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「あれ……? おかしいな」
異変に気づいたのは、ドアノブに手をかけ玄関に入った瞬間だった。
鍵が開いているので、とっくに佐奈は帰っていると思った。
しかし三和土に佐奈の靴はなく、家の中がしんと静まり返っている。
いつもなら待ちに待った主人を出迎える愛犬の如く駆け出してくるのに。
ガタン!
「ん?」
居間の隙間から微かに漏れる音が聞こえた。何だ。やっぱり帰っていたのか。
「佐奈? いるの?」声をかけ中に入るが、誰もいなかった。
「どこに行ったんだ……?」部屋で寝ているんだろうか。
木造の階段を音を立てないように気をつけながら登り、二階にある佐奈の部屋の前に立つ。
中学に入ると同時に異性のプライベートを干渉ことに躊躇いを感じてからは、中に入ることはなくなっていたので少し緊張する。
「佐奈。僕だよ」と話しかけ、しばらく待ってみるが返事はない。
まさか―― 急に鼓動が早くなる。
ゴクリと喉を鳴らし思い切ってドアを開け中の様子を伺う。
そのままだと暗くてよく見えないのでスイッチを押し電気をつけ、おぼろげに輪郭を映し出す。
「え……」僕は思わず目を見張った。
純和風に設えた部屋は年頃の少女にしては簡素で、6畳ほどのスペースに机とベッドと箪笥があるだけの無機質な部屋だった。
もちろん隠れるスペースもないので佐奈はいない。
それだけなら只の味気ない部屋だが、僕の眼を引きつけたのは、部屋に飾ってある僕の写真だった。
子供の頃の僕、中学に入学したばかりの僕、最近の僕……捜し続ければキリがないほどに、僕だけの写った写真が、白い壁を埋め尽くさんばかりに貼られている。アイドルのポスターを一面に飾る無垢な少女、なんてものではない。昼間の写真はともかく、深く寝入ってる時のはどうやって撮ったというんだ。
「う、うえ……」胸の奥からこみ上げてくる胃液を懸命に飲み込む。
流石にここで吐いたら元々ない兄としての威厳が更になくなってしまう。
しかし、僕の知らない間に佐奈の部屋がこんなことになっていたなんて……。
軽く眩暈がし、フラリと倒れかけ、あわてて机の横に手を置きバランスを保つ。
「おっと」がしゃんと音をたてて写真立てが落ちた。背を伸ばし拾い上げる。
「な、なんだこれ……」
そこに入っていたのは幼少時代の僕と佐奈の写真だった。
眼を細め笑う僕の横を抱きつく形で佐奈が映っている。でも――
「何で、佐奈の顔だけ切り刻まれているんだ……?」
カッターか何かで思い切り刃を立てたような傷が無数に広がっていた。まるで憎憎しい相手に復讐をするように、佐奈の顔に醜く幾つもの線が走っていた。
「どうして……」
写真たてを握り締めたまま呟く。完全に理解の範疇を超えていた。
「どうして、こんなことを……」
「――知りたいですか? お兄様」
聞きなれた声に振り向く。
この部屋の主が泰然と立っていた。