#14 流星雨
前回:チーム天川と西川先生の車がすれ違いました。
車のエンジンを止め、星野はミラーごしに後ろを見やると、丁度いいタイミングでシノハラが目を覚ました。--------と言うよりも寝たフリをしていた、という方が正しいか。相変わらず、食えない『男』である。星野はあえて、その部分を強調した。
「お疲れさま、星野先生〜」
と色気たっぷりに言うが、聞いている人間には悪寒しか呼ばない。ウィンクなんてしなくていいいから、普通に喋れと星野は言いたい。ついでに指を弄ぶ仕草も気色悪いが、偽物の胸を持ち上げる動作も辞めてほしい。
「ついたぞ、ゲテモノ」
とにべも無い。
「さっさと、お前の雇い主をおこせ、これからが大変だろうが」
「星野先生ってば、つめたーい」
とキャッキャッと笑う。
「いいから、さっさとしろ」
「いいわよん」
「普通に喋れ」
「いやん」
会話にもならない。星野は頭痛がしてきた。
「それより星野先生こそ」
「ん?」
「光助ちゃんを起こしてあげてくださいまし」
「は?」
「先程のように優しく髪を撫でてあげながら、ね」
「……シノハラ」
「はい?」
「寝てなかったな?」
「少しは寝たわよ」
「ドコまで見てた?」
「一部始終」
「それを寝てなかったと言うんだ!」
と睨むが、シノハラにはドコ吹く風。馬耳東風、馬の耳に念仏、シノハラに一般常識。この場合は実力行使の方が効果的とばかりに、星野は手元にあった缶コーヒーを投げつけた。それをいとも簡単につかみ、シノハラはにっこりと笑った。
「星野先生、らしくもないわねん」
と缶をくしゃりと潰す。
「不意打ちは不意を突いてこそ意味があってよ」
(……シノハラに行動を読まれた……)
悔しい。これ以上の屈辱も無い。シノハラの笑顔が無性に腹がたつ。そのシノハラの笑顔が、さっと消えた。
「星野先生、交換条件というのはいかがかしら?」
真剣な眼差しで星野を射る。この『男』(やはりあえて星野はそう強調して)その問い掛けに応じる。この『男』との付き合いも長いが、この時のシノハラは本気である。ピエロめ、と舌打ちしてやりたい。が、そうできる空気では無かった。星野が自分のペースで発言できない。光助が見たら驚くかもしれないが、別に不思議でも何でもない。この『男』はいつもそうだ。演技とおふざけが好きな狡猾なピエロ。自分の才能を隠し、ただ裏方に回る。昔からずっと変わらない。忌々しいほど変わっていない。
星野もまたじっと見返す。
シノハラは一瞬、熟睡の京香に目をやり、そして星野に視線を戻す。
「西川のことを京香には黙っていてほしいわけよ」
「シノハラ」
声を低くし、呟く。
「スターレインの範囲地区にあの男が行ったと分かれば、半狂乱になると、私は思うのよね」
それは星野も否定できない。
「京香はまだ西川の事が好きだからな」
「そうね」
とシノハラは不快な顔でうなずく。
「だから、言うのよ」
「道路は閉鎖されているから問題ないはずだが、京香は冷静ではいられないだろうな。今教えるのは致命傷だ」
「今?」
シノハラの目が光った。
「西川の名前は京香の前では一生出さないでください、という事よ」
一瞬、沈黙する。空気が凍っているのを肌に感じる。久しぶりのシノハラの素顔の感情に、星野は微笑を浮かべた。
「心配無用だ」
と言うと同時に、天川家の玄関が開き、アキが犬と猫と猿を従えて、駆けてくる。
「お帰りなさいっ!」
と光助と次に母の京香の顔を見て笑顔が咲く。が、光助と-------おまけに京香も寝ているのを見て、力がぬけたようだ。星野が起こすまでもなく、ドアを開け放ち、光助の頬を容赦なく力任せにつねっていた。
「光助っ!」
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「んぎゃ」
と声にならない声を出して
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
絶叫。その声のおかげで、京香も目を覚ました。
「ついたの?」
