世の中には知らなくていいことも。
二度目の出口へ通ずる隧道であり、四人の組で進む。脚に毛を生やす蜘蛛のような混蟲を退けながらの出口近くまで来たわけだが。
「フォフォッ、やりますな。アルフォンス様」
「世辞はいい、ギュスターヴ」
この二人は強かったし、力を貸すこもなかった。自身たちはたまに不意を突いてくる混蟲を蹴散らしたくらいだ。
「もう、そろそろ出口ですな」
オヤドガグモの死骸は形を留めないほど食い散らかされ、辺りには死骸を貪っていた混蟲はいない。
「あれだけいたのにもういないな」
「そうですのぅ。何に群がっていたのでしょうな……」
それは巨大な混蟲――オヤドガグモなのだが、話したところで意味のないことだろう。しかし、この有り様はおかしいように思える。食い散らかされているとはいえ、まだ死骸は残っているのに混蟲がいないのはおかしい。何かいるのか。
「ラガクさん。わかりますか?」
「嫌な感じだな――」
ミサナギを背中に隠すように立ち、耳を研ぎ澄まして何かを感じとる。前にいるのはアルフォンスにギュスターヴ、後ろはミサナギだが、他にも何かを感じないか。
「クソっ! 矢だ!?」
「ぬぅ……」
音もなく飛んできたのは矢。自身に射られた矢は胴や肩の装甲で弾かれていった。アルフォンスは盾で矢を防いでいたが、ギュスターヴは肩と腕に矢が刺さっている。
「お前らやっちまえッ!!」
たいまつの明かりに浮かび上がる人影は三人、いや四人だ。すぐさま片手長剣で受け止め、刃が擦れる音が響きながらつばぜり合いとなる。
「クソッ!」
もう一人が横から刀剣を突き立てくるのが目に見えた。つばぜり合いから身を退いて腕を斬りつけられるが、手甲籠手を着けているおかげで負傷はない。
「へへへ……」
一対四では太刀打ちどころか身を守るのが手一杯だ。装甲で防げる自身はいいが、ほとんど生身のミサナギはそうはいかないだろう。なんとかしないと。
「それ以上、私に近づくなッ!」
「へへ……こりゃ上物だ。威勢もいいなぁ……いいねぇ!」
喋る相手にミサナギは斬りかかるものの、相手はそれを容易く避けてしまう。そして挑発するようにおどけて見せる。
「ハハッ! 当たらねぇな! さてはびびってやがるなぁ!?」
思うにミサナギは戦いたくないのかもしれない。自身も戦うことに躊躇いがないといえば嘘になるだろう。
「ひぎゃぁぁ……っ!!」
見ればギュスターヴの手斧が、相手の腹にめり込んでいた。そのまま引き抜いて振り上げられたハンドアックスは頭に降り下ろされる。
「ぅが……ッ!!」
鈍い音がして血が飛び散って相手は動かなくなった。ギュスターヴたちを囲む者たちは怖じ気づいたのか、斬り込みに踏み出せないでいる。
「やべぇーな、あのジジイ」
「何を怖じ気づいてやがるんだ。こっちは倍はいる。ジジイなんてすぐに息切れして終わりさ」
「ぎゃーーーーッ!? ぅ、腕がぁ……っ!!」
腕をハンドアックスに叩き斬れられて叫び泣くが、ギュスターヴは容赦することなく蹴り飛ばす。
「ラガクさんッ!!」
「よそ見してんじゃねーよ!」
兜から頭に響く衝撃と鉄の擦れる音。クソが、油断した。眼から涙が出る痛み。いや、もっと痛くて目眩がする。
『畜生が』
ロングソードを横凪ぎに振って間合いを空け、帯に付いた小鞄に手を伸ばす。
『これでも食らいやがれッ!』
取り出した砂袋を投げつけると相手はそれを刀剣で斬り払う。袋は斬り裂かれて砂が相手の顔に降りかかり、眼を押さえて怯んだ。
「クソ……目が……っ!?」
好機を逃すことなくロングソードで斬りかかろうとするが、躊躇ってしまう。クソ、こんなところで臆病風に吹かれるとは。そのまま斬り払うことなく蹴り飛ばし、続いて斬りかかってきた刀剣を弾く。
「へへ……やるなぁ!」
さらに刀剣を奮わせて何度も斬りかかってくる。自身はそれをロングソードで払い、避けきれぬ斬撃はガントレットや身に付ける装甲で滑らせて痛手を防いでいく。
『目が霞む……』
息切れになりながらも戦い続けるが、甲冑を着ている身でロングソードを奮い続けては身体がもたない。
