18話 決心
ハルトは現在隣にいるアンリュとのデート(うぬぼれ)を楽しんでいる。
といってもまだ始まったばかりだ。
「どこか見たいところとかありますか?」
騒がしい街中をなんの目的もなく歩いていたハルトにアンリュが聞く。
武器も防具もほしいものがないハルトはすぐに答えをはじき出せない。
「見たいところは特には。アンリュが行きたいところでいいぜ」
大体街は把握した。
前の街――ハルカニアとほとんど建物の配置が同じなのだ。
ギルドが中心にあって、包囲するように周りに武器、防具などの冒険者に必要な店が集まる。
もちろんギルドから離れた場所にもあるがやはり集中するのはギルド周辺。
違うとしたらいかがわしい店がないというところだろう。
「なら、防具見にいきましょう!」
元気すぎるアンリュに気圧されながらついていく。
スクルの街は人口が多いからか店の量も半端ない。
あちこちからかかる声に苦笑を絶えず浮かべていると、
「ここが、私が毎回買いにくる防具屋です」
アンリュが両手で示した先には二階建ての店がある。
外から見える中の様子では一階が店のようだ。
盾や鎧が飾ってあったり無造作に置かれていたりとハルトは買うつもりはないけど興味をそそられて中に入ってみたいという気持ちが強くなる。
アンリュがガラスのドアを押しあける。
「おじいさーん。遊びに来ましたよー!」
入店一番に叫ぶアンリュに他の客が視線を向けるがすぐにそっぽを向く。
何人か学園の制服を着ている人がいる。
手に持って色々な場所を確認していたり、試しに装備してみたりとみんな熱心に防具選びに励んでいる。
「やぁやぁ、アンリュ久しぶりだねぇ」
アンリュの近くに五十代ほどのがたいのいい人が来る。
お父さんだろうか?
「そうですね。一週間ぐらい来てませんでしたね」
「最近調子はどうだい?」
「問題ないです」
二人が楽しそうに談笑しているのを邪魔するわけにはいかないので防具を見て回ることに。
兜に鎧に篭手や盾といったオーソドックスな防具に心が躍る。
ここにきて今までで一番のファンタジーを感じている。
やっぱりこういった店で装備を整えたりするのは楽しいだろうな。
無駄使いはしたくないので手に取るだけの冷やかしをしているハルトだが顔は楽しそうだ。
「ハルトさん? 何かいいものありましたか?」
「わかんね。もう話さなくていいのか?」
ハルトに良し悪しなんて分かるはずがない。
防具屋に入ったのが初めてなのだから。
「ええ、近況報告だけですからね」
「あの人ってお父さんか何か?」
「私のお父さんの知り合いです」
親戚か。
ハルトは苦笑する。
防具を見にきたのではなく、おじさんに会うためにきたのか。
「じゃあ、ここに来た目的は終わったってことか」
「はい。飽きたら別の場所に移動しますか?」
「なら、もう少し見たら武器屋に行こうぜ」
「分かりました」
ふと、思ったことがある。
この世界ではデートとかないのだろうか。
あるとしたら一体何をするのが普通なのだろうか。
遊園地や映画館があるわけではない。
モンスター蔓延るフィールドでも散歩して愛を語らうのか?
危険すぎるな。
ハルトは色々考えてみたが分からなかった
娯楽といったら本しかないこの世界はそこだけに気をとられると急につまらないものに変わる。
一通り防具をみていくつか気になるものもあったが買うことはない。
次に向かった武器屋でも同じように時間を潰した。
午前も終わりに近づいた。太陽が一番高いところに昇るときのことだった。
そろそろ寮に戻るかなどと話していたハルトたちは進向方向に人だかりができているのに気づく。
二人は顔を見合わせてからすぐさま野次馬に混ざる。
そこでは、何人かの柄の悪そうな男が武器を構えていた。
そして、ハルトは中央に立っている男の顔を認識して全身が震えた。
ハルカニアを出発する前に絡んできた男。
名前は知らないがギルド『スクリーム』のBランクの男だ。
「ったくよぉ。こんなところに人集めてどうすんだよ、副リーダー」
Bランクの男の脇に立つ一人が副リーダーとBランクの男に言う。
副リーダー。
ギルドで二番目に偉い男だ。
の割りにあまり強くなかったが。
「俺をこけにしやがった男を痛めるに決まってんだろ?」
「デボッシュ一人でできないのか?」
Bランクの男は副リーダーで名前はデボッシュ。
RPG序盤に出てきそうな弱そうな名前だとハルトは思った。
左に立っていた男がデボッシュにつまらなそうに進言すると、
「できるけどな。どうせならここのいきがってる学生さんたちを虐めるのも面白そうだったからな。てめーらを連れてきたんだよ」
「楽しいことはみんなでやるもんだろ」と下卑た顔を作り他の二人もつられるようにして高らかに笑う。
一緒にいて虫唾が走るような連中だ。
「アンリュ。さっさと離れよう」
「……助けないのですか?」
助ける? 誰を?
