとすぐに息をつきほほえんだ。

 「まあ、いいわ。そのうち私のことだけ見てもらうから」

 祀は一人納得するように呟き、教科書に向き直った。

 そのとき銀色の髪からは、フローラルな香りがした。


 「え、なんか言った?」

 「何にも? 神来君も授業に集中したら?」

 自分から話しかけてきたくせに、優等生みたいなコメントをしてくる。

 「ちぇっ。なんだよ」

 これだからアイドルってわがままなんだよな。

 そう思いながらまた僕はグラウンドに眼を向けた。


 佐奈の姿はもう校庭からいなくなっていた。

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