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#3 天文台



「ん?」


 青年はたった一瞬のディスプレイが表示した<ゆがみ>を見逃さなかった。キーボードを忙しく打ち込んでいく。コンピューターから様々な数値と計算式、その結果によるグラフとグラフィックが現れては消え、消えてては次の結果を表示していく。


「今度はなにやってんの、光助?」


 バリバリバリボリとスナック菓子をほおばりながら、少女は聞いた。少女と言うには成熟し、間もなく少女の殻をぬけだしていくそんな微妙な位置に今たっている少女。それでも青年から見れば幼い子供にしか見れなかった。


「あのね、アキちゃん……」


 言っても無駄とは分かっているが、行ってしまうのは青年の性分だった。


「ココは飲食禁止、って何度言えばわかるの」


「だってシノハラさんも食べてるよ」


「………」


 見れば青年の先輩は、何の仕事をするわけでもなく、カップラーメンをすすっていた。


「シノハラさん! なにやってんですか」


「いやん、怒るの光助ちゃん? だって私、今やれることないんですもの」


 脱力…青年は体から力が抜けていくのを感じる。いや、生気をぬかれたのかもしれない。


 高名な天文学者の助手になりはや五年。今だに自分の置かれている状況に納得しかねている。天文学者は究極のマイペースで、青年が言わないと忘れている事も度々。本当の才能のある人はドコか欠落している部分があると、どこかのドキュメンタリー番組で言っていたが、欠落していい部分と悪い部分がある。人の約束を忘れたり、自分の時間帯の気の向くままに生きたり、家事全般を青年に押しつけたりするのはやめてほしい。ま、住み込みで働いているのだからどうしようもないし、嫌いではないのだが、このごろ自分は本当に天文学者助手なのか、と疑問が湧く。


 しかもコンピュータ関連を完璧に扱えるのは青年だけなので、必然的に天体観測のコンピューターワークスは青年に任される。信頼されていると言えば聞こえはいいが、雑用全般にしか青年は思えないのだ、この状況を目の当たりにすれば。


「書類整理は終わったんですか?」


 刺のある言葉で先輩をにらんだか効果はまるでないのも分かっている。


「だってぇ、だってえ、乙女にこの書類の量は拷問にも等しいわよ! だいたい書類による記録なんて無駄なものが多いのよね、やっぱり信頼すべきはココよ」


 と人差し指で頭をさす。


「そういう事は乙女になってから言ってください」


 その青年の言葉に少女はクスクス笑い、先輩はムスッ、として仕事に取り掛かる。


 だってしょうがない、事実なんだから。青年は先輩を見た。天文学者助手と言われても納得できそうにもないチャイナドレスで妙に深いスリット。そこから上手く処理されていない無駄毛がちらりはらりと、覗いている。


 化粧は濃いが、整った顔だち。香水の匂いはきついが、思わず見とれてしまうスレンダーな肢体。胸はないが、すね毛はあるその足・・・男性ホルモンがあきらかに高いと思われる体つきは隠せないでいる。


 別に青年は性に関してとやかく言うつもりはないし、自分の性に不満を抱く人がいたって変じゃない。しかしかと言って、それでその人に好意を抱くかどうかは別問題の話しで。


(優秀な人なんだけどな)


 天文学においては、上司であるはずの天文学者とひけをとらない。その変な服装と素行さえなければ、間違いなくドコかの大学なり研究施設が金を積んででも欲しがる人材だろう。が、そういう話しはまるで聞かない。先輩自身も自分が助手の立場である事に満足しているようだ。


 前々から天文学者である先生と先輩は不思議な関係だなぁ、と思っていた。単なる学者と助手という関係じやない、何かを隠している・・・。


 そうでなくては、まもなく四十歳に手が届く年齢なのに助手で満足するはずがない。自他ともに認める才能をもっていながら。


(それより仕事だ)


