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9話 イーティとエスセリアレ

 ギルドの三階。

 ここにはエスセリアレの仕事用の部屋と私室。

 ギルドで働く何名かの部屋しかない。

 ギルドではなくエスセリアレの家のようなものだ。

 ハルトが今いるエスセリアレの仕事用の部屋は随分と殺風景だった。

 本棚が壁際にある。さらにお客ようにテーブルとソファがあり、そこを見下すような形でエスセリアレの机が置かれている。特に目立つものがない。

 全体を見回して、ソファの近くを見た瞬間考えを改めた。目立つ物が一つあったのだ。

 がたがたと震えて正座をしている置物。

 いや、


 

 イーティが、物凄く歯をかちかちと鳴らして涙を垂らして反省していた!



 何があったの!? と目を引んむかせてハルト道中あったイーティの泣き顔を見つめる。

 女の子の泣いてる姿って可愛いなと思ってしまうハルト。

 ハルトは諸悪の根源だと考えられるエスセリアレの表情を窺う。


「あ、あの」


 触れたくないけど聞くしかない。

 あんなものがあったら無視を決め込むのは難しい。


「何かしら?」


 ぶわぁっと髪をかきあげる。

 花の香りがする。ここに来る前に生えていた花も似たような匂いだったなと思い出す。

 この街の特産品か何かかもしれない。

 ハルトが顔を横に逸らすと、まるで予想通りとばかりに妖艶に微笑む。

 自分用の机に座り手を組む姿はなぜか色っぽく見えた。


「あの人は……」


「あら、何か見えるのかしら? 私には見えないわ」


「いや、あそこにいますけど……」


「何か見えるのだとしたらそれは霊魂か何かね。浄化魔法でこの部屋を掃除しなければいけないわね」


 なるほど、見えてはいけない。

 見えないように振舞わなければいけないのか。

 納得してハルトはソファに座り顔をエスセリアレに向ける。

 座っている姿は凛々しく、美しいそして艶やかだ


「素材を見せてくれないかしら」


「どこに出せばいいんですか?」


 バックパックを手に持ち、自分の目の前にあるテーブルに出そうか、エスセリアレの机に出すのか逡巡する。


「ちょっと待ちなさい。あなた普段から敬語で話しているのかしら?」


 不満そうに唇をすぼめる姿が可愛く、ハルトは自身の顔が間抜けになりそうだったが気合で押さえ込む。

 子供のようなむくれっぷりは大人のような雰囲気と正反対で心を奪い取られるような魅力がある。

 もう目を開けていては駄目だ。

 心眼を使えるようにしないとこの人とまともに話せる気がしない。

 ハルトはエスセリアレの問いに首を振る。


「なら、やめてちょうだい」


 ハルトとしてもその申し出はありがたいので、素直に受けることにする。 

 敬語はあまり得意ではない。

 とりあえず、です、ます、つけるだけしかできない。


「素材を見せてちょうだい」


「テーブルに全部出せばいいのか?」


「ええ」


 ハルトがバックパックから素材を取り出す。

 常に光を反射させている、テーブルの上を占領していく素材たち。

 リザードマンとドラゴンの素材を乱雑に置き並べていく。


「まず、これはスティーリザードマンね。これをあなたが倒した、ね」


 いぶかしむ声にハルトはむっとする。


「あんたも疑うのかよ」


 目を細めて睨む。

 すると、睨み返してくる。


「普通ならね。逆に冒険者登録して最初に持ってきた素材がBランクって、普通信じられると思う?」


 冷淡な言葉でハルトの顔を射る。


「信じ……たい」


 よくよく考えると俺は随分と無茶な要求をしてたんだな。

 言われてから気づいたが、よっぽど大らかな性格ではなければ見逃すはずがない。

 だからといって獣人の女の子のように突っかかるのも間違えているが。


「ほらね。あなたを追及した女の子も極端すぎるけど間違っていないわ。いきなり登録した人が高いランクの素材を持ってきたら、誰かから盗んだ。誰かから買った。そのぐらいしか思いつかないわ。あなたのことを何もしらなければね」


