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5話 旅立ちの日

 祭りのような騒ぎが終わり、夜ブラックドラゴンに襲われそうになりながらもなんとか逃げた。

 そして、朝。

 レングに案内してもらいながら森の外まで向かう。


「俺達はお前に何も送る物はない」


「別に。そもそも俺はみんなにせびれるような身分じゃないぜ? というか俺を養ってくれたんだ、むしろ俺が何かを送りたいぐらいだ」


 何かがあるわけじゃないけどねと付けたす。


「そうか」


 最後の会話になるかもしれない。

 地球に帰る方法を見つけて地球に戻れば、そしたら二度と会うことがない二人。


「まあ、今のお前ならよっぽどな敵じゃなければ死にはしないな」


「まあな。あんたの馬鹿みたいな鍛え方のおかげでね」


「感謝しているのか?」

 

 苦笑するレングにハルトはにこやかな顔で、


「当たり前」


 とぼとぼと歩いていく。

 少しでも長くレングと話がしたかったハルトは無意識のうちに歩みを緩めていた。

 ハルトはこの先一人で大きなこの異世界を旅して、自分の目的を果さなければならない。

 一度はこの森で一生を終えることも考えた。だけど、それは駄目な気がした。

 やはり地球に帰りたい。

 

「もうすぐだな」


 レングの声でハルトは顔をあげる。

 森の出口と証明する荒野が広がっているのが見えた。

 この人は、ハルトの父親みたいなものだった。

 厳しく優しく鍛えてくれたレングに父に似たような思いが生まれていた。

 だからこそか、ハルトは親である彼に縋っていたかった。

 毎日、この人の言った修行を。どこを鍛えればより強くなれるのか、道を標してくれた。

 迷うことなく、ハルトは前に進んでいけた。

 この先は誰も教えてくれない。自分で考えなければいけない。

 自分で考えて、行動して前に進まなければいけない。

 何か失敗しても庇ってくれる人はいない。戻ることのできない旅がもう間近に迫っている。

 森を抜けた。

 眩しい光が入ってくることはない。

 

