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魔法陣

 

 

「永久型の催眠術。術者の所在不明のため私が無理やり術を解く。良いな?」

 

 自身の召喚獣である青藍が出払っているので、深紅は俺に山牙を貸してくれと頼んだ。俺はもちろん応じた。

 そして今、俺たちふたりは山牙の背に乗って学校の上空に浮かんでいる。

 

「……できるのか?」

 

 空から鳥瞰した校舎は、大きい。

 普段その中で生活していると全く意識しないが、全校生徒六百四十五人を収容するだけの規模だ。

 丘をひとつまるまる崩して造られたグラウンド、その傍に鎮座するコンクリートの新校舎、いまは特別教室棟として使われている木造の旧校舎。

 さらにはその周囲に付属する体育館、プール、武道場。

 

「できる。見ていろ」

 

 断言して深紅は拍手を打った。

 

かけまくもかしこ伊邪那岐大神いざなぎのおおかみ……』

「えっ、ちょっ」

 

 彼女がいきなり難度の高い古式の祝詞を唱え始めたので俺は心底ぎょっとした。

 おれたち星師は神道とゆかりが深いので時々こういう祝詞を拝借するのだが、やっぱり神様にお伺いを立てるだけあって、体にかかる負担が半端ではない。

 

「おい、深紅! ハナからとばすなよ、ばてるぞ!」

 

 慌ててそう止めたのだが深紅はまったく聞く耳もたない。

 拍手を打ち鳴らしながら祝詞を唱え続けている。

 

『諸々の禍事まがごとつみけがれ有らむをば

 はらたまきよたまへともうす事を』

 

 俺は彼女を引き止めることは諦めて、その強いまなざしが見据える眼下に視線を戻した。

 と、そこに起きている変化に気が付いて眼を見開く。

 広大な校舎の周囲を取りかこむ、ぼんやりと薄青い色の模様が浮かび上がりつつあったのだ。

 魔法陣だ。

 あきらかに異能を用いて描かれた、術を具現化してその維持強化をはかるための方法。

 

聞食きこしめせとかしこかしこもうす……』

 

 深紅が祝詞を唱え終えると同時に、その魔法陣は完全な姿を俺たちにさらすこととなった。

 校舎を取り囲み、かつ横断している魔法陣。

 それは──五芳星の形をしていた。

 

『そなたらと同じ星のかたちぞ!』

 

 腹の下でずっと黙っていた山牙がこらえ切れなくなったように吼えた。俺はうなづいて彼の背中をなだめるように叩く。

 

「うん、五芳星……セーマン・ドーマンって奴だな。確かに俺たちのシンボルだけど、これ事態は多くの異能者に使われてる図柄だ」

「そうだな。特に陰陽師と悪魔教の術者が多用する。魔法陣としてはもっともありふれた図柄と言えよう」

 

 深紅もそう言って、眼下の魔法陣を眼を細めて見つめた。

 秀麗な横顔が張り詰めている。

 彼女は俺を見ずに言った。

 

「──蒼路」

「はい」

「お前、いま、星師の気配を感じているか?」

「は……」

 

 俺は一瞬なにを言われたのか理解できなかった。

 だがすぐに我に返った。

 深紅が何を言いたいのかわかったのだ。

 だがまさか、と思った。そんなわけない!

 

「か、感じねぇよ!! だってまさか……まさか俺たちの仲間がこんなことするはずないだろう!?」

「ありえないとは言い切れぬ。だから聞いたのじゃ」

 

 深紅はようやく俺を見て答えた。

 黒曜石の瞳はふかく冷静に輝き、彼女が本気であることを如実に示している。俺は戸惑った。

 

「けどよ! 俺たちは同じ星師を気配で探ることができる。でも今はお前と遙以外の気配は感じない。だからありえねぇよ! こんなでっかい魔法陣を描いたら、術者の気配はここいらに確実に残っているはずだ!」

「それは私とてよくわかっている。あくまで可能性のひとつということだ。それに強力な術者であればあるほど己の気配を消すのも隠すのもうまいものだからな」

 

 深紅はそう言うと短くため息を吐き、なぜか小首を傾げた。

 愛らしくも不穏な表情で眼下の魔法陣をふたたび睥睨したのち、とにかくと姿勢を正した。

 

「まあいい。それについては後でいくらでも調べられる。今はとにかくこの術を破壊するのが最優先だ」

 

 その一言に俺も魔法陣に意識を戻した。

 いまや青石サファイアのような濃いブルーに発行する五芳星の魔法陣。中心点は深紅の言った通りに学校の時計塔。

 そしてどうやら魔法陣自体の維持強化のために媒介を用いているらしく、呪力で造られた本体の上に霊力までもが上乗せされていた。

 

「しかし、できるのか……?」

 

 俺はうっそりと眼を細めた。

 これをたった二人で破壊するなんて、とても可能なことに思えない。

 

「さっきからできるのかできるのかと五月蝿いやつだ。誰に向かって物を言っている?」

 

 だがしかし深紅はそんな俺の発言に対して憤慨した。

 