 青年はコンピュータのディスプレイに目をうつした。止まっていた計算式が動きだす。


 スターレイン…青年が子供の頃はそんなものは降っていなかった。星は禍々しい破壊の存在ではなく、夢とロマンにあふれる暗黒の大海の道標であるはずだった。記憶を辿る。高校の時、初めてそれは報道されたと思う。


 人々はそれを映画やマンガのようにしか受け止めなかった。


 でもそれはすぐに、圧倒的な恐怖に変わった。


 星は時間とともに、数を増し、被害を増大をさせていった。天文学はそのために未知なる宇宙の謎の開拓から、星の雨から身を守る方法の開発へと方針を変えていくしかなかったのである。


 もともと夜空の星が好きだった青年。

 宇宙をロケットという武器で開拓しようとした人類。


 天体望遠鏡が宝物だった少年時代・・。

 天文学者である姉。


 星に脅えている今の人類・・・・。


『人類の横暴に地球も神も見放したのさ』


 どこかの科学者の科学者とは思えない発言。そうだろうか? そんな非学的な根拠を断言している事態なのだろうか? 皆が疲れ切っているというこの時に、もっと絶望させるような事しか言わない学者に何の価値がある?


 真実がいつも希望とは限らない。姉の受け売りだが。


 でも、探求をやめたら事態はかわらない。青年の上司である先生の言葉。


 手を休めずに、思考はぐるぐると回る。


 たった少しでも可能性を見いだせば、その可能性が花開く可能性もある。絶望しきったこの時勢だからこそ、青年は天文学者をあえて目指したのである。


(いつか星の雨を止めてみせる!)


 その決意は三秒後にもろくも崩された。


「わん」


「にゃん」


「ききぃー」


 の三重合奏。青年は突然の一声にデスクに突っ伏した。恐る恐る少女の方を見る。


「ほら、静かにしてよ。光助に怒られるよ、怒っても怖くないけどね。でも、今日の光助、少しイライラしてるから。珍しいよね?」


 といつのまにかいる犬・猫・猿を愛おしげに撫でる。わざわざ青年に聞こえる声で。


「アキちゃん…また彼らをつれて来たの?」


「悪い?」


「いや、悪いとかそういうんじゃなくて、ココに連れてこないでってお願いしたじゃないか、この前────」


 青年は口を閉じた。犬が青年の足元に添う様にやってきて、そこに座り込む。可笑しくなって青年は思わず笑いだす。精密なコンピュータが埋めつくしている観測所に動物連れ込んだり、飲食したりなど非常識もはなはだしいのだが、そもそも青年の上司に常識の文字は存在しない。それゆえに、ゆるぎないスター・レイン観測計算式を導きだすことに成功したのである。


 何より動物達は、かけがえのない家族だ。追い出す理由はないし、ここで暴れてはいけない事は動物達がよく知っている。何より観測所にこもっている時に、この三匹をよく連れ込んでいるのは青年自身に他ならない。


 いらいらしてる…か。そうかもしれない。


 星の雨という言葉に、この頃敏感に反応している自分がいる。誰もが恐怖に脅えているのだが、青年はその脅威を憎んでいた。悲しいという表現の方が正確か。あれほど夢を、幻想を、勇気をくれた夜空の星達。それが今や、単なる恐怖だ。


 いつか・・・と思う。いつか人間は夜空を見上げて恐怖しない日が来ることがあるのだろうか。星と星を線でつないで夢を描く日は来るのだろうか。今ではすっかり忘れさせれたロケットで宇宙の神秘を探り出す冒険に旅立つ日は来るのだろうか。


(「来るのだろうか?」・・・来させるんだよ、その手で)


 青年はそっと犬を撫でる。少女を見た。つまらなそうな表情をたたえ、猫をなでている。


 もうちょっと待ってなよ。これが終わったら美味しいもの作ってあげるから。そう心の中で呟き、再びキーボード入力を再開する。苦笑した。家政婦でもないのにこんな事を思うなんて、すっかりここの空気に毒されたみたいだ。僕はただの助手なのになぁ…。