スクリームの男三人の前には体を傷だらけにして顔を伏せているスクルの学生三人が倒れている。
いくら戦い方を学んでいるとはいえ彼らでは歯が立たないようだ。
「あいつらには同情するけどさ。俺が出しゃばったらあいつらのプライドまでも壊すだろ?」
ハルトは戦いたくない。
それにデボッシュの口ぶりからハルトを狙っていることが分かる。
わざわざこちらから姿を見せたくはない
無駄な争いごとは避けたかった。。
「それでも、助けましょうよ」
食い下がってくるアンリュの姿に誰かの幻影が被る。
……イーティだ。
今のアンリュはあの時のイーティに似ている。
(なんで、お前等はそんなに強いんだよ)
「俺は、あいつらのことを知らない。助ける義理なんてない……!」
戦って負けることはない。
怖いのは、助けた分だけ背負うものが増えてしまう。
現に今だってそうだ。
美少女だからと助けたイーティの護衛を頼まれたり、サウザンドウルフから助けた少女はこうして恩返しとばかりにハルトに構っている。
さらに厄介な事件までも持ち込みそうになっている。
「なら、私をどうして助けてくれたんですか?」
どうしてだ?
あの時は、夢だと思っていたから? その前に夢じゃないと分かっていた。
美少女だから? それは、半分正解だと思うけど満点ではない。
たぶん、目の前で命が失われることが嫌だったからだ。
「死にそうだったからだよ。だけど、あいつらは違うだろ? ここで我慢すれば怪我だけで済む」
現に、人だかりができているにも関わらず誰も助けようとしない。
同じ学園の生徒もちらほらと窺えるが誰も助けに行こうとはしない。
ハルトの行動は間違っていない、この世界でも、地球でも。
あまりにも正しいつまらない人生を送ることになるが。
「目の前で困っているのに助けないんですか? もし、あなたが困っていて誰かがあなたに気づいて無視したらどう思うんですか?」
それは、なんで助けてくれないんだとか思うだろう。
自分が不幸なのになんで無視するんだって。
相手に取っちゃ助ける義理がないのだから、それは押し付けてるだけだ。
傲慢な意見だ。
困っている者は自分の不幸から目を逸らしてるだけだ。
人は一人で生きていくもの。
一人でどうにかしなきゃならない。
「俺には……やらなきゃいけないことがあるんだよ。そんなちっちゃいことに構ってられない」
地球に帰る、帰りたい。
そんなことに比べたらここで大怪我してるあいつらは小さい問題だろ?
ハルトが見下すように笑う。
あいつらには帰る場所があり、友がいる。
それがどれだけ幸福なことか知らないから、偽善的な言葉を並べられるんだ。
「ちっちゃいこと? それ本当に言っているんですか?」
アンリュの感情に起伏がなくなっていく。
何も感じられない言葉に驚き顔をあげると。
ハルトに冷たい視線をぶつける少女がいた。
視線に耐えられず――顔を下に向ける。
「……助けてくれた、私の勇者だったのに。かっこよかったのは……勘違いだったんですね」
気落ちした声をあげるアンリュ。
そういってアンリュは前にいる人を押しやりながら突っ込んだ。
助けに、行ったのだろう。
ハルトはアンリュに対して怒りが生まれていた。
勝手なことばかり言いやがって。何も知らない癖に。
俺は、自分の事で手一杯なんだよ。他人の面倒を見る暇なんてないんだよ。
なのに、なのに。
俺が悪いのか? 答えを出そうとしても出てこない。
悩んでいることさえも億劫になる。やることがなかったハルトは飛び出していったアンリュの後を追う。
何で、見にいくのか。
勝てずに負けるところを嘲笑うために?
