13
「……誰ですの、お兄様。この人は」
佐奈が焼け付くような視線をぶつけてくる。
「こ、この人は……あの、その」
「はじめまして。在咲雫といいます」
うっすらと微笑を浮かべ、在咲さんが佐奈に向かって喋りかける。
「一応この学園の生徒会長です。神来君とは同じクラスなので仲良くさせてもらっています」
「仲良く……?」
佐奈が鼻の付け根辺りに神経質な線を漂わせながら言う。
「お兄様! 私というものがありながら、またこのような人と!」
「いや違うんだよ。前に生徒会の仕事を少し手伝っただけだから」
「そうよ。私のお願いを聞いてくれたのよね? 冬弥君?」
と、在咲さんがウインクしながら手を伸ばし、僕の腕に絡めてくる。
「私のお兄様に気安くさわらないで!」
佐奈が今にも飛び掛りそうな形相で在咲さんを睨む。
「お兄様に触れていいのは私だけですわ!」
妹よ……それもどうかと。
「――あなたの許可なんて必要ないわ」
苛立たちそうに在咲さんが口を開き、僕の腕を持つ力を強めた。
「ねえ、冬弥君。こんな短気な妹さんより、私とお話しない?」
「いや、でも……」
「お兄様、行っちゃダメ!」
佐奈がもう片方の腕を素早く抱き込む。
しんと静かな緊張があたりを包み、消え入りそうな声で佐奈がつぶやく。
「お兄様……私のそばにいてください」
「あなたには聞いてないと言ったでしょ?」
在咲さんが冷酷に告げる。
「あなたのその独占欲が、冬弥君を深く傷つけているのよ? あなたのせいよ。ねえ、分かってる? いつも冬弥君のそばにつきまとって、自由もプライバシーもない。挙句の果てには他の人には触らせないなんて言い出す。こんな異常性、生徒会長として見過ごすわけにはいかないわ」
「そんな……こと」
佐奈が魂が抜けたように虚ろに視線を空に流している。
それを見て、在咲さんが笑顔で言う。
「あなたがそんなことだから、冬弥君は耐えず迷惑しているの。それが通じるほど世間は甘くないわ。この意味、分かるわよね? この前も学校の帰り道でキスしていたようだけど、あれも揉み消すのに大変だったんだから」
この前のこと――僕の脳裏に鮮やかに佐奈とのキスシーンが再現される。
やっぱり問題にならなかったわけじゃないのか。
「あ、あれは、その……」
慌てて言葉を紡ごうとする。
「いいのよ。あなたは悪くない。悪いのは――」
といって、在咲さんが佐奈の方を向く。
「この勘違い屋の妹さんね」
佐奈の肩がピクッと動く。眼には涙を浮かべているようだ。
「私はあなたを助けたいの。来てくれるわね? 冬弥君?」
僕に向かって伸ばす手を、まるで夢遊病にかかったように取ろうとする。
その時――
「――めて」
「え?」
ボソボソと、何かつぶやく佐奈を見る。
「もうやめて! 私のお兄様をとらないで!!」
涙をぼろぼろと流しながら、佐奈が叫ぶ。
「さ……佐奈」
握り締める僕の腕に爪が食い込み、うっすらと血が滲んでいく。
それでも佐奈は僕の腕を放そうとせず、ずっと泣き続けている。
それを見て、在咲さんがふうっとため息をつく。
「しょうのない妹さんね。でもいいわ。無理に急ぐこともないし」
僕らを残して立ち去ろうとする。その後姿に、疑問に思ったことを口にする。
「どうしてこんなことをする? 僕を助けるってどうして」
そう言うと、在咲さんは微かに微笑んだ。
「決めたからよ。あなたを守ると」
「え……それって、どういう……」
「そのうち分かるわ」
「え? ちょっと!」
歪んだ笑みを浮かべ、今度は僕の言葉に返事することなく、在咲さんは去っていった。