「光助ちゃあぁぁぁん」


 ディスプレイに集中していた青年の視界に突然、ぬっと入り込んできた先輩の厚化粧の顔に青年はびっくりして、椅子から転げ落ちた。したたかに頭を床に打ちつけ。


「い、いきなり、なんですか。びっくりするじゃないですか、シノハラさん」


「そんなに驚くことはないんじゃない、昨日・今日の付き合いでもないでしょ。それとも私の美顔に惚れなおしたのん?」


「それはない」


 と青年のかわりに少女はきっぱりと断言した。


「あら、随分じゃないのよ、アキちゃん」


「本当の事でしょ、現実問題。そんな中途半端な男女に誰が惚れるのよ、オカマ学者」


「それは言葉の暴力よ。愛あるところに壁はなし。ね、光助ちゃん」


 青年は思いっきり首を横に振って否定する。ね、じゃない。ね、じゃ。しかし先輩はそれにもお構いなしで、ウィンクして見せ、


「イヤよイヤよも、好きのうちなのよね。もぅ、照れ屋さんなんだからぁー」


「嫌だから嫌なのよ、分かりなさいって」


「そんなことないもん、そんなことないもん。光助ちゃん、私を抱きしめてー」


 と言うやいなや、コンピュータの置いてあるデスクを跳躍して飛び越えてくる。青年は顔面蒼白になった。そんな事したらコンピュータが壊れるという危惧と、貞操の危機という心理的危機感によって。無論、先輩にとってはそんな事は知ったことではない。


 青年を一方的に強引に抱き寄せる。


「もぅ、可愛いぃー。光助ちゃん、最高―、らぶ、らぶ」


 悪寒が体中を駆け巡る。貞操を奪われそうになったり、夜這いをかけられたのも一度や二度の話しじゃない。お願い…誰か、助けて……。


 青年は先輩のあまりの腕の力に窒息寸前だったりするが、それでもお構いなしである。


 と、いきなり先輩にむけてパイプ椅子が飛んできた。


(やめてくれぇ、器材がぁ!!!!!!)


 と声の出る前に、先輩は青年を盾にして防ぎきる。激痛にもだえる青年を無視して、


「やるわね、アキちゃん」


「シノハラさんこそ、腕をあげたわね」


 と目に見えない火花が飛び散らす。


「でも好き勝手はさせないわよ」


「あらん、私を止めれる自信があって?」


「もちろん、悪臭は根から絶てって言うでしょ」


「あら、ひどい。この香水、高いのよ。アキちゃんこそ、大人の愛は理解できないわ。子供はお休みの時間よ、早くお帰りなさい」


「またそうやって光助にいかがわしい事わしようとしているでしょ。お母さんが許しても私が許さないからね!」


「残念でした、天川アマカワ先生にも光助ちゃんとの交際は認められてませんよーだ」


「威張るな、オカマ!」


「何よ、貧弱バストA!」


「言ったな、人工バスト!」


「悪いの? お子様のくせに!」


「中年オカマに言われたくない!!」


「何ですってぇー!!」


「何よ!!?」


 うん、限界。もう限界だ。青年の体がわなわな震える。


「…うるさい!  出てけぇぇ!!!!」


 と青年が怒鳴る。二人はしゅんと静かになった。


「遊びたいんなら二人とも家の方に戻ってて。今、忙しいんだから」


 と言うや再びコンピュータに向かい合う。少女はつまらなそうに青年の後ろ姿を見つめた。


 母は激務の天文学者、父は離婚して物心がついた時はもういなかった。あまり家族団欒というものを経験した事のない少女にとって、青年は唯一甘えれる相手だった。悪いのは自分なのは分かっているが、そこまで怒らなくてもと思う。


