私だけの告白
こんなこと言うと、驚かれるかもしれませんが私には前世のものと思われる記憶があります。
地球の日本という国に生まれ、小さな四人家族の家庭で、平凡に当たり前の幸せを感じながら生きた記憶です。
とは言っても、私はたった十四でその命を落とした親不孝者であります。
信号無視をして右折してきた車に轢かれるというなんとも呆気ない死に方でした。
今思えばなんと馬鹿なことだったでしょう。
まぁ、何を思ってもいまさらであることには変わりませんが……。
その後私はサラ・リーエンという新たな名を貰い、新たな人生を送ってきました。
前世の記憶が目覚めたのは丁度七歳の時だったと思います。
最初はいきなりのことで戸惑い何度も悩みましたが、今では前の私と今の私が丁度良くとけあって、一人のサラ・リーエンとなっています。
別に困るようなこともありません。
ただ少し、他の子よりも落ち着いているねとか言われる程度です。
そんな風に、私は順調にサラ・リーエンとしての生活を送ってきました。
学校でもそれなりの成績を取り、何事もない生活。
しかし、事は突然に起きたのです。
私は一人の男性に恋をしてしまいました。
その人は名をアレス・オード様とおっしゃいます。
今の私にとって目を合わすのも恐れ多い、雲の上のような方。
同じ学校の騎士科に所属し、学科実践共に同学年一位。卒業後は王宮への所属が約束されているとの噂もあります。
普通科に所属する一般人の私とは住む世界が違うのです。
そんな方に私は恋をしてしまいました。
別に、大きな理由なんてありません。
一目惚れというのでしょうか。たまたま友達と見に行った騎士科の実践授業で見かけたあの方に私は一瞬で心を奪われてしまったのです。
だからといって、何かしようとも思いませんでした。
先ほども言ったように私はあの方は住む世界が違うです。
私は話しかけることもせず、ただ遠目からずっと見守ることを選びました。
私だけの小さな恋。
あの方にとって、私は風景と一緒。それでも構わなかったのです。
それでも、私は幸せだったのです。
しかし、そんな小さな恋にも終わりの時は来る。
あの方に恋をして一年、二年、三年……。
とうとう卒業の時が来てしまいました。
あの方はやはり、王宮に仕えることになったようです。
私は実家の家業を手伝うことが決まっているので、卒業をしてしまえばもう会うこともない。
だから今日があの方を見つめる最後の時となります。
三年間見つめていれば話したことはなくてもあの方のことが少しは分かります。
あの方は少し無口ではありますが、とても優しく、他人を思いやれる素敵な方。
女性にも、慕われるのです。
これが最後と思って告白をする人が多いのはどこの世界でも一緒だなと……つい思ってしまいました。
一人ひとり、丁寧に対応する貴方に私の心は揺れて、少し切なくて悲しくて……でもこれでいいのだと言い聞かせます。
私には、出すぎた恋だと……。
「サラ、そろそろ行かない?」
「……うん」
友達の言葉に一つ頷いた私は、最後にもう一度だけとあの方に視線を向けました。
これでお終い。
これで最後。
これで、これで、本当に……。
「サラ?」
「ごめん、先に行ってて」
何故、自分がそんな行動に出たのかは今でも分かりません。
体が勝手に動いたとは、こういうことを言うのでしょうか。
「あ、あの!」
気がついたときには私はアレス・オード様に声をかけていたのです。
「何だ?」
その声に私は泣きそうになりました。
私のために、私のためだけに向けられた初めての言葉。
嬉しくて、嬉しくて、零れそうになる涙を必死に我慢します。
「えっと、私サラ・リーエンと申します。それで、その……」
冷や汗が流れました、
話しかけたはいいですが、まったくその後は考えていなかったのです。
言葉にならない声を繰り返していると、アレス・オード様は困ったような顔をします。
何をしているのだ私は。
忙しいアレス・オード様を引き止めておいて、失礼だ。
とはいっても、どうしよう。
どうすれば、いいんだろう。
焦るせいで、余計に頭が混乱してしまう。
もう、なんでもありませんと言ってしまおうかと、そう思ったその時。
「…………焦ることはない」
「え?」
「ゆっくりでいい」
アレス・オード様はゆっくりと微笑みながらそう言ってくださいました。
あぁ、本当に……。
本当に、何と優しい人でしょう。
私はこの人に恋をしてよかったと、この時心から思いました。
一度大きく息を吸い、吐き出します。
落ち着け私。大丈夫。大丈夫。
せっかくのチャンスなのだから。
せっかくこの方が下さったチャンスなのだから……。
「オード様。私に、制服の第二ボタンをいただけないでしょうか?」
私は覚悟を決めてその一言を言いました。
瞬間、アレス・オード様の顔が困惑します。
「第二、ボタン? これをか」
そう言ってご自身の制服の第二にボタンを指差されました。
「はい、宜しければいただけませんか?」
この方が困惑するのも無理はないでしょう。
卒業式で第二ボタンを貰うなんて、この世界にそんなことをする人はいない。
だから、その意味もこの方には分からない。
「別に構わないが」
アレス・オード様は私の顔を見た後、そのボタンを引き千切り私へと渡してくださいました。
「ありがとう、ございます」
そっと受け取った第二ボタン。
私はそれを受け取るとぎゅっと握り締めます。
「お勤め、頑張ってください。本当にありがとうございました。それでは」
最後に早口にそう告げると私は踵返す。
後ろからアリス・オード様のあぁ、という小さな声が聞こえてきました。
振り返ることはしませんでした。
「ちょっとサラ! 今オード様に話しかけてたでしょっ」
私を待っていたらしい友達が、そう言って詰め寄ってきます。
「一体何を話して……ってサラ! 何泣いてるのよ」
泣いてる?
そう言われて、私は初めて自分が泣いていることに気がつきました。
「ちょっと、何か酷いこと言われたの?」
心配そうに涙を拭ってくれる友達に、私は何度も首を横に振ります。
「違う、違くて……」
「うん」
「あの方が、優しいから……」
手の中には、あの方の第二ボタン。
その意味を知るのはきっとこの世で私だけだろう。
それでいい。
あの方にとって、私は一生風景のままでいい。
「サラ?」
それでも、私にとってあの方は……。
「帰ろうか」
涙を拭って、前を見る。
何度も何度も手の中の感触を確かめる。
きっと私は一生忘れない。
サラ・リーエンはアレス・オードに恋をしていた。
その証拠が確かにここにある。
誰に分からなくても私だけが分かればそれでいい。
これは、私だけの告白。