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#8 新たな算出結果

すったもんだありましたが、なんとか帰国した天文学者さん達です。



「あー、疲れた」


 げっそりとやつれて、日本の大地の感触を京香は噛み締めた。星野陽子は対象的にさわやか爽快な目をしている。


「いいわね、熟睡の人は」


 妬ましげな視線。星野はそれを無視して、


「よく放り出されなかったな。私は感心するよ」


「睡眠薬飲まされたみたい」


「……本当に感心するよ、お前には」


 しかし隣に寝ていた星野陽子も、たいした神経だと言わざるえない。


「で、お前はこれからどうする?」


「どうする、って家に帰るわよ。もうクタクタ。星野もウチに来るんでしょ?」


「だから青森空港で降りたのだろうが、アホ。私が言っているのはそういう事じゃない。明日からどうするつもりだ?」


 どうするか、か。京香はふっ、と笑みをこぼした。


「ARKへの資料整理は済んだの?」


「お前と違って書類は貯蓄しないのでね。金は貯金するが」


「痛い言葉よ、それとても」


「で、どうするつもりだ? 考えている事があるのだろう」


「まあね、それは後でゆっくり話そう。家でね」


 と話しをはぐらかして、タクシーに乗りこむ。星野陽子も京香に続いた。運転手に行き先を告げ、京香は瞳を閉じる。


 星野陽子は不満そうな表情で、窓の外を見ていた。運転手は何だ? と怪訝そうな顔をしていたが、頭にきてたので無視。別に隠しごとをされても立腹するような人間ではないが、Mr.シャーロックと京香の密談となると気にもする。自分だけ仲間外れのようではないか。そんなヤキモチにも似た感情に、星野陽子はイライラした。


 単調な田舎の景色が眠気を誘惑する。思わず、星野も目蓋を閉じてしまいそうになる所で、京香は口を開いた。


「衛星」


「は?」


 京香の方を向く。京香は目をパチリとさせて、起きていた。


「地上からは限界だわ。数年前よりも宇宙からの妨害線が飛んできているみたい。ARK本部の天体望遠鏡も時々、ぶれるようね」


「…で?」


「ウチのもそうなの。光助君に組んでもらった、最新鋭のはずなんだけど。ノイズがね、ひどいの」


「光助と言う所が信用できないが、それほど有害宇宙線の影響がでている、と言うことだな。スター・レインと関係はあるのか?」


 スター・レインと言う言葉に運転手の表状がぴくりと反応した。が、到底口をはさめる状況ではないので、口をつぐんでいる。


「さあね。でも、他の学者達はスター・レインそのものの正体に夢中で、そういう二次的要素には眼中にないみたいね」


「で、衛星か」


 星野は口をつぐんだ。本来、ココで話すべき内容ではない。まだ決定ではないだろうが、NASAの全面協力により、ARKが観測衛星を宇宙に打ち上げる事になるだろう。無論、スター・レインによってあっさりと破壊されてしまうだろうが、その瞬間のデータがどれだけの情報をもたらしてくれるか、期待は膨らむ。技術だけであれば、観測衛星はかなりの成果をもたらすと過剰に期待してもいい。ただ、この疲弊した世情で、そんな予算をどうやって組み込ませるのか、その辺が難問である。


 もはやそうなると、政治手腕を要求される世界であり、京香や星野の出番ではない。完全にNASAエージェント・Mr.シャーロックに舞台を譲る事になる。


 だからこそ京香とMr.シャーロックは秘密裏に会話をしていたのだ。政治の世界となると、出し渋りと騙し合いの連続である。コチラの方針が筒抜けでは、圧倒的不利になるのは目に見えているし、天文学者の中にも利益に固執している輩は少なくない。情報を売り渡す行為なんて日常茶飯事である。


