笑わぬ王子を笑わせたら
前半、プロジェクト●的なノリで。
お馬鹿な話ですみません……。
あるところに笑わぬ男子生徒がいた。
とはいえ別に支障はなかった。
そうして3年が経過した。
事態は、一転した。
どうしても、必要になったのだ。
彼の、笑顔が。
アルバムを彩る、最高の表情が。
卒業記念写真制作を依頼されたアルバム委員は、唸った。
『どうしろというんだ』
『無理だ。だってお前、アイツが笑ったところ見たことあるか!?』
『ないよ! 三年間おんなじクラスだったけど、ないよ!!』
『私なんて小学校から一緒だよ! ……でも、ないんだよ……っ』
その場の誰もが、このとてつもない重責に潰されそうになった。
誰だ。どうしても、全員笑顔の写真を撮るまで夏休みをやらないと言った教師は。
誰だ。『ああそれいいじゃない』などと軽率な許可を出し、『頑張ってくれたらほら、進学の際イロつけるからさ』などと誘惑を仕掛けてきた学園最高権力者は。
そしてその場の全員が、恨んだ。
餌に食いついてしまった自分たちを……。
だがしかし、できなかった、とは言えないし言いたくない。
内申よウナギ登れ! あの日、我々は決意したのだ。
責任者の一人が、ぐっと拳を握る。
僅か目を瞑ったのち、スマホを取り出してコールボタンを押した。
ディスプレイには写真部部長の文字がワイプする。
本来アルバム制作に陣頭で活躍するはずの写真部は、ここにいなかった。
嗅覚に優れた彼らは早々、手を引いていたのである。『むりだ』と。
コール音が鳴り響く。
万策は既に尽きた。
だが彼らなら、やってくれるかもしれない。
一縷の望みをかけて、縋った。
なのに。
*********
私は薄暗い廊下を、部長に指示された場所へと向かって小走りで急いだ。
普段は人気のない、選択科目で使用されるくらいの特別教室には、それでもすりガラスの向こうに幾人かの影が確認できた。
おぅおぅお揃いのようで!
「アルバムせーいさくーイェイッ★」
ガラッと扉を開けつつ同時に発した、私の朗らかでいて高すぎず、かといって低くもないがカラオケでショタ声パートを演じるに不足ない耳触りのよろしい美声が響く。
お待たせしたな! という、一種正義のヒーローのような心境で登場を報せたのである。当然、「きてくれたのね!」的な反応を期待して。
が。
どこからもかしこからも馬鹿な……! という空気しか漂ってこない。
唯一の救いといえば空気組成が変わらないことぐらいである。酸素がうまい!
「あぁ……よりによってこれなの……写真部が投入してくる予定の最終兵器ってこれだったの」
背後から聞き覚えのある声が嘆く。
「おいおい誰だそんな失礼なこと言うオカマは」
「分かってんじゃないっ!」
まったく……という言葉を付け加えて私が振りむいた先には、本校残念なイケメン十人衆に属する一人、鈴木先輩がいた。
名前が平凡であるが存在が非凡な彼は、お洋服と化粧を駆使して美を追求するヒボンヌ戦士である。
制服姿は大して崩していらっしゃらないが、男子生徒でありながら朝の化粧に費やす時間は軽く女子を凌ぐ。
今日はまた一段とお肌のコンディションがよろしい様子である。眉の形もばっちり! まつ毛はきゅぃんと上昇志向。
おのれ! 私に何もかも勝って嬉しいのか!! 男子高生たるもの、それでいいのか!
「あんた、今世の鈴木さんを敵に回したわよ。何よ平凡って!」
心の声が盗み聞かれていたようである。
どうも私の周囲には読心術の心得がある人間が大量発生しているらしく、このような事態は日常茶飯事であるので気にしないようにする。大事なことは心の宝石箱に厳重管理してあるので問題はない。
しかし思考であろうとも貴重品には鍵をかけねばならなくなったとは物騒な世になったものである。
「いやですねヒボンヌ。ヒボンヌともあろうものが言葉に隠された真実を見抜けないとは。考えても見てください。平凡という意味を。珍しい名前ではない、その意味するところを……」
「な、何よ。つーか変な名で呼ぶんじゃないわよ」
「ふっ、考えることを放棄した人間はただの葦ですよ。いいですか。大勢の鈴木さんが先輩の後ろに続いているということです。あなたは……っ、あなたは! 日本で一番、多数決に勝利する権利を有しているんです……気付いてくださぐふん!!」
分厚い紙束で殴打された。
戦士の把持する武器の正体は、名簿である様子…………3学年生徒364人の重みは衝撃である。
「ごめんなさい? ワタシの右手が唸ってしまったわ」
いかにも不随意運動であったかのように、ヒボンヌが詫び――詫びかなぁこれ。
おっといかん。邪魔が入ってしまった!
「あなたは日本で一番多数決に勝利する権利を有しているンゴフッ!!」
「誰が言い直せっていったのよ、あぁ?」
「聞くがいい! お主は――ブグフッ!!!」
「言い方変えろとも言ってないわ」
だがしかし!
