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動揺

 

 

「急げ、山牙!」

 

 巨大な狼の背に乗って、俺は屋敷を飛び立った。

 朝っぱらから異形の背に乗って移動する以上、目隠しの術は必須であり、いつもより効力が長続きするように入念に施しておいた。


『見えないのだな?』

 

 閃光のように空へ駆け上がりながら、山牙はそう再三確認してきた。俺は頷く。

 彼の飛び方は荒っぽいので、背中の毛にしっかりと掴まりながら。

 

「見えなくした! だからもっと低く飛んで構わないぞ!」

『合点承知だ』

 

 答えるや否や、山牙は上げた高度を再び下げた。

 飛行というものは高度が高いほど敵が少なく、襲われる確立も低いが、空気抵抗が多い分あまり速く飛べないというのだ。

 だが今は魔物のほとんど出現しない真昼間で、しかも目隠しの術は普段よりも強力なものを用いている。

 よって山牙は微塵の遠慮もせずに低空をぶっとばすことができるというわけであった。

 

『飛ばすぞ、蒼路! しっかり掴まれ!』

 

 山牙がぐんっと前傾の姿勢を取る。

 一応俺を気遣ってか前置きをして、それから一路高校を目指して空を突き進み始めた。



「…………!!」

 

 あまりのスピードのために、山牙の背の上で一瞬無呼吸状態に陥り、窒息しかけながらも俺は耐える。これぐらい。

 今はとにかく前へ前へと気が向いている。どんな荒っぽい所業にも耐えてみせる自信があった。

 いくらあの最強の獣、珠枝が先に行ってると聞いても、やはり自分の眼で確かめなければ到底納得も安心もできるものではない。

 ほんとうに今近づいている敵は棟梁ではないのか、だとすれば、その射手は一体なんのために深紅を狙っているというのか──。

 

(深紅、遙っ……!)

 

 俺は祈った。お願いだ。

 無事で居てくれ。

 大好きな友、大切な人。

 

「待ってろ……!!」


 不安と焦燥に目を細め、唇を噛んだ。

 その、刹那。

 俺たちの進行方向、前方から、辺りの空気を切り裂いて響き渡った叫び声があった。

 

『──おっそいんだよそこの愚図────ッ!!』

 

 声と共に、大気がゆがむほどの強力な妖気が放射される。

 ひっと俺が喉の奥で悲鳴を挙げると同時に、山牙が腹の下で不愉快そうに喉を鳴らし、ふいに体を上向かせて上空へと駆け上る。

 

『……ちっ。さすがに黒は銀より高位か』

 

 妖気の主──珠枝が心底面白くなさそうに舌打をして言った。

 それに対し山牙が憮然と答える。


『いくら天狐とはいえ無礼が過ぎるな』

 

 彼は、まったく驚くべきことに、珠枝に対して少しも怯んでいない様子だった。

 むしろ不機嫌そうというか、珠枝のことを気に入っていないようにすら感じられる。

 俺はびっくりした。そして同時に疑問に感じた。

 

(……この二匹、接点があったのか……?)

 

『それに珠枝、貴様その膨大な妖気を少しは隠さんか! 余計な敵が集まってきたらどうしてくれる!』

 

 と、山牙が苛立たしげにそう声を張り上げたのでさらに驚いてしまった。

 驚きのあまり眼も剥いた。

 ……さ、山牙!?

 山牙いま、この珠枝を呼び捨てにした!?

 しかし仰天する俺にはまったく構わず、二匹の異形は話を続ける。

 

『ふんっ、あんただけには言われたくないねぇ。半神半妖のあんたは本来あたし等の敵、抹殺しなければいけない存在なんだ。それを神々にお情けをかけてもらって地上ここに留まっているくせに、偉そうな口叩くんじゃないよ!』

『何を言う、貴様とて同じようなものではないか。本来はただの悪狐あっこだったものを、さる高貴なる姫に拾われ、その姫が死んだ後は人への憎しみのためだけにこの世を生き抜き、結果天狐に成り果てた。そのお前に我を愚弄することができるものか』

『うるさいねぇ。出自はどうあれ、今のあたし等は主を持つ身。ならばその主同士の関係がそのままあたし等の関係になろうさ』

「……俺は山牙の主じゃない」

 

 俺は二匹の会話に眼を白黒させながらも、そこだけは譲れないと思ったので反射的に突っ込んでいた。

 すると今の今まで緊迫した勢いで言葉を交し合っていた異形たちがぴたりと口をつぐんで黙ってしまった。

 突然訪れた沈黙に俺は慌てる──な、なんかまずいこと言ったか?