 もしもその会話に星野が加われば、明らかな疑問符を他の学者に与える事になる。たった数分の会話にヤキモチを妬いていた自分が恥ずかしい。


(だんだん、そういう所が天川に似てきたかもしれないな)


 タクシーが止まった。青森市街から車で行く事40分、山の上に天川家はある。理由はいたって簡単、空気のキレイな山頂の方が天体観測に適している。おかげで、家事全般担当の光助は(知っての通り、光助は否定しているが、無駄な抵抗と言うものだ)車で買いだしに行く羽目になる。


 アキはデート気分で光助についてく。最初は「ん?」と母親面をした京香だったが、最近では寛容に受け止めている。当の母親以上に娘を受け止めていてくれる青年に、感謝してしまうのだ。光助のおかげで、天川家はバラバラじゃない、とさえ思う。


「つきましたよ」


 と運転手が言った。が、京香はウィンドーから自分の家を覗き込んで


「あれ?」


 と首をひねる。


「電気がついてないな。天川もついに家族に見捨てられたか」


「あのねぇ、そんな訳ないでしょ」


「だから光助は信用するな、と言っただろう。我が弟ながら助平な事このうえないからな。アイツが中学の時、その手の本がベットの下に隠してあったのを私は知っている」


「いや、そんな暴露話をされても・・・」


 と言うよりも、何て姉だ。


「しかし女の裸体なんか見て楽しいものかね」


 京香もその点に関しては同感である。男はその一点のみ、謎の深い生物だ。後は何とも操りやすい生物でもあるが。


「で、お客さん、降りるの? 降りないの? それとも金ないの?」


 三番めの解答は運転手にとっては聞きたくない言葉に違いない。それでなくてもこの客を乗せるのはストレスがたまる、と思っていた所だ。沈黙を余儀なくされるというのは苦痛でしかないだろう。まして、星野陽子のプレッシャーを感じては。


「あ、ごめん。運転手さん。ちょっと、この先に行ってくれない?」


「あいよ」


 とぶっきらぼうに車を発進させる。


「観測所か?」


「うん、多分ね。でも、変ね。シノハラ君に電話で今から帰るって言ったのに」


「あのオカマを信用するのが、そもそもの間違いだ」


「また、そんな事を言って。シノハラ君は有能よ」


「昔はな」


 と意味ありげな会話をしているうちに、タクシーは当の目的地についた。


「やっぱり」


 と京香は言った。観測所に電気がついている。天川家全員、ココに集合しているらしい。


 京香はさっさと料金を払ってタクシーを降りる。「どうも」も「毎度」も言わず、タクシーは去っていった。よっぽど苦痛だったらしい。京香は星野陽子を見て笑った。


「ふん、肝の小さい運転手だ」


 と鼻で笑う。


「シャーに鍛えなおしてもらえばいい」


「はいはい、言ってなさい」


 と京香も笑って言った。シャーとは無論、星野陽子の愛しのMr.シャーロックに他ならない。彼は空軍にいた経歴があり、そこからNASAに転身した変わり者である。それゆえに、京香と星野とウマが合うのかもしれない。


 ちなみに、Mr.シャーロックの事を「シャー」と呼んでいいのは、世界でただ一人、星野陽子だけである。


 と、星野の射るような視線が京香を貫く。


「はいはい、分かってる。Mr.シャーロックとの事は光助君には内緒ね」


「声が大きい」


 とにらんだ。京香はクスクス笑う。プライドの高い姉は、弟に自分に遅咲きの恋が訪れた事を知られるのが、耐えられないらしい。ま、星野らしいわ。と京香は思った。


「はいはい、分かってます。今、肝に命じました」


「今!?」


 その目がとても怖い。


「前から。大丈夫、言ってないわよ、光助君にもシノハラ君にも。星野を怒らせてもロクな事がないからね」


「だから声が大きい!」


 分かっているからタチが悪い、と星野は舌打ちした。

 京香はニヤニヤしながら、ドアに手をかけた。


〈天の川天体観測所〉


 という木の表札。この観測所は光助が助手入りした時に建てた。言ってみれば、今までの想い出の場所でもある。


 星野陽子にとっても、弟が成長していった場所として思い入れ深い。たしかに弟は成長した。それをなかなか言葉で認めてあげれないのが、自分でも歯がゆい。光助はよくやっていると言いたいのに正反対の言葉がでてしまう。