「……何よ、星ばっかりとにらめっこして」


 猫を撫でる。青年は振り返りもせずに言った。


「もうちょっとだからすねないでよ。後でホットケーキでも作ろうか?」


 少女は答えない。ムスッとしいた表情も崩さない。でも、その唇の端がわずかに嬉しそうに緩んでいるのを猫は見た。やれやれ、と猫はにゃーと鳴く。


 と、先輩はディスプレイをいきなり覗き込んだ。


「で? さっきから何をしてたわけ?」


「まさかとは……思うんですけどね」


 言葉を濁す。また、星の雨か……。少女は小声で呟いた。


「兆候があったの?」


 先輩の表情は引き締まり、仕事の顔になっている。それを見て青年は無言でうなずいた。いつもこうなら、無駄な神経をすり減らさずにすむのにな、とは青年の心の呟き。


「解析状況は?」


「幾つか確認できた数値から推定理論を算出しています。分析にはもう少し時間が必要です」


「それがスター・レインである確率は?」


「五分五分ですね。僕としては誤認である事を祈りたいのですが・・・」


 誤認であれば推定数値があっさりと算出され、計算式は止まるはずである。しかし今日は止まるどころか、最高処理速度で分析を続行している。もしや、という危機感が二人を包んだ。


 先輩はディスプレイの数式を見ながら、ぶつぶつと呟く。


 青年はそれを聞きながら、キーボード入力の手を緩めない。少女は漫然とその二人を見つめている。三匹の動物達は少女の足元で、静かに息をひそめている。入り乱れるように変わる画面に緊張を隠せない二人の天文学者助手。と、突然、先輩が口を開いた。


「イギリス・・・サウスイースト・・・・・フォルティッシュ?」


 ピ! という電子音。コンピュータはディスプレイに地図を表示する。


「ビンゴです、シノハラさん。フォルティッシュですよ、推定率96%・・・高いですね」


「被害推定は?」


「えーと、ちょっと待ってください」


 とキーを打ち込み「あの軌道だと、市街地に落ちているようですね」


 青年はそれだけ言って黙った。先輩もそれ以上の推定数値を聞こうとはしなかった。聞いてもどうしようもない。この結果の意味する所は、この街の完膚なきまでの破壊である。星の雨が止んだ後、街は原型をとどめてはおらず、生存者はゼロに等しい事が容易に想像できる。


 先輩は無言で、電話を取りプッシュを押す。


「もしもし…シノハラです。光助ちゃんが星の雨を確認しました。はい…日本じゃないです。イギリスなので、もうすでに落ちている可能性も。ええ…はい、はい。了解しました。至急、データを転送します」


 と電話を切る。青年は言われるまでもなく、このコンピュータの弾き出した結果を上司に転送するべく準備を始める。それを見て、先輩は何冊かのファイルを本棚から取り出してきて、整理を始める。必要な過去のデータを用意しておき、今後の対策の方針にするためだ。この状況下、天文学者は星の雨に対する単なる、予報屋でしかない。過去のスター・レインと比較して二次災害を未然に防ぐ―スター・レインそのものを止める事はできなくても、緊急退避という形で人命を救う事はできる。残念ながら、地球上最高の栄華を誇る人類も、星の雨の前には無力であり、これが今の天文学の限界なのだ。


(長びきそうね、今夜は)


 少女は青年の後ろ姿を見つめながら、少し寂しくなる。星の事となるとココの家族達はとたんに少女が視界から見えなくなってしまう。母にしかり、青年にしかり。


 仕方ないとは分かっているけど、青年にまでそういう態度を取られるのがたまに悲しくなる。


 少女は窓から夜空を見上げた。


 雲一つなく、星はかすかに光り、満月が弱々しく銀光を放っている。


(なんで降ってくるの?)


 星なんか嫌い────。窓の外の夜空を睨むように、少女は星空を見続けた。三匹の動物達はそんな少女をなぐさめるように、寄り添う。その三匹を少女は微笑しながら愛撫した。


 星なんか大嫌い────。少女のその言葉は夜の闇に溶け込んで、自分の胸の寂しさの中に消えていく。たった一人で光のない銀河の果てに立っているような、そんな錯覚すら覚える。


(星なんか嫌い)


 夜は終わりそうにもない。


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