「なんだ? あんた何か俺のこと知ってんの?」


 レングが勝手に話したのかもしれないと思ったがすぐにその考えはなくなる。


「知らないわ。それでも私の魅了魔法をレジストしたのだからかなり強いことは分かるわ」


「なるほどね。だから、あそこで使ったのか?」


 ハルトの実力を測るために使ったのかと聞いたが、首を振られる。


「あの場を抑えるうってつけの魔法だからよ」


 確かに、とさっきの状況を思い出す。

 全員が腑抜けてたな。あれなら人を纏めるのも簡単そうだ。この人の力なら下手したら小国程度なら操れそうで怖いが。

 エスセリアレはイスから立ち上がりハルトのいるソファへ。

 素材の鑑定を始めて、黙り込んだので、ハルトは後ろを振り返り未だ正座でがたがた震えているイーティを見やる。

 ハルトがここにいることに気づいていないのか、ずっと自分の膝小僧に視線が固定されている。

 それでも綺麗な美貌は変わることはない。

 ただ、エスセリアレを知ってしまったからかさほど美人だと意識しなくなっている。

 エスセリアレマジ美人。


「全部で十万ザール程度かしらね」


 この世界で平民一人当たりの一日の生活費はほぼ千ザール。

 ただ、冒険者はそこらへんの勝手が違ってくる。

 武器や防具、回復アイテムなどを買うとなると全然金が足りない。

 ハルトは別に冒険者で一生食っていくわけではないのでそこまで気張って装備を整えるつもりはない。


「それじゃ、頼むわ」


 ぼったくられていたしても、ハルトは金に執着心はない。

 舐められていたとしても一つの街に長く居つくつもりもないので心配はない。

 紙幣二十枚――一枚一万ザール――を受け取ると、


「あなたに聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」


 エスセリアレが待ってと言わんばかりに手首を掴む。

 ふにふに柔らかい。

 握られている腕から身体全体に快感が送られる。

 全身が喜んでるのがわかる。

 不意の一撃に握られただけなのに顔が真っ赤になる。

 可愛いわねとエスセリアレは微笑む。


「? 別に構わないけど、答えにくいことはやめてくれよ?」


 なんとか突っかからずに言い切る。

 怪しまれるかもしれないけど、変な質問をされてから黙り込むよりもましだ。

 もう直視せずに話すことにも慣れたハルトはどんな質問をされるのかひやひやしながら待つ。


「この子知ってるかしら?」


 そういってとうとう話題にのぼった女性――イーティ。

 エスセリアレがイーティを見る視線が鋭いのは何か逆鱗に触れることをイーティがしたのだろうとハルトを納得させる。


「ああ。この街に来る前にあったぜ」


「どんな状況で?」


 一瞬、言わないほうがいいかもと頭の中をよぎる。

 ここにいるのだからイーティは冒険者の可能性が高い。

 自分の痴態を他人にばらされるのは一生の恥に近い物があるかもしれない。

 言っていいのかイーティの顔色を窺うと。

 ハルトのことなんか視界に入っていない。

 がたがたと震えているだけで、それ以外行動を起こさない。

 ……ここまで怯えているのはエスセリアレが何かしたからなのだと思うんだけど。

 何をしたのか考えられない。

 ハルトの脳じゃ理解できない、したくない。

 嘘で誤魔化してもすぐに見破られそうなので、ハルトは正直に吐いた。


「ドラゴンに襲われてたんでな。俺も迷子になってたから案内してもらうために助けた」


 後半ちょっとばかし嘘をつく。


「襲われていた? 」エスセリアレの怒気の篭った目がイーティに向けられる。


「イィィィィーーーーーーティィィィィィッッ! あんたさっき『襲ってきたドラゴンは倒しましたわ!』とか言ってたわよね!? 嘘言ったの!?」


