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少し色あせた桜は涼風に吹かれ、すっかり春めいた季節に彩りを与えている。
そんな放課後の校舎裏には下校する生徒で人だかりが出来ていた。
グランドでは春の選抜大会に向けて運動部が激しい練習をし、ジャージ姿の生徒たちがはじけ飛ぶような汗を額に流している。
僕は三年間帰宅部なので「大変だね」とそっとつぶやく。
佐奈は切ない声色で一人で帰ると言い、先に帰路に着いていた。
一緒にいるのが当たり前になっていたので、別々で行動するのは久しぶりだ。
「……」
在咲さんに言われたこと、佐奈のこぼした涙が脳裏に焼きついている。
何も出来なかった。僕にはどうすることも。
確かに僕と佐奈は兄妹で、周りから許される間柄じゃない。
佐奈が好きな“僕”は兄としての“僕”ではなくて、異性としての“僕”なのだ。
「諦めさせた方が、いいんだろうか……」
引き戻せなくなる前に。大切なものを失くす前に。
「先輩!! 何考えてるんですかー?」
「え?」
元気な声が後ろで響き、振り向くと僕を見つめる大きな瞳があった。
漆塗りのような真黒の長い髪を、白いヘアゴムですっと留めている。はっきり整った顔にやや丸みを帯びた体の輪郭はジャージ姿がよく似合い、美人というより可愛らしい女の子だと思う。
「すいません! ビックリしちゃいました!?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
大げさな反応に僕は苦笑した。
「それならよかったです!」
そう言って力強い笑顔を向けてくる。
彼女は遠山さやかと言って、僕の二年下の後輩だ。
入学式の日に道を教えて以来、いつも飽きずに僕に話しかけてくる物好きだ。
素直な人柄と派手な性格で、告白された数もかなりのものらしいが、本人は恋人も作らず陸上部に命を捧げたかの如く入れ込んでいて、すでに一年生ながらエースの座を掴んでいるらしい。
悩みなど一つも無さそうな明るい笑顔は癒されることこの上ないが、一旦熱中すると、とことん突き詰める性質らしく、一度駆け出したら戻ることを知らない。まさに鉄砲玉のような女だ。
「ところで先輩、今暇ですか!?」
「え? 今?」
突然の質問に軽く反応が遅れる。
「はい! 今日は練習早く終わりそうなので、一緒に帰ってほしいです!」
「ああ――まあいいよ」
特に断る理由もないので頷きながら言う。
しかし遠山を見ると瞳をなぜか潤ませていた。
「ああ感激だなあ! 先輩と二人夕焼け空を見ながら帰れるなんて!」
「おいおい、大げさだな」
「そんなことないですよ! あたしは宇宙一の幸せ者です!」
「言いすぎだって」
放っておくと踊りだしそうなので口を挟む。
「ほら、まだ練習中だろ? もうひと頑張りしてこい」
「あ、いけない! すっかり忘れてた! じゃあ集会終わったらすぐ行くんで、校門の前で待っててください! それじゃ!!」
手を力いっぱい振って遠山がグランドに戻る。
「ちゃんと待っててくださいねー!!」
「ああ」
いつの間にか僕も普通の笑顔で手を振っていた。
今日は色々なことがあったが、少し心が軽くなった気がする。
これもあいつの笑顔のおかげか。
遠山の背中が見えなくなるのを見送ってから、僕は校門まで足を運んだ。