7話 ハルカニア
この世界の魔法は属性等で覚えるのではない。
魔法名で覚える物なのだ。
ハルトが覚えた魔法もすべて、ある日突然に頭の中に浮かんだのだ。
生まれた時に魔法を覚えられる量や覚えられる魔法は決まっているというのがこの世界の常識だ。
だが、とハルトは何か間違っている気がする。
勝手に枠を作って覚えられないと思い込んでるだけだとハルトは考えている。
それは、あながち間違ってはいない。
「ぁあん……う……ぅ、うぁん……?」
聞き方によっては艶かしい呻き声が背中から耳に届く。
ハルトは今の呻きに頬をわずかに染める
わずかにピンク色の妄想をした。
現在ハルトは少女を背負って歩いている。
急いでいるわけではないが、夜になるとモンスターの気性が荒くなってしまうのでできれば夜には安全地帯にいたいという理由がしっかりある。
背中に伝わる温かで優しい、心を落ち着かせる女性しか持っていない物の感触を味わうためにおんぶしてるんじゃない。
決して違うとハルトは目を合わせることなく断言できる自信があった。。
ただ、誤算があるとすれば彼女のそれはあまり大きくないどころか、無乳に近い。
(残念だ)
「おーい、元気かぁ?」
言葉を飛ばすと頭を上下に振る動作が背中から伝わってくる。
一瞬なんて可愛い生き物だと思った。
「傷の手当はほとんどしてねぇけど大丈夫か?」
ボロボロの鎧を外して、血をふき取っただけだ。
ハルトに医学の心得はないし、応急処置のやり方もしらない。
学校の授業で教えてもらったことはあるが、まさか自分がそんな状況に陥るなんて思ってもいなかったのでろくに聞いていなかった。
鎧はもう使いものにならないくらいにボロボロだったが一応手に持ってきてはいる。
魔法の中には回復魔法もあるのだが、ハルトはない。
「だ、大丈夫ですわ……降ろしてくれません?」
「ほい」
ですわ、という言葉遣いにハルトはラノベのキャラみたいだと思った。
お嬢様みたいな喋り方だ。
(貴族とかなのか?)
……高慢な人じゃないことを切に願う。
小説などに出てくる高慢なキャラクターを思い出し、自分の好きなキャラにお嬢様言葉の人がいたので、意外とそれもありかもと手をうつ。
「清らかなる癒しの光よ。我の元に集え。ヒール」
彼女の使った魔法はヒールでもちろん回復魔法だ。
詠唱したことから、彼女の魔法は詠唱が必要な物だ。
詠唱のあるなしは魔法がつかえるようになったときに決まるので神に祈るしかない。
詠唱があると発動までに時間がかかるので、詠唱なしはかなり優秀なのだ。
つまり、ハルトは――ハルトの魔法は優秀なのだ
女性の言葉通り光が集まり、意志を持ったように身体を包んでいく。
全身を数秒だけ光が覆い、大気に溶け込むように消える。
アニメなどで突然発生する風呂場シーン。
そこで胸などが見えたりしないための光みたいだとハルトは思った。
光が消えると女性は満面の笑みで身体の調子を確認している。
結構深手なのに、治ってる。
中々の回復師だ。
「待たせてすみませんでしたわ。あの、助けてくれてありがとうございましたわ」
綺麗なお辞儀をかましてくる女の子にハルトは満足して頷く。
(第一印象はいい感じだな)
「べつにいいって。困ったら助け合うのが人間ってもんだろ?」
本来はあまり人助けなどはしない。
ハルトは変な期待とかされるのが嫌いなのだ。
「そうですわね……。あの、私の荷物は?」
「ほらよ」
ハルトが肩にかけておいた女の子の持ち物だと思われるリュックサックのようなものを投げ渡す。
一応あのオアシスに置かれていたものなので持ってきておいたのだ。
「投げるなですわ!」と多少口調が崩れた気もしたがハルトは触れることはしなかった。
少女がリュックを開き、中の様子を確認して無事なのを悟り息を吐く。
「それってなんだ? 結構重かったけど、何入ってんの?」
さっきの反応でそれなりに大切なものだと予想がつく。
あまり踏み込んではいけないとは思うがこのくらいはいいかな。
ハルトは女の子一人があんな場所にいたことに対して興味があったので尋ねてみた。
「これには大事な荷物が入ってるんですわ。詳しく教えることはできませんが……ある道具といっておきますわ」
妙に気になる言い方だ。
「道具、ねぇ。わざわざ届けなきゃいけないほどに大事なものを一人で運んでるの?」
大事なものなら普通、もっと護衛を増やす。
多すぎても悪いが、一人はさすがに少ない。
ハルトの言葉に痛いところをつかれたと一歩後ずさって、ハルトに背中を向けてぶつぶつ呟きだした。
「どうしますわ、どうしますわ……。私が勝手に実行したことを伝えて変に思われませんわしら? ど、どうしよぅ?」
ハルトが近づいて盗み聞きしているにも関わらずおよそ恥ずかしいことをつらつらと泣き出しそうな声であげていく。
最後に至っては口調までも変化している。
何かの病気持ちなのだろうか、二重人格とか。
「そ、そうですわ。話題を転換すればいいんですわっ! ナイス私の頭脳!」
うん、ハルトもあまりにもかわいそうなので無理して聞きだすのはやめることにする。
下手に詰問すると泣き出しそうなくらいに慌てている姿が目に見えているからな。
ハルトが一歩下がったと同時に女性が立ち上がって目を右往左往させたまま、
「あのですわね。私は……私は……」
(決まってねぇーのかよ!)