「ひっぃぃぃ!」


 イーティが悲鳴をあげながら吹き飛ばされた。ハルトも悲鳴をあげたいぐらい驚いている。

 ハルトの隣を轟風が通り抜けたと思ったらイーティは壁に打ち付けられている。

 全身の汗腺がフル稼動して冷や汗を発生させる。

 一回風呂に入らないといけないぐらいに汗の滝が生まれた。

 口調が大人びたものから一転、子供らしい口調になったエスセリアレはさらに続ける。


「四人で受ける依頼を一人で勝手に受けて、あげくのはてに怪我するわ、嘘吐くわ……私は頭が痛いわよっ! めちゃんこちゃんにね!」


 め、めちゃんこちゃんて……。

 脳年齢が若返ったんじゃないか? 悪い意味で。

 ハルトはおよそ聞かれたら自分も風魔法で吹き飛ぶようなことを考えていた。


「で、でも。わたくしは学校でも優秀で、それをママに証明したくて、いけませんの!?」


 逆切れ。

 イーティは怯えながらも目には力を込めて宣言する。

 それよりもハルトの心に引っかかるワードが出てきた。

 ――ママ?

 ママとは、自分を生んでくれた人で親だ。別名お母さん、母さん、クソババア(反抗期)、母上などなど。

 エスセリアレはイーティの母親?

 イーティは金色の髪に新緑を思わせる鮮やかな瞳。

 エスセリアレは光を反射する銀色の髪に燃え盛る紅蓮の瞳。

 似てない。顔の骨格なども似てない。二人とも美人だという点は似ているけど。

 イーティは父親似なのかもしれん。

 ハルトが結論付けた瞬間、エスセリアレは明らかな殺意を混ぜてイーティに激高する。


「だから、ママはやめろって言ってるでしょ! 167年間彼氏いない処女の私に対する嫌味か!」


 ひゃ、167年間……?

 エスセリアレの種族がエルフということをハルトは知らない。

 だが、耳の長さと地球のゲーム知識から大体は予想がついていた。

 寿命が長いのにはある程度納得できた。

 それより、


(助けたほうがいいかも……?)


 轢かれたカエルのような態勢で壁にめり込んでいるイーティ。

 それを見て、やはり助けるのはやめようと決心できた。

 ここに参加するとハルトも巻き添えをくらいそうだったので一歩下がって傍観者に徹することに。

 いくじがないが自分の身を守るためだと割り切った。

 

 数分後。


 頭を押さえながらエスセリアレは自分のイスにどがっと座り込む。

 疲れた様子で、肩で息をしている。

 ハルトはエスセリアレの顔を覗きながら尋ねる。


「色々聞きたいことがあるんだけど?」


 さっきの様子を見たせいか美人だから恥ずかしくて直視できないという事はハルトにはもうない。

 美人だな。でも性格荒いな、と感じるようになった。

 元々子供っぽい人で猫被っているのがエスセリアレなのだと理解した


「……いいわよ。どうぞ」


 むすっとしながらも落ち着いた口調に一応は戻っているのだが、違和感だらけ。

 そしてなんでこんな状況になったのか尋ねた。

 

 イーティは学園ギルド『スクル』に所属しているのだそうだ。

 そこでは冒険者のために様々な勉強を施している。

 生徒は十代の人のみ加入でき、二十歳になったら自動で抜けられるのだそうだ。

 その前に抜けてもいいのだが関係ないので置いておく。

 学園ギルドに所属しているイーティは学園でもかなり優秀で他の人からも抜き出ている。

 そんなイーティと他三人に学園長が依頼を出した。


『大事な手紙とアイテムをハルカニアにいるエスセリアレに届ける』


 これが今回の依頼だったそうだ。

 必ず四人で行くようにとその隊のリーダーを務めるイーティに物品が渡される。

 そして……イーティは自分一人で行けると判断して仲間を置いていき、結果あのザマ。

 だから、エスセリアレがめちゃくちゃ説教したということだ。

 