「そろそろ、諦めたらどうだぁ? 楽に、してやるぜ?」
相手も息切れをしながら軽口を叩きつつ、息を整えているようだ。そこに後ろからアルフォンスが、斬りかかって背中から血が飛び散る。
「ちくしょう! 痛テェ! クソ死にやがれっ!!」
「貴様がな」
「う……ぁ……」
アルフォンスの振るった刀剣は首筋に宛がわれ、そのまま滑らすように身を退いてみせた。
「もう、お前たちしか残っていないようだのぅ」
ギュスターヴがそう言い放つと残った者たちは顔を見合わせて逃げ始める。ギュスターヴは逃げる者は追わず、戦いを挑んできた者だけを斬り払っていく。
「大丈夫か?」
「……あぁ、なんとか」
アルフォンスに手を差し出され、疲れ果てて片膝を着いていた自身はそれを握り返して立ち上がった。
「ラガク殿。一つ聞きたいのだが、ミサナギ殿とはどこで知り合ったのだ?」
「ミューヴィルから少し離れた森だ。ちょっとした成り行きでな」
「彼女はミューヴィルに住んでいるのか?」
「まだ出会ってから数日でそこまで聞いてない」
「そうか……」
「ラガク殿にミサナギ殿。怪我はありませんかな?」
「はい、大丈夫です」
「心配ない。息切れをしただけだ」
「よし、ギュスターヴ。ミューヴィルまで先導してくれ。約束だからな」
「アルフォンス様。よろしいのですかのぅ?」
「いや、いいんだ。二人には無理をさせては悪い」
アルフォンスはそう告げて刀剣を鞘にしまい、こちらに向き直って頭を下げる。驚いた出会った時は威圧するような態度で気分のいいものではなかったのだが、本当は懐の深い者なのかも知れない。
「ラガク殿にミサナギ殿。こちらの都合で案内させたこと謝ろう。ミューヴィルまで無事に辿り着けるようお供し、ミューヴィルに到着したならば、少しばかりの礼金も払おう」
それから月影を頼りにしてギュスターヴが先導し、自身とミサナギと続いてアルフォンスが後ろを歩く。
どれくらい歩いただろうか。身体は疲れて手足の痺れに腹減りに眠いし、なんともならない暑くて息苦しい甲冑の重さ。
「ミューヴィルの灯りが見えて来ましたのぅ。ラガク殿、大丈夫かのぅ?」
「……ああ、大丈夫だ。ミサナギ、大丈夫か?」
「……まだ頑張れますっ」
強きな表情を見せているが、身体から疲れが伝わってくる。自身も彼女や彼らがいなければ弱音を吐いているところだ。
「大丈夫じゃなさそうだな」
「ギュスターヴ。少し休もう。二人とも疲れているようだから」
「いや、アルフォンス殿。ここまで来れば大丈夫です。あとは自身たちでなんとかなりますから……」
「しかし、礼金はどうする?」
「――要りません。ここまで無事に帰ってこれただけで充分です」
「それではこちらとして悪い」
「無理強いをさせるほどの都合があるのでしょう? その心遣いで自身たちは救われます」
「そうです。その気持ちだけで大丈夫ですから」
「しかし……」
「なら、次に会うことがあればその時にでも」
「……わかった。ラガク殿とミサナギ殿の心遣いに感謝する」
そうしてアルフォンスとギュスターヴはミューヴィルの灯りに向かって消えていき、それを見届けるとミサナギは地面に座り込む。自身もそれにつられるように座り込んでしまう。
「あーもうダメ。疲れ過ぎて一歩も歩けない」
「ハァ……自身もそうやって弱音を吐きたいもんだな」
「なんですか、それ? 私がいつも弱音をいっているみたいじゃない?」
「そうはいってないさ。防人の自身が弱音を吐いていたら気持ちが沈むだろう?」
「ずっとそんなこと考えているんですか? ラガクさんは……疲れますね。私にこっそり弱音を吐いてもいいんですよ?」
「優しいんだな、ミサナギは。なら吐かせてもらうか……」
「ああー今はダメ。眠いからまた今度ね……おやすみ」
そのまま気持ちよさそうにあくびをし、腰のポーチを枕にして眠りついてしまう。
「…………優しいのか、酷いのか、わからないな、ミサナギは」