「はい、そうですわ」
とさっきまでの表情が嘘のようにシノハラはにこにこと大袈裟にうなずく。大根役者め、と星野は心の中で呟いた。が、それよりも光助とアキのやりとりの方を見物である。
「何、呑気に寝てるのよ!」
「起きたよ」
「寝てたでしょ、何が仕事で下北に行ってくるよ! 私一人で留守番してて暇だったのよ! どうしてくれるの!」
「無茶苦茶だよ、アキちゃん」
「無茶も苦茶も無い! 私はご飯を食べてなくて、苛々してるの!」
「用意してあったじゃないか」
「あんな手抜き料理は食べたくない」
とそっぽ向く。
「冷たいチャーハンなんか嫌だもん」
「アキちゃんのワガママ」
「何よ、光助?」
じろっと、睨む。
「誰がワガママですって!」
そして振り出しに戻り、賑やかな喧嘩を繰り返す。-------と言うよりも、アキが一方的に怒っているのだが。
『冷たいチャーハンなんか嫌だもん』
ここにアキの甘えがあるのだが、光助はまるで気付いていない。一人でご飯を食べる時ほどむなしい時間も無い。父親のいないアキは人一倍、光助に甘えたいのだ。が、素直になれない性格と母親ゆずりの頑固さがそれを許せないでいる。もう少し光助が鈍感でなければ、その微かな信号に気付いてあげられたかも知れないが、あいにく、この天文学馬鹿にはそんな器用な真似ができるはずもない。せめてMr.シャーロックの一割でも、繊細さがあれば、とも思ったりするのだが、それは自分ののろけでしかないな、と星野は苦笑する。
そういう所がアキと星野は似ていて、共感するものがある。天川家に来て、一番親しく話すのが、京香でも光助でもなくアキなのである。アキとは年齢を越えた親友という感覚すらおぼえる。アキは光助の姉ということで、たまに恋愛の相談などもしてくるわけだ。それを星野は微笑ましく受け止めている。普段の星野を知る人は、想像もつかないかもしれないが。
(ま、世間の私の評判は「鬼学者」だからな)
と二人のやり取りを見て、ニヤリとする。シノハラにいたっては、ニヤニヤしながら、若い二人をからかいアキの痛烈な批判を浴びているが、まるで意にも介していない。むしろ引っかき回し、事態の収拾はつかなくなっている。アキのやり場の無い八つ当たりは、シノハラへの不毛な罵倒に変わりつつある。
「はいはい、そこまで」
といつもそれを仲裁するのは、天川家の大黒柱、京香だ。本人は母親として仲裁しているつもりらしいが、あまり効果は無い。が、今日の母の一言は、アキを納得させた。
「私もお腹すいちゃった。光助君、何か軽いもの作ってくれない?」
あくまで自分から作ると言わないところが、また京香らしい。この一家の微妙な家族構成ながら、絶妙なバランスにはいつも感心してしまう。光助が苦笑しながらうなずくとアキはぱっと笑顔を咲かせた。
結局、一人が寂しい。
アキは孤独を嫌というほど味わっている。母親がいくら愛情を注いでも、その寂しさは埋められない。一つの事に夢中になると周りが見えない京香は気付いていないだろう。娘と居る時間と天文学と接する時間のどちらが長いか。それでもアキにとっては一番大切な母に変わりはないのだが。
京香────と、思わず星野は口が滑りかけた。西川の事を喋ろうとした自分の口を慌ててふさぐ。今さら何を言ってもどうしようも無い。あの頃の二人が好きだった星野は、少し寂しそうに京香の後ろ姿を見つめた。
「光助」
家に入ろうとしたアキの足が止まった。光助の手をぎゅっ、反射的に握りしめる。その目は空を見ていた。
「え?」
言葉が凍った。夜空に線を引く、一筋の光。
それが何本も何本も何本も何本も、ゆっくりと線をひいては、消える。それが繰り返し、続き、終わる事がない。綺麗すぎる。あまりに吸い込まれそうで、誰もが呼吸を忘れるほど、見入った。
「始まったか」
と星野は冷静に呟いた。
スターレイン------星の雨が下北地区に予想通りに降り注ぐ。
時間にして日本時間午後七時二十分。
破壊だけの流星雨が大地に降り注ぐ、その挨拶代わりのものでしかなかった。