 イーティがママと呼んだのは、エスセリアレが拾って育てたからだ。

 年齢的にお姉さんはないだろということとやはり育てた親だからママなのだ。

 エスセリアレはもの凄くママと呼ばれるのを嫌ってます。

 エスセリアレはエルフで寿命は約千年だ。

 人間で換算したら今は十七歳程度なのだろうけど……ハルトからしてみたらおばあちゃんだ。

 大体の事情は分かったので、ハルトは次の目標地を決めるためにおばあ――エスセリアレに尋ねてみる。


「でっかい図書館がある街ってどこかにねぇか?」


 やはり情報を入手する一番手っ取り早いのは本だ。

 この世界にインターネットがないかぎり書物を読むしかない。

 エスセリアレは微笑を携えながら、


「イーティがいる学園にはかなりの本が貯蔵されていたわね。それより、あなた私のギルドに入らない? 色々高待遇にするわよ?」


 妖しく目を細める。

 だが、もう何も感じない。


「遠慮しとく。俺にはやるべきことがあるからな」


「あら、残念。それより、学園に行くならあの子も連れてってちょうだい」


「は?」


 正直自分の力を過信する人間を連れて行くのは嫌だ。

 いつ自分まで危険に晒されるか分かったもんじゃないからだ。

 まあ、美人と旅できるのは嬉しいけど……逡巡する。

 ハイリスクハイリターンだ。

 悩む。


「お願いよ。あの子このままだとここに居座りそうだもの」


 元々学園ののんびりとした授業に飽き飽きして、さっさと力を証明してギルド『エスセリアレ』に入りたかったらしい。

 だから、イーティにとってはここに残ることは好都合なのだ。

 

「本人が残りたいならいいんじゃないか? それにあんたの目が届くところにいたほうが安心だろ」


「そうでもないのよ。私忙しいし」


 そりゃそうか。エスセリアレはギルドマスターだ。

 どのぐらい大変なのか知らないが日本で言う社長みたいなものだろうなとハルトは大変そうな視線を送る。

 忙しくなかったらおかしい。


「あの子は協調性がないから。学園でそういうところを鍛えてもらったほうがいいのよ」


 確かに。多くの人間が暮らす場では協調性がなければやっていくのは難しい。


「治ってなかったみたいだけど?」


「そこが悩みの種ね。とにかく送ってってくれない? 依頼として出すわ。一万ザールよ」


 自分の目的地のついでに金が入るのはいい。

 ハルトはそれでもあまり気が乗らなかったが、簡単に金が稼げるならいいかと頷く。

 本当は誰かに頼まれるのは好きではない。

 一度頼られると二度、三度と頼られる可能性があるからだ。


「ありがとう。お金は先払い、さらにCランクの依頼をクリアしたことにするわ」


「いいのそういうの?」


 目の前で違法な取引が行われているのにハルトは少なからず抵抗を感じる。

 法治国家日本で育ったハルトには泥棒とかするのに物凄い嫌悪を感じる。


「男が細かいこと気にするのはよくないわ。依頼受けてくれてありがとうね」


 うやむやになったがハルトはもう考えないことにする。

 礼を言われたが、金を貰っているのだ。

 いいよいいよと片手を振る。


「出発は明日でいいか?」


 午後。街で準備を整えて、それで出発でいいだろう。

 食事はどうしようかと悩む。

 魔石さえ取り外さなければ、

 大抵のモンスターの肉は美味だ。

 市場で取引されるのも頷ける。


「なら、ここに泊るといいわ。明日合流もしやすいでしょうし」


 確かに。昨日はイーティがお礼と言う事で食費、宿代を払ってくれた。

 だが、一日分しか部屋を借りていなかったのでちょうどいい。


「分かった。んじゃ、俺は街に出かけてくる」


 じゃあなと片手をあげる。


「暗くなる前には帰ったほうがいいわよ。あなたの身なりだと柄の悪い冒険者に絡まれる可能性があるわ」


「分かったよ。ママ」


「ママ言うなっ!」


 ハルトはあはははっと笑いながら部屋を後にした。



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