結局そうなるんだよといいたいからか?
自分で自分の行動が分からない。
「さてと、世界の厳しさでも教えてやりますかねぇ」
デボッシュが大剣ではない、小型の剣を腰から抜き取り戦慄している男の首元に持っていく。
体の中で何かが渦を巻く。
目の前で失われてしまうだろう命を見て、飛び出したくなる。
「フィールドで負けたら全員モンスターの餌だぜ?」
「なら、あなたが餌になるんです!」
アンリュが雑踏から飛び出し、既に準備を整えていたのか魔法――黄色い線のようなものを飛ばしてデボッシュに当てる。
雷属性の魔法。ひゅんと風を切る音がしたと同時にデボッシュに三つの光が飛んでいく。
不意打ちの一撃だったがデボッシュは反射的に剣を構えて二つを弾き落とす。
今ので倒れてくれればいいのに――歯噛みする。
一撃で仕留められたら、アンリュが無駄に傷つくことなく終わっていたはずだ。
「誰だてめぇっ!」
「あなたこそ、誰ですか? ここはギルド『スクル』が治める街ですよ。勝手な行動をすればあなた方のギルドに迷惑がかかりますよ?」
穏便に済ませるためにアンリュは精一杯威圧するように声を発している。
駄目だ。あいつらにはそんな言葉は通じない。
あいつらは誰に迷惑をかけようともお構いなしな連中だ。
ギルド『スクリーム』なのだから。
「先に攻撃したんだからてめぇが悪ぃよなぁっ!」
小剣を仕舞い、背中につけている大剣に切り替える。
男の脇を固めている二名もそれぞれの武器を構える。
右が短剣に、左が杖。
スピードで翻弄する者と魔法で援護する者の二名。
「さきに仕掛けたのはそちらですよ?」
アンリュはふたたび魔法を詠唱するが、
「させっかよっ!」
大剣を頭上からアンリュに振り下ろす。
喰らえば即死となる一撃にアンリュは怯えるように横に転がる。
「おせぇっ!」
短剣の男が素早い刺突を繰り出し、アンリュはそれをぎりぎりで取り出した同じく短剣の腹で受けるが態勢が悪い。
弾かれる。
「フレイムランス!」
詠唱を終えた杖を持った男の魔法がアンリュに飛ぶ。
体を起き上がらせようとしていたところに熱を持った一メートルほどの槍が当たる。
「きゃっ」と悲鳴をあげてアンリュは体から煙をあげて、弾け飛ぶ。
ほら、言ったとおり負けた。
あまりにも予想通りの展開に冷笑を浮かべる。
余計なものまで、背負い込めばこうなるんだ。
自分の身の丈にあった生き方をしなければいつか滅びる。
俺は、利口で、間違っていないはずなのに……なぜか、心には冷たい風が吹き荒れる。
豪雨となり、体を冷やしていく。顔に浮かんだ笑みはいつしか、自分を嘲るようなものに変わっていく。
逃げているのは、俺か?
背負うのが怖くて、頼られるのが嫌で、何もかも捨てて自分の事を優先しているクズは……俺だ。
ここにいる誰よりもクズだ。
あそこでアンリュをいたぶっている三人のほうがまだ人間らしく生きている。
間違った方向に進んでいても、あいつらはしっかりとした人間。
俺は、自分の感情を捨てたロボットになっている。
アンリュは、まだ戦うつもりなのか、短剣で支えながらゆっくりと立ち上がった。
また、イーティと被った。
体からは煙が出ている割に目だった火傷はない。
よかったと安心する。
だが、あのままなら必ず怪我をする。
想像したくはない光景が頭に浮かんできて、慌てて振りとばす。
それをどうにかする方法は、ある。
だけど、だけど……。
悩みが渦巻く中で、ハルトの心に確かに生まれた言葉があった。
逃げたくない。
イーティや、アンリュのような自分に嘘をつかないで生きたい。
自分の気持ちをしっかり外に