私の高らかな宣言をここにいる民衆の心に響かせなければならない!
そう決意して吸気を行ったとき、私が声門を振わせるより先、誰かが息を吹きだす音が発生した。
「くふっ」
みると教室奥。
白壁をバックに佇む男子生徒が腰を折って震えている。過呼吸気味とお見受けする。くっ、ぐぅっ、というような、呻きともしゃくりあげともとれぬ妙音が奏でられている。
さて。彼こそ、写真部の最終兵器こと私が召喚された原因。
類まれな容姿を持つ、非・微笑年、タルタリア先輩である。
彼は容姿が優れ過ぎているという点と、上述した非・微笑年であるという特性が査定に大きく影響し、残念なイケメン十人衆に数えられるに至った。
特徴的なのはあと名前か。これ、本名である。
由来はキラキラネームな訳でも彼の保護者が彼に世界を見据えて欲しくて付けたわけでもなく、親がイタリア人だかららしい。
しかし、浮く。
浮いて、美形過ぎて、笑わない。
たったこれだけで残念とされる……本校にはイケメンを甘やかさない校風でもあるのだろうか。
私見を述べるともっと厳しくていいさぁやっちまえ。
まぁそんな余談はひとまず置き、非・微笑年が微笑年に変貌した件について。
タルタリア先輩の噴き出した声(いや息?)を一同が認識してすぐ。
その前方に位置していたヒボンヌ先輩は(もぅ長いな……ボンヌでいっか。鈴木だし)一瞬呆け、すぐさま自身の背後で呼吸困難に陥りかけている彼を振り返った。
「んなッ!?」
驚くのも無理はない。
笑むという行為をしたことも漢字を書いたことも存在意義さえ疑って生きてきただろう彼が、震えているのだ――笑って。
「ふっ。今でござる――ひっ撮らえぃッ遠山君!!」
「字がちがうよぉー」
――パシャパシャッ
突っ込みながらも適切なフレームワークで、同行してきた写真部が同志、遠山君がレンズを向けて連写。
おぅしナイス! ちなみにちなみに、彼も残念なイケメン十人衆の一人である。
「任務完了ー! 嗚呼……またつまらぬ先輩を弄ってしまった……誰かと問われればボンヌ先輩と断言するが」
「待て待て待てワタシの非公認呼称が短くなってるわよ待ちなさいよ色々待ちなさいよっ!」
「あら! やぁだ私。口から何か出てました? うっかり★ どうも昔っから、憑かれやすくて……やっぱり田舎のお祖母ちゃんが神社の巫女だからですね! こんな経験 ハ ジ メ テ !」
「じゃぁ違うでしょ!! だから待ちなさいって――」
むむむ! 小言が継続しそうな雰囲気である。
うーむ、退散が適当かなー!
「やることやったしもういいっすよね! 遠山君かーえーろー! ってことで、然らばごめん――――――――ぬぉっ?」
入ってきた入口を見ると、遠山君がひらひら手を振りながら去っていくのを確認。
私もそっちから帰ろうと思ったのだが、行く手にはボンヌ先輩が通せんぼして仁王立っておられる。
もうひとつあるはずの扉は、特別教室の使用目的上棚やら何やらで塞がれている。
ボンヌ先輩突破とか邪魔くさ――いや、誰も傷つけたくないという想いに胸が締め付けられたけどここにはもう居てはいけないと天啓に閃いていた私は、窓際へと走った。
全開の窓の下、置かれていた椅子に足をかけ、自由へ向かって飛び立とうとした。
それを。
先ほどまで横隔膜の超連続痙攣かと見紛うくらいの震えと喘ぎを見せていた被写体が腕を掴んできたのである。予期せぬ引力に、私の身体が予定の軌道を逸れる。
「待って」
私の足掛けた自由へ続く銀色のフレーム(窓枠)が、きゅぃ! と上靴のゴムで鳴く。
「うぉえっ?」
「行かないで」
抱きしめられていた。
それはもう、ぎゅぅっと、きつく。
身体の重心はフリーダムシルバーフレイム(窓枠)に移動していた為、彼に抱きとめられると自然、私の足は浮いた。
頸を可能な限り捻ると、黒髪キュルリンキューティクル眩しい頭部が眼に入る。
あと、大腸菌ゼロの澄んだ海みたいなエメラルド。
色白な肌。
長い手足に、均整のとれた体躯。
そう、この先輩、そこかしこに日本国外産遺伝子の特徴をお持ちだ。どれも麗しく、最高品質!
その眼が、輝いている。
抱き上げる、私を見つめて。
海が、燃え上がるような、激しい感情を湛えて。
え、これ、これは……?
もしや、濃い……違った、恋?!
先輩、私に恋、したんじゃ……っ!
「ここ、3階」
――違ったようである。
ご覧くださってありがとうございます。
頑張れる気力と根性あれば続くかもしれません……。
まない