「卑しくも五辻の後継と定められている身ぞ。これぐらいできなくては家名が泣くわ」

「それはわかっておりまするが」

 

 姫言葉でまくしたてるので俺も敬語で答えてみる。

 

「けれどプライドの問題ではないかと。俺は御身を案じ申しているだけのこと」

「封呪のことか?」

「他に何がございましょう。大体昨日もあなたは封呪のためにお倒れになった、少しは身を慎むべきだ」

「あれは事故だ。完全なるアクシデントだ」

「事故だろうがなんだろうがその身に負担がかかったことは間違のない事実でしょうが」

「うるさい。余計なことを喋る暇があったら術の媒介でも探していろ」

「もう見つけました。──髪ですな」

 

 俺は地上に眼をこらしながら断言した。腹の下で山牙も応じる。

 

『うむ。恐らくはあの巫女の髪』

「誰かが巫女の髪を使って魔法陣を作り、巫女を援護したということだな」

『言い換えれば巫女は利用された可能性がある』

「わかった、わかった」

 

 深紅がぱんぱんと両手を叩いて俺たちの会話を打ち切る。

 

「お喋りはそこまでだ。これ以上は本当に悠長にしてはおられん。山牙、私を時計塔に降ろせ。蒼路、お前は媒介の髪を焔で全て燃やし尽くせ」

「あれ全部? 猶予は何分?」

 

 俺は顔をしかめて眼前の巨大な魔法陣を見下ろした。

 巫女の髪はどうやら魔法陣を描くすべての線に埋め込まれている。

 

「五分だ。それ以上は許さぬ」

「……山牙、手伝ってくれよな」

『当然』

 

 喉を鳴らして山牙が笑ったのを確認して、俺は彼の首をかるく叩いた。

 それを合図として山牙は滑空を開始し、まず深紅を時計塔に下ろすと、ふいにその視線を空に向けた。

 

『姫』

「なんだ?」

『どうやら援護がある模様。──上空うえを』

 

 山牙のその一言に俺と深紅は同時に空を見上げた。

 九月の澄み切った、太陽の光のしらじらとまぶしい広い空。

 真っ青なその蒼海の一点にきらきらと輝く金色の光がある。

 深紅が眼を見張って叫んだ。

 

「珠枝か! どうしてここに?」

 

 この問いには俺が答えた。

 

「師匠が遣しました。俺の眼を一時的に治してくれたのも彼女です」

「なるほど……となれば確かにわたしの負担は減るな」

 

 珠枝は降りてくる様子を見せない。

 ただ宙の一点に浮かんで俺たちの様子を伺っている。

 深紅はしばらくその姿を見つめてから口角を上げると、では、と両の手を舞うように胸の前で交差させた。

 挑戦的な瞳が俺を見据える。

 

「──はじめるか。蒼路、準備は?」

 

 その眼の強い光が嬉しくて、俺は知らず微笑んでいた。

 

「いつでも」

 

 そして術の破壊が開始された。

 

 *** 

 

 俺が駆け出すと同時に深紅は呪力を解き放った。

 ほとんど全力だと思う。

 時計塔の上にすっくと立ち、両手を複雑な形に組み合わせながらなにやら早口で祝詞を唱えている。

 紅い光が──深紅の呪力の色は紅い──その輪郭からゆうらりと立ち昇ったと思ったら彼女を中心として放射線状にひろがり、みるみる内に校舎全域を覆っていく。

 それは水面に波紋が広がっていくように静かで、だが圧倒的に素早い、有無を言わせぬ確かな力。

 彼女が力を広げていくのに後れを取らぬよう、俺は山牙の背に乗って学校の周囲を猛然と疾走した。

 抜き身の刀で地面に張り巡らされた細い髪を、あの巫女の茶色い髪をかたっぱしから叩ききってゆく。

 しかし、霊力と呪力は相性が悪い。

 俺の力ははじめ巫女の髪にあっさりと弾き返されてしまったが、ありったけの焔を刀に乗せてもう一度試みるとようやく焼き斬ることができた。一回でこの手間なので四分の一も回らない内にかなりの力を消費したが、とにかく今は余裕がない。

 強い日差しと力の消耗のためにくらくらする頭を振って、俺はひたすら前へと駆けた。

 そうこうしている内に深紅の呪力が学校中を覆いつくす。知ってはいたが本当にとんでもない実力だ、と俺は青ざめた。

 しかし俺がまだ全ての髪を焼ききっていないために、魔法陣が抵抗を示し、彼女の力を押し返そうとする。

 華奢な娘VS巨大な魔法陣の攻防である。

 深紅は始めこそ無表情でこれを押さえていたが、次第にその顔には苦痛の色が浮かび、気丈な背筋がゆっくりとたわんできた。

 玉のような汗が白肌にふつふつと浮かんでいるのがこちらからでも見て取れる。俺は吼えた。

 

「山牙! もっと早く!!」

『わかっておる! これでも全力だ!』

 

 ぜいぜい息を乱す俺に汗だくの山牙。

 全力でやってはいるがどうにも対象が巨大すぎる。

 時間が三分経った時点でようやく四分の三を回ったかというところだ。

 そこで俺たちを見ていられなくなったらしく──珠枝が動いた。

 