 しかし、そう思うのとほぼ同時に珠枝がためいきを吐き出すのが聞こえた。

 はじめは細く、次第に大きく高く声を上げて、彼女は言った。

 

『あー、あーー!! ほんとにイライラするね。わかった、あんた達は一生そのままでいけばいいさ。その内いやでも思い知る。自分達の考えがいかに甘くて愚かだったかってことを』

 

 冷たく投げやりなその口調に、俺は知らずびくりと体を震わせてしまったが、山牙は動じなかった。

 彼は珠枝のその言葉を聞き流すと勇敢にもきっぱり話題を切り替えた。

 

『それより、我々には急ぐ必要があるはずだが?』

『るっさいね。だから今からそれを説明してやろうってんのに!」

 

 山牙の低い声に毒づいてから、珠枝は再び大儀そうに息を吐いた。

 

『ああそうさ、急ぎな蒼路! ──例の射手、かなりの力を持つ巫女みこだ』

「──巫女……?」

 

 俺は眉を潜めてその言葉を繰り返した。

 巫女。

 神に仕える女性、あるいは強い霊力れいりょくを有し、神の妻となれる女性。

 ちなみに霊力というのは神に連なる血を持つものだけが有する聖なる力だ。俺たち星師の扱う呪力とは根本的に力の種類が違う。

 呪力とは神霊の力を”借り受けた”、あるいは”借り受けるための”力のことであるから。

 

「え……そいつ、女なのか!? っていうか、なんで巫女が俺たちを狙う必要があるんだよ?」

『知るかい。だからそれを突き止めるのがあんたの担った役目だじゃないのさ。とっととお行き。あたし達じゃあの女には近づけない。あの女の放つ矢にかかったら、あたしたち魔性のものは瞬時に灰と化しちまうだろう』

「そんな強いのかよ……!?」

 

 思わずぞっと山牙の首に腕を回して声を挙げた俺であったが、珠枝は何がおかしいのか、けらけら笑ってこう答えた。

 

『というかね、あれは恐らく色恋沙汰さぁ。ひとりでムキになって突進してる。愚かだとはわかっていても、止まれない理由があるんだろ──あんたと一緒やね、蒼路』

「は?」

『とにかく急いだほうがいい。ちょっと厄介なことになってるし、ああいう時の人間ってのは時々魔物も驚くぐらいの恐ろしい力を出すから』

 

 よくわからないことを珠枝は言った。

 だがよくわからないなりにも俺は事態の危うさだけは把握できたので、とにかく早くと身悶えた。

 

「わ、わかった! とにかく、俺しか行けないんだったら俺が行く! どうにかして高校に行かせてくれよ!!」

 

 俺が言うと、たちまち山牙が噛み付いた。

 

『冗談を言うな蒼路!! 眼が見えないそなたを一人で行かせるわけにはいかん、我も行くぞ!』

「バッカ言うな、お前が灰と化したら俺はその女を殺しちまわぁ! おとなしくここで待ってろ!」

『待ってられるか!!』

 

 山牙は吼えた。

 ぎょっとしたが、どうやら怒らせてしまったらしく、腹の下で彼の体毛がざわざわと蠢き始めて俺は慌てた。

 

「おわっ……! 山牙、こら、おとなしくしろ! いいんだよ、ここへ来たのは俺の意思なんだから!!」

『やかましいぞ蒼路! 大体そなたはいつも、姫君が絡んでいる事に関しては見境無く突っ込んでゆく! 少しは己の心配をすることを覚えろといつも言っているであろう!』

「気持ちは嬉しいけどよ、今は喧嘩してる場合じゃないだろ! こうしてる間にも、射手の女が二人を狙ってるってんだから!」

 

 いつの間にか始まってしまった口論を、しかし諌めたは珠枝だった。

 

『──そのへんにしときな」

 

 言葉は短く、だが言葉よりもずっと雄弁にその全身から激烈な妖気を放射し。

 俺と山牙はたちまち黙った。

 珠枝は、気だるげな声をさらにだるそうに低くしてこう言った。

 

『あんたら、これ以上油売ってる時間はほんとに無いよ。──緋醒、蒼を地面に降ろしな。そして自分の足で学校に行かせるんだ』

『誰がむざむざ、眼の見えぬ主を……っ!!」

 

 山牙は怒り最高潮に達したらしく怒鳴ったが、珠枝はそれをぴしゃりとさえぎった。

 

『──だから、それについては見えるようにしてやる。ただし喜代には内緒だよ』

「……マジで!?」 

 

 珠枝の言葉に思わず前のめりになった俺は、危うく山牙の背から落っこちそうになったが、如才なく伸びてきた彼の尻尾に救われた。

 だが彼は、俺を尾で支えながらもまだその喉から低く唸り声を上げ続けていた。不服なのだ。

 

『……しかし……! 主の傍を離れるなどと……!!』

『ま、どうしても付いていきたいなら姿を隠してくっついてきゃいいだけのことだよ。あの巫女はそれでも気づくと思うがね。あたしゃ止めないよ、そんなに死にたきゃ勝手に死にな』

 

 珠枝は山牙の声に答えてわらい、それからふいに俺を呼んだ。

 

『しかし、やはり承諾は必要だ。──蒼路?』

「え。何?」

 

 顔を上げると、珠枝は怜悧な声で尋ねてきた。

 

『お前、もちろん行くだろうね?』

 

 ──むしろ行かない理由があるか。

 俺は思った。怒りとも苛立ちともつかぬ感情と共に。

 そして勢いにまかせてこう叫び返していた。

 

「──……あったりまえだろうがッ!!」

 

 

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