背負っていた背嚢を肩から外し、顎紐を緩めてヘルムメットもとって防面も外す。そして汗にまみれた覆面も脱ぎ去り、手で頭を触ったりして痒みをなくしていく。
『痒いし、頭がズキズキする……』
痒いのはいつものことだが、頭が痛いのはやはり刀剣の一撃が効いたのだろう。ヘルムメットを手で触って調べていくと、それなり大きさの傷が付いていた。
『あの一撃は効いたな』
身体の所々が痛むが、頭の一撃は相当だ。手足も疲れ過ぎてか、痺れるような感じで動かすのも億劫。
『もうダメだ』
そのまま地面に寝転がって欠伸をし、手足を広げると眠くなってくる。少しだけ、少しだけ寝よう――。
ラクーガ――我々の祖国、そこは人と鬼が共に生きていた地。しかし、いつからか共に生きることをやめ、敵として生きることになる。鬼は人ならざるモノであり、鬼は人でもあるモノ。老練な防人たちはそういうが、よくわからないことだ。鬼とは混蟲のことだろう。“混蟲は人ならざるモノであり、混蟲は人でもあるモノ”混蟲は人でもあるとはどういうことなのか。もっと深い意味が隠されているような気がしてならない。
そんなことを考えてどれくらいたったろうか。眼を開けると青い空に雲が流れ、温かい日が草原を照らしている。
『思ったより寝てしまったな』
身体はまだ痛いが、寝たおかげで眼は覚めて頭もスッキリしていて少し気分がいい。バックパックから紙に包まれた食糧を取り出す、これは塩漬けして乾燥させた干し肉だ。他に短剣と竹で作られた水筒も取り出し、ナイフで干し肉を切り分けていく。
「ラガクさん、なに食べてるんですか?」
細々と干し肉をつまみ食いしていると眼を覚ましたミサナギが物欲しそうに聞いてきた。腹が減っているだろうし、切り分けた干し肉を手渡す。
「干し肉だ。味は悪くない」
渡されたそれをミサナギは匂いを嗅いだりして口に入れ、口を手で覆いながら噛みごたえのある干し肉を食べてから話す。
「美味しい――何の肉ですか、これ?」
「なんだと思う?」
「んー――なんだろ? 鶏?」
この白身がかった肉はいわゆるゲテモノだ。噛めば噛むほど味が染みだし、塩から引き出される旨味は鶏や烏賊のような味で食べごたえも似ている。
「違うな」
「イカ? 蟹?」
「近い。ゲテモノ系だ」
「エビ? エスカルゴ?」
「えすかるご? なんだそれ?」
「えっ、知らない? んーと、マイマイ……カタツムリですよ」
「カタツムリって食べれるのか?」
蝸牛って雨の時に現れる蛞蝓の殻が付いているヤツだよな。
「食べられるらしいです。私は食べたことないですけど」
「食べたことないなら味がわからないだろう……」
「もう、わからないです!」
「本当に知りたいのか? 世の中には知らなくていいこともあるが――」
「私は知りたいんです!」
「――混蟲だ」
「こんちゅう? 混蟲って……アレ?」
「そう。アレだ」
「混蟲って美味しいんですね……気分が良くないみたい。水ください……」
竹筒から栓を抜き、ミサナギに差し出すとそれをグイグイと飲む。口元を拭いてからこっちを睨みながら怒り始める。
「なんで先に言ってくれなかったんですかっ!」
「先に言うもなにも、あげたら食べただろう?」
「そんなのお腹減ってたから食べるに決まってますよ! 知らずムシを食べることになるなんてっ! あんまりです!!」
「でも、美味しかったんだろう?」
「美味しさじゃないです! 食べる前に知りたかったんですよっ」
何をそんなに必死なのかわからないが、そんなに怒らなくてもいいと思う。混蟲って知ったら食べただろうか。食べないとこの先やっては行けないだろうし、美味しかったのだからいいと思うが。
「で、まだ食べるか?」
「……お腹減ってるので食べます!」
やっぱり食べるのか。ミサナギはわからないな、いや、気持ちがわからない訳ではない。しかし、知ったら食べようと思わないだろうし、知ったらより食べづらくなっただろうから。昔の自身がそうだった、食わず嫌いというやつで知らないほうが、良かったことだろう。知らないからこそできることもあると思うのだ。