思わず出かけた叫びを押さえるために両手を口に送りわざと咳をする。
「わ、わたくしは……わだぐじばぁ……」
どんどん涙が目を侵食していくので、見るに耐えなかったハルトは、
「そういや、名前なんて言うんだ?」
助け舟を出して、頭を撫でてやる。
滑らかな髪は触れると抵抗なく手が通る。
触っていて悪いことをしているんじゃないかと罪悪感が生まれる。
女神だって逃げ出すほどな容姿は伊達じゃないようだ。
「わ、わたくしですか……? 私は、イーティ・プミャリ……ですわ」
「俺は、ハルトだ。よろしくな」
何がよろしくなのか、分からないけど流れ的に言ったハルト。
できればよろしくになってほしくはないと言ってから思った。
手を差し出して握手の構え。
異世界では握手なんてするのかな? と疑問もあった。
初めに比べて落ちついたのか、しっかりとしたまなざしで、
「よろしくですわ。……ところで何がよろしくですの?」
握手を返してくれたのでさりげなく、にぎにぎ。
特に嫌がられる素振りは見えないのでハルトはやめることなくもみもみしまくる。
さらさらしていて柔らかい。
「なんていうか、町まで一緒に行く旅の仲間みたいな?」
「……そうですわね。それならよろしくですわね」
あぁ、自分で言っちまったけど。
イーティと一緒に行くことになったみたいだ。
ハルトは後になってから馬鹿なことをと額に手をやる
イーティが仲間に加わった!
つまらなかった道中も少しは楽しくなってほしい。
ハルトは、たまたま行く先が同じだったということで自分を納得させた。
ハルカニア。
町というか、街と表現したほうが正しい。
ここがイーティの目的の場所だ。
ハルトとイーティはあれから歩き続けて何とか日が落ちる前につけたのだ。
その後は宿を借りて、倒れこむようにベットで体を休めた。
つまり今日は旅立ち二日目の朝ということになる。
イーティとは今朝用があるということで別れた。
ハルトとしてもこれ以上イーティといるのはあまりよくないのでよかった。
街を見たのと一日を過ごして、ハルトが一番驚いたことは……。
意外と近代的だった!
建物は石造と木造で日本と比べても劣っていない。
さらに、街には魔石を使った色々な道具がある。
魔石は五年ほど前から便利なものだと判明し、ありとあらゆる日常品に組み込まれている
日が落ちたら自動でつく街灯はもちろんある。
同じように部屋にも明かりをつける機械もあった。
水道のようなものもあるし、風呂もある。
ファンタジー世界ごめんなさい。
勝手に古い世界と考えて侮辱してました、すみません。
帰るまで風呂には入れないかもと思っていました。
ハルトはひたすらに謝り続けた。
ただ、残念なこともいくつかあった。
ハルトは情報収集をしたいので、でかい図書館とかがあってほしかったのだがない。
この街を治めているギルドは図書館を置きたいのだそうだが他に大きな図書館があるので無理なのだ。
すべてイーティからの受け売りだ
商店街を冷やかしながら、呟く。
「ギルドにでも行ってみるかねぇ」
モンスターが落とした素材はギルドでなければ売ることは難しい。
勝手にどこかの店に売ると、売った側と買い取った側が犯罪者になるからだ。
街の中央にある通称ギルド道と呼ばれる場所に向かう。
ギルド道と呼ばれる理由は簡単だ。
たくさんのギルドがあるからだ。
武器ギルド、防具ギルド、道具ギルド、料理ギルドなど様々なものがあり、見ているだけで楽しい。
ハルトが初めにいた商店街は庶民のための商品が多い。
ここは冒険者のための商品が多い。
体力を回復する飲み物がここに置かれているのがなによりの目印だ。
まだ早朝だというのに人は結構いる。
冒険者の朝は早いんだなとハルトはそれらを見やりながら。
ハルトは真っ直ぐに中央にでんと構える建物にたどり着く目的地へと歩を進める。
三階建てくらいのかなり奥行きがある建物。
高さこそ低いが威風堂々としていて飲み込まれそうになる。
これでギルド支部なのか。
本部とかはもっとでかいのだろうか。
ハルトは驚きながらも大きな扉の取ってに手をやり引く。
見た目の大きさとは反比例して軽い扉に若干裏切られたと感じる。
中に入ると、意外と静かだった。
もっと、筋骨隆々の男達が騒いでいるもんだと思っていた。
テーブルなどはなく、イスに座っているのはカウンターにいる人のみ。
中にいる少数の人間は壁際に集まっている。
壁際には大きな木の看板が置かれていて、そこにはランクごとにわけられて貼られている紙がある。
これが現在このギルドに寄せられている依頼書だ。