「ただいまー」


 と京香はドアを開け―目を丸くした。光助はコンピュータにかじりつき、シノハラは書類と格闘している。その間にも、印刷機からはグラフと計算数値が吐き出されていく。それをシノハラは手書きで計算式を書きこんで、光助に何やら言い、それを元にまたプログラムや推定数値を打ち込んでいく。


「あ、お母さん。お帰りなさい」


 と初めに気付いたのはアキだ。


「星野先生も、ようこそ。でも、今、こんな状態で…」


 アキは光助以外には礼儀正しい。それを見て星野は微笑んだ。甘えれる人間がいないというのは寂しいものだぞ、と京香が離婚した直後に自分が言っていた事を思い出す。当時の京香には酷だったかもしれないが、仕事に忙殺される前に言ってあげなくてはと思った。


 事実、アキはぬくもりに飢えており、光助の前での子供のような姿がその証拠である。


 だが、それでいて母のやらんとする事を認めてはいる。それに、そんなアキがとても大人に見える。光助はちょっと苦労するぐらいが丁度良い、と姉は勝手な事を思った。


 おかげで、天川家は良いバランスな訳であるし────。


「わん、わん」

「にゃー」

「うっきー」


 と次に出迎えたのが、動物三匹。彼らも天川家の大切な家族である。


「ぺロ、ツナマヨ、ヒデ君、ただいまー」


 と三匹をそれぞれ愛しそうに愛撫する。星野陽子にも慣れていて、三匹それぞれ体をすり寄せてくる。ココに来ると、いつもは冷静・冷徹な星野陽子も、心を和まさずにはいられない。


「で、シノハラ君、どういう事なの?」


「あ、先生、すいません。本当ならお迎えしたかったんですけど、ちょっとそれどころじゃなくて」


 とシノハラは星野のいる事にも気付いて


「あらん、ホシノ先生。いらっしゃーい。適当にくつろいでねん」


「くつろげる状況か、コレが」


 と星野は苦笑いを浮かべた。いたる所に資料が散らばり、全コンピュータは稼働して、電子天体望遠鏡も数分毎に観測写真を吐き出している。


「あ、先生。ご苦労サマでした。ついでに姉貴もお帰り」


 と光助は顔も上げずに言う。


「ついでか、私は」


「それよりどういう事態、光助君」


「えーと、せっかくのお帰りの所、申し訳ないんですけど」


 と光助は作業に没頭しながら言った。


「スター・レインです、先生」


 一瞬、京香はぽかんとして、その言葉を聞き、自分の耳を疑った。


「ちょっと待って、今何て」


「スター・レインですわ、先生」


 とシノハラもふざけた言葉とは裏腹の苦虫をつぶしたような表情だ。


「間違いなく」


「ドコに?」


「聞いて驚いてください」


 と光助も疲れて麻痺したような発言。


「下北地区です」


 と、そこにピーと長い電子音とともに、印刷機から被害推定地域を算出した、地図が吐き出される。


「ご苦労様でした、シノハラさん」


 と地図を見て


「間違いないですね」


「算出結果を」


 と星野陽子は淡々と言った。


「被害推定地域、青森県下北地区、むつ市全域及び一部南方。被害推定、軌道から算出した確率は破壊率89%・・・前回のランカスターでの星の雨よりも被害は上まわるかもしれません。そして的中確率98%です」


 光助のその言葉は、絶望以外の何物でもなかった。


次回は幕間で、登場人物紹介といきます。

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