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「まっ想像してたけどね」
リビングに入り、顔を暖炉の火のように上気させた佐奈の前の、テーブルに置かれたご馳走に目が釘付けになる。
卵を乗せた大盛り納豆ご飯、焼いた塩鮭丸々一尾、並々注いだみそ汁、卵焼きにキンピラの煮付けに、デザートにカットされたグレープフルーツが添えられていた。
さ、流石に朝からこんなに食べられない、とは言えない。
腹を壊す覚悟で佐奈の前の椅子に座り、「いただきます……」と手を合わせる。
「お兄様、今日のご予定は?」
麦茶を注ぎながら、佐奈が聞いてくる。
「何もなければ、ずっと私と一緒にいてほしいのですけれど……」
冷えたグラスを受け取る。
「今日の放課後は真と遊ぼうかなと思ってるんだけどな」
ピシィッ!
金属が割れる音が耳を掠め、佐奈が持つグラスにうっすらヒビが入った。
佐奈が心まで凍てつくような冷酷な視線を送ってくる。
「よく聞こえませんでしたわ。誰と何をするんですって?」
悠然とした微笑をたたえ、ゆっくりと佐奈が問い詰める。
「あ……いや、嘘です。今日はずっと佐奈さんと一緒にいさせてもらいます」
殺されたくないので、そう言うしかなかった。
ごめんな、真……今日も一人で帰ってくれ。
「さあお兄様、お弁当ですわ!」
何とか食事を終え、食器も片付け終わった頃。
四重に連なった大きな重箱を、風呂敷に包み佐奈が渡してくる。
「う、うん……ありがとう。いつもいつも」
こんなに食べれないよ、なんて発言は僕には許されていなかった。
「当たり前ですわ。たった一人の愛しいお兄様なのですから」
「ああ、そうだね……」
佐奈の世界には僕しか見えていない。
見ないのではない。見えないのだ。
そして僕も、心の奥底ではそれを望んでいる。
駄目だ駄目だと思いつつ、結局同じことを繰り返している。
依存している――何から? 佐奈に? いつかは離れないといけないのに。
愛されてはいけない。愛してはいけない。なのに――
「――様? お兄様!」
ハッと顔を上げると、佐奈が僕を心配そうに見つめていた。
「どうしたのです? 先ほどから何を悩んでいらっしゃいますの?」
「な、何でもないよ。ちょっとボーッとしてただけ」
「そうですか……? ならいいんですけれど」
「うん」
曖昧な笑みを浮かべて、胸の奥で考えていたことを誤魔化す。
分かってはいるけど……今はこのままでいたい。
いつかは壊れていくものだからこそ、記憶に刻み込んでいたい。
「そろそろ行こっか。遅れたら小波先生にプロレス技くらうし」
弁当を掴みカバンの中にいれ、玄関へと駆け出す。
「はい!」佐奈が目を潤ませ、後ろに従う。
――そう。今はまだこうしていたい。
いつかの記憶のように、いつかは消えていく前に。