壁に貼ってある依頼書をカウンターに持っていき依頼を受けるのがギルドのシステムだ。
ハルトはいくつかある中で一番すいていたカウンターに向かう。
快活で明るそうな女の子でハルトは笑顔を浮かべながら近づく。
ハルトはいざどう切り出せば言いのかわからず、考え込んでいる、
「何か用事ですか?」
「ああ、素材を売りたいんだけどさ」
「分かりました、ギルドカードはお持ちですか?」
「ギルドカード?」
「はい。冒険者を証明するためのカードです。持っていませんか?」
「ああ。登録してないぜ」
「でしたらまずは登録からですね。登録してもよろしいですか?」
「ああ。問題ない」
登録しておいて損はない。
旅をするには金が必要になる。
この世界ではモンスター=脅威なのだから、それを倒せば報酬がでるのは用意に想像ができる。
ハルトにとっては簡単に稼げるであろうギルドの依頼を受けるためにも登録しておきたい。
「名前は?」
「ハルトだ」
「ハルトさんですね。はい、このカードを受け取ってください」
そういうと消し炭のようなゴミと間違えそうな汚いカードを寄こしてくる。
なんだろう、嫌がらせなのかもしれない。
わずかに目に力が入るが女の子はハルトの手元しか見ていない。
「それはギルドカードです。再発行にはお金がかかりますので、失くさないほうがいいですよ。そこに埋められている魔石の欠片に魔力を注入してください」
これがギルドカードかよっ!?
ゴミ捨て場から漁ってきたものと間違えているんじゃないだろうか。
節約? それともからかっているのか?
ハルトは色々と思うことはあったが、言われたとおりに魔力を込めてみる。
「こうか?」
すると、真っ黒いゴミは淡い光を放ち始める。
カードはゴミ黒から真っ黒にランクアップした。
あまり大きくない手ごろなサイズのギルドカードの左上には『ハルト』と、白い文字が走っている。
本登録が完了したのだ。
「結局黒のままかよ!」
「へっ?」
驚いたように目を開く女性。
ハルトは取り消すように手をふる。
「わ、悪い。つい叫んじまって」
「いえ、問題ありません」
淡々とだがほのかに笑顔を浮かべながら細かい説明があった。
説明事態はそれほど長くはなく、ハルトは相槌を打ちながら理解していく。
今、ハルトが行った登録は冒険者になったということだ。
冒険者とは自由にギルドで依頼を受けられるという権利を得たということだ。
さらに、これは希望なのだが、ギルドに所属することもできる。
ギルドカードは冒険者としての身分証明書。なくしても再発行できるが金がかかる。
ギルドカードに書かれているの名前、ランク、所属ギルドだ。
ランクはF~Sまでで表記されていて、ギルドカードの中で一番大事な場所だ。
ランクをあげる方法は自分より一つ上のランクの依頼五回こなす。
さらに自分より二つ以上高いランクの依頼を二回こなすしギルドに報告すればあがる。
ギルドカードは今は真っ黒だが、ランクがあがるごとに色が変わっていく仕様だ。
ハルトはそんなんいらねぇと叫んでやりたかったが、一目でどれだけの実力が分かるので便利なのだ。
埋め込まれた魔石の欠片には依頼の達成状況が書き込まれている。
魔石に手を触れて、念じれば頭の中に現れる。
ギルドとは何人かの冒険者で集まって作るものだ。
ギルドに所属したいのならギルドのリーダーに話に行かなければならない。
メリットは、同じギルドの仲間と冒険に行くことができる。
登録したばかりの冒険者はほとんどパーティーに誘われることがない。理由は弱いと思われているから。
中にはハルトのような例外もいるが、滅多にない。
デメリットは、登録すると何ヶ月かは抜けることができず、さらに抜けるときに金を払ったりしなければならない。抜けてから何ヶ月かはほかの小ギルドに登録することもできなくなる。
メリットについてはまだまだあったが、ハルトは登録するつもりがないのでデメリット部分しか頭には残っていない。
メリットの部分も、一人でモンスターをぶっ倒せるハルトにはむしろデメリットになる。
仲間と素材やらなにやらを分けなければならない。一人で倒せるのに仲間の邪魔な攻撃が入る可能性もある。
だから、入るつもりはない。
そして、ギルドとは、ある程度の力、ランク、実績を持つ人がギルド本部に「自分のギルドを持ちたい」と申請することで作ることができる。
現在小さいギルドは多くある。
一通り説明を受けたハルトは伸びをして一休み。
素材を売る予定だったが、ひとまず興味がでた依頼を見ながら体を休めた。