#16 破壊
前回:西川先生のいる下北地区に星が降り始めましたが? 視点が変わります。
やれる事は無い。
それも分かってはいたが、光助はコンピューターのディスプレイを覗いて、その様子を食い入るように見つめていた。
観測所には今、光助一人しかいない。京香も星野もシノハラも、休憩をいれるために家の方に戻った。京香に休むように言われたが、少しでもデータを収拾しやすいように、整理しておきます、と笑って言った。きっと姉には見透かされていた、と思う。休憩をいれる気分にはなれない。今、この時間、この瞬間に人は死んでいる。
星の雨の脅威は、ランカスターをはるかに越えていた。
わずか30分の間に、である。
窓を開けると、空が明るい。北の方へと、星が流れていくのが見える。願いを叶えてくれる流星なんかじゃない。死を告げる悪魔の箒星。この星の量だと、下北地区は焦土と化すのに一時間もかからないだろう。
星の雨が降ると、毎度の事だが磁場が荒れる。放射性の物質も微量だが観測される。それは計器やコンピューターの正確な測定を誤算させてくれる。そのため、星の雨が止んでも最低一週間は『予備デイ』を設け、その間に誤算を修正する。それから現地を調査する事になるが、その頃には星の雨の形跡は何一つなく、瓦礫と死体がそこにあるだけだ。地上での観測は限界に来ている。
ドアが開いた。振り向くと、天川家の一人娘アキが、ビーグル犬のぺロを抱いて観測所に入ってきた。
「アキちゃん? 先生なら下に降りたよ」
アキは首を横に振る。今日は光助は動物を連れてきた事を怒らない。それに何となくほっとした。
「光助は…どうしてここにいるの?」
「んー、一応、情報を整理しとかないと。今回のは今まで以上にひどい感じだし」
「そう」
アキは光助の隣に座って、ディスプレイを覗き込む。アキには意味不明の記号が、地図上に次々と羅列し、消えていく。光助はキーボードを操作し、修正値を割り出していく。
アキの表情が重いと思った。星の話題をアキは嫌う。でも星の雨が降らない平穏な日が続くと、光助と一緒に観測所を訪れて、宇宙の話を聞きたがる。矛盾しているな、と思わず光助が苦笑するのも度々だ。
「星の雨か」
アキは呟く。いつもの元気が無い。当然と言えば当然か。コンピューターが処理している数字は、星の雨の脅威------つまりは人が死んでいる確率だ。
もっともアキには、それ以上に重い意味を持つ。星の雨が、家族の時間を奪っている。母の京香も助手のシノハラも、その瞬間から家族という繋がりを断ち切ってしまう。光助にしてもそうにのかもしれない、と思う時がある。アキの表情からそれは推測できた。
光助はアキに紅茶を薦める。アキは目をパチクリさせた。
「光助?」
いつもは観測所で飲食すれば、ガミガミ怒るくせに。そう顔に書いてある。
「たまにはいいよ。今やれる事は本当は何も無いから」
「そう」
アキは紅茶をすする。ぺロはそんな二人の足下に静かにうずくまる。
母の京香もシノハラもコーヒー党なのだが、光助の影響か、最近はアキは紅茶を飲む。始めは、光助が飲んでいるからという理由だったと思うが、次第に紅茶を飲む時間が一番落ち着くようになった。ただ、ここにアキらしいワガママがあり、光助が淹れた紅茶じゃないと、嫌だと言う。光助は苦笑しながら、応じるのだが。
「光助」
「え?」
「怖いって言ったら、笑う?」
光助はアキの顔を見た。弱々しくて、いつもの元気は消沈している。いつもこうだったろうか? 星の雨が降っている時のアキの表情を見るのは、今回が初めてだったかもしれない。いつもこんな顔で怯えていたのだろうか?
「笑わないよ。怖くて当たり前だもの」
考えてみればアキはいつも一人だ。星の雨が降れば、完全に孤立してしまう。誰もいない部屋で、何も分からないまま、何もないように祈るしかない。それがどんなに寂しいものか、どんなに苦しいものなのか考えもしなかった。
光助とアキの肩が自然に寄り添った。別に下心とか、そんなものは無い。ごく自然に二人はそうしていた。そうすることで、やっとアキは光助にいつもの顔を見せ始める。
そんな二人を微笑むように、ぺロが呑気に欠伸をした。
と、ディスプレイに赤い文字が流れた。光助は画面に視線をうつしたが、あえてその意味をアキに言うような事はしなかった。
小規模流星雨と定義されているスター・レインのラインを越えて、大規模流星雨メテオ・レインである事を告げていた。それが、広範囲ではなく、小さな一地区に降り注いでいる。
下北地区が焦土となる────その表現は可愛すぎる。完全に砂と消える。そう言ってもいい。これは報告しなくちゃいけないか。小さく溜め息をつき、天川家に電話をする。コール音とコンピュータの警告音が重なる。
「光助?」
アキの表情が翳る。
「大丈夫」
にっこりと光助は笑った。本当は大丈夫じゃないのだけれど、大丈夫としか言えない。
アキは窓から空を見上げた。
さらに強く、さらに激しく、星が北へと向かって降り注ぐ。
────ミドリにもしもの事があったら許さないからね。
別れ際、彼女がそう言った。
西川は振り向かず、一歳にもまだならないミドリを抱きしめて、家を出た。彼女じゃない泣き声が、西川の背中を刺した。それでも西川は家を出た。
「許さない、か」
爆風が西川達を煽る。状況はさらに激変した。地獄絵図と言ってもいい。とにかく駆ける。それしか西川達に残された選択肢は無かった。
「お父さん?」
ミドリは不思議そうな顔をする。大人達のペースに合わせながら、愚痴一つこぼさない。西川はそんな娘がとても愛しく思う。
「何でもない」
と西川はミドリを見ずに言った。昔の事を思いだすなんて、死に間際の走馬灯のようじゃないか。余計な事は考えるな、とにかく今は────。
大地が揺れる。
星がまた落ちた。
西川達のすぐ近くだったのか、衝撃が強い。体が揺れた。
「手を離すなよ────」
すでに遅かった。弾かれたように、体が舞う。
「先生ッ!」
悲鳴に近い野咲の声が上がる。
────ミドリにもしもの事があったら許さないからね。
瓦礫が雨のように降った。
────西川、本当にそれでいいのか?
ビルが倒れる。
────だから私は貴方が嫌いだったの。
地面が抉られる。西川の体がバウンドし、坂を転げ落ちる。
────お父さん! 行かないで!!
星が落ちる。
────集一ッ!!
星が瞼の裏で、超新星爆発のように燦々と輝く。肌を焼くように熱い。あの日の最後の彼女の声を聞いた気がした。
────願い……流れ星に願いをかけよう?
────流れ星は、雨になった。全てを壊しにきたのに? 叶わぬ願いだから、願いをかけるの?
────叶えるために願いをかけるんだよ?
────それでも叶わなかったら?
────叶うまで願いをかけよう?
あの日交わした言葉が、鼓膜を震わす。
星が空で円を描き、弧を描き、収束し、分散し、広がり、狭まり、そして落ちる。
大地を射る光の雨────
西川の意識はそこで落ちた。
スターレインではなく、メテオレインによる街の完膚なき破壊。西川は? ミドリは? 野咲は?
ストック出し尽くしましたので、書いてからまた次回!