「!?」

 

 かっ、と上空で花火が上がった。

 気がした。

 だが驚いて顔を上げればなんてことはない、珠枝が深紅の傍に降りてきただけである。

 彼女は九本の巨大な尾をその体よりも高く振りたてて膨大な妖気を放ちはじめたのだ。

 魔法陣に押され気味だった深紅の呪力、それに珠枝の金色の妖気が加勢し、みるみる内に魔法陣を押さえつけてゆく。

 珠枝は深紅に何か言った。

 むろん俺には聞こえなかったが、深紅も苦笑しながらどうやらこれに答えたようだった。

 そのあいだにも俺はさらに斬りまくりながら駆けた。

 そしてやがて、ようやく最後の髪が見えてきた──つまり、スタート地点に舞い戻ってきたというわけだ。

 山牙がこれが最後と言わんばかりに前肢を振り上げて、馬のように勢いをつける。俺は吼えた。

 

「深紅!!」

 

 いいざま刀を振り上げて焔を燃え滾らせる。

 

「これで最後だ!」

「遅いわ馬鹿者! 五分まるまる使いおってからに!」

 

 深紅は怒声で答えたが、髪がなくなったおかげでぐんっと負荷が軽くなったらしく、呪力に一気に加速をつけた。

 火柱が上がるように彼女の力が校舎の周りを取り囲み、空間がゆがむ音が立った。

 紅い呪力と、珠枝の金の妖気が交じり合い、命を持ったかのように大きく膨らんで逃げ惑う魔法陣を完全に呑みこんでしまう。

 深紅が吼える。

 

「──砕破さいは──!!」

 

 猛烈な力と力がぶつかり合い、大爆発が起きた。

 突風が襲い来る。

 逃げる間もなく吹き飛ばされかけた俺であったが、山牙に救われた。彼は俺の首根っこをすばやく咥えると、目にも止まらぬ速さで空へと駆け上がっていたのだ。

 ぐんっと体が持ち上げられる。

 砂塵が舞い、視界が光で埋め尽くされて見えなくなる。

 俺は眼を閉じた。全身が強風にあおられる。

 だが爆発は一瞬で、しばしの後には辺りは静けさを取り戻していた。

 

 ***

 

「……やった、のか……?」

 

 俺は眼を瞬いてつぶやいた。

 眼下の学校はいまだに静まり返っている。

 だが折りよくこの時、時計塔がチャイムを鳴らした。おそらくは昼休み開始のベルだ。

 キーンコーンカーンコーン……と耳慣れた音が繰り返し鳴り響くうち、ようやく校舎の中から人の声が聞こえてきた。

 不思議そうな声がここまで届き、かと思ったら笑い声が聞こえ始める。

 教室の開け放たれた窓からちらほらと生徒達が動く姿が見えて俺は心底安堵した。

 ──よかった。無事だ。

 

「さっすが深紅、プラス珠枝。最強の組み合わせだな」

 

 ほうっと息を吐き出しながら言うと、俺を咥えているせいかくぐもった声で山牙が答えた。

 

『まったくだ。間違っても敵方にはまわしたくない』

「確かにな」

『しかし、術の副作用が出ているものがおるかどうか確認はせねばなるまい。吟と織を遣わすか?』

「うん。いや……」

 

 山牙の提案に思わず頷いてしまった俺であったが、やはり深紅の指示なしには動けないのが臣下の悲しさである。

 どうしようかと思わず深紅がいるはずの時計塔に眼を移したが、どうしたことか彼女はもうそこにいなかった。

 

「なにっ!?」

 

 思いっきりぎょっとした瞬間、頭上をかすめていく風があった。金色の光が視界を走る。条件反射で体がすくんだ。

 珠枝である。

 その背に黒髪をなびかせる美しい少女を乗せて滑空している。

 深紅は俺たちを見下ろしながら叫んだ。

 

「蒼路! 悪いな、急用が出来たゆえここはお前と遙に任せる! 巫女は尋問にかけたのち捕えておけ! 術の副作用が出ている者がおらぬかという確認も頼む!」

「っはーー!?」

 

 俺は当然いきどおった。何だそりゃぁ!!

 

「オイ深紅っ、そんな無責任な話があるか!! 大体捕えておけってどこにだよ!!」

「よきにはからえ」

 

 深紅は一言でかたづけた。

 

「頼んだぞ、蒼路」

 

 そして絶句している俺にむかって片手を挙げると、みるみるうちに珠枝とともに空の彼方へと飛び去って行った。

 残された俺はとりあえず呆然とし、それからふるふると震えた。

 なんてことだ。ありえない!

 深紅と再会してから早数ヶ月、主としての彼女には絶対の信頼を置いていたというのに……こともあろうに置いていかれたとは!

 

『そ……蒼路、だいじょうぶか?』

 

 遠慮がちにうかがってきた山牙の声に、俺は絶叫して答えていた。

 

「──だいじょぶなわけっ、ねぇだろうが!!」

 

 


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