「旅出にしては随分と暗いな」


 空は暗い。

 太陽が雲に隠されているからだ。

 肌を殴るような突風がハルトの身体を吹き飛ばそうとする。

 まるで、ハルトのこれからを示すように自然は荒れている。


「暗いのは、こっちもだな」


 レングはハルトの方へ顔を向けてからかうような口ぶりだ。

 ハルトは「なにがだよ」と口を尖らせてそっぽを向く。


「俺はもう行くからな。じゃーな」


 駄目だ。もっとしっかりと伝えなければ。

 ハルトの心の中ではたくさんの感謝の言葉があったが、口に出すのは難しかった。

 でも、心は栓をしたようにこれ以上の言葉を生み出さない。

 とぼとぼと歩き出したハルトの背に声がかかる。


「ハルト」


 呼びかけた声は低く、しぶい。突き放すような、威圧するような声と感じる者もいるがハルトには温かみのあるものに感じていた。

 振り返る。


「この先、お前に様々な困難が待ち受けているかもしれない。俺はそんなお前を助けることはできない。そして、失敗しても責任をとることはできない」


 説教じみた物言いにハルトは苛立ちを含ませて顔を向ける。

 そんなことは分かっている。

 だからこそ悩んでいるんだと目に込めて睨む。


「分かってるよ」


 言われなくても分かっていた。

 大人になるとはそういうことなんだと思う。

 責任を問われるもの。責任を背負うもの。

 ハルトは年齢的にはまだ十六歳だから全然大人ではない。

 ここでハルトが言っているのは精神的なことだ。


「そんなお前に言えることは希望を持て。そしてそれを実現するために自分の意志を曲げるな」


「自分の、意志?」


「そうだ。お前は人の意志や考えに流されやすい性格だからな」


 自覚している。というか地球に住む半分近い人間がそうなんじゃいかとハルトは思う。

 周りの意見に合わせておけば何も起きない。

 自分の意見を押し通せるのは一部の人間だけだって知っているのだハルトは。

 それが自分じゃないことも。


「お前の故郷。確かチキュウだったか。そこに帰るために意志を貫き通せ」


「もしも――」


 ハルトは彼の生き方に嫉妬している。

 自分の意志を貫き通すことがどれだけ難しいのか、そんなの考えたって分かる。

 周りを納得させるだけの頭脳と生まれもってのカリスマ性がなければ不可能だ。

 レングはサウザンドウルフを纏めるリーダーだから理想のようなことが言えるんだ。

 一般人に近い存在のハルトには真似しようにもできないものだった。


「もしも、意志を貫き通して、その代償が大きなものだったら? 命とか」


 人は誰もが自分が一番大切だとハルトは考えている。

 それはモンスターにもあてはまると思う。

 レングはハルトの嫌らしい質問に真面目な顔つきを崩さずに答えた。


「生き物は自分が生きるために他の生き物を喰らう。だから、俺は生き物は自分が生きるためになら何でもするだろう。だがな、お前は違った」


 話をはぐらかされたような気がしたがそれよりも興味が引かれた言葉があった。


「俺が……?」


「初めて会ったときだ。ディバールタイガーに襲われた少女を助けた。お前は自分の命を危険にしてまで少女を助けるために戦った」


「違う! あれは……!」


(なんで、俺は否定なんかしてるんだ?)

 

 褒められたんだから、いつもみたいに胸を張ればいい。自分の意見など奥にしまいこんで相槌を打っておけばいい。

 それが利口な生き方。


「お前は、誰かの上に立つことのできる人間だ。自分の意志をしっかりと持っている」


「俺はそんなに立派じゃない」


 言い負かされた気分でハルトは地面に目を向けながら答える。

 なにかが、胸の中でモヤモヤしている。

 聞きたくないことを聞かされるような、嫌な寒気が背筋を撫でる。


「ああ、そうだ立派じゃない。でも、人を纏められる。その力は後天的に身につけることが難しい物だ」


「俺には、そんな力はない……いらない! 刀の力だっていらないんだよっ!」


 過ぎた力だと思ってる。でも手放すことができない。

 生きていくためにはあの刀なしでは無理だと頭のどこかが告げている。


「力を持てば何かをしなきゃいけないだろっ! 俺はただ、地球に帰りたいだけだ!」


 そんな特別にはなりたくない!

 ハルトは面倒なことが起きるのは嫌だった。

 臆病者だと言われてもいい。


「知っている。だから、お前は意志を貫き通せと言っているんだ」


「つまり……何がいいたいんだよ」


「周りの者を見捨てる覚悟をしろ。じゃなければお前は自分の意志を貫くことはできないどころかこの世界で死ぬだろうな」


 そんなこと……余裕だ。

 と、言いたかった。でもハルトは言えない。口は結び付けられたかのように堅牢に開こうとしない。


「お前は優しいんだ。だから、色々な民から愛される。現に昨日の祝いを見ただろう? 様々な種族がお前のことを心から祝った。来たくなければ無理して来なくてもいいと伝えてあるのにほとんどの種族が来た」


「……困ってる人を見捨てろって言いたいんだな」


「極端に言うならな」


 つまり、百人困ってる人がいたら半分くらいは無視しろと言いたいのだろうとハルトは解釈する。

 それなら、問題はないと思う。

 ハルトは正義のヒーローじゃないし、勇者でも何でもないのだから。

 

「随分とつまらないことで時間を潰したぜ」


 ハルトの独り言に近い呟きにレングはにこっと笑ってみせる。


「もしも、困ったら俺のところに戻って来い。力になってやる」


 ハルトは……こみ上げてくる嬉しさからくる涙を抑えきれなくなってきた。

 今までの言葉もすべてハルトを思ってのことだったのは分かっている。

 それが余計にハルトの涙腺を攻撃している。

 泣いている所を見せるのは嫌だったので顔を背けて歩き出そうとする。


「元気でな」


 レングは最後に見送りの言葉を投げてくる。

 ハルトは、何も返さずに行こうとしたが、足を止める。


(いいのか?)


 今言わなきゃ後悔する。

 それが分かっていたから、振り返りハルトは声をあげる。


「ありが、とう。今まで面倒見てくれて。右も左も分からない俺の言うことを信じて村に置いてくれて、ありがとう」


 レングに向き直り勢いよく頭を下げる。

 目からこぼれる涙を見られるのは嫌だったので、下を向いたままだ。

 地面が少しずつ湿っていくのをレングは何も言わずに、そして森の中へと戻っていったのを足音で把握した。

 これから、一人、か。

 ハルトはそう考えると心に穴が開いたような、冷たい風が吹き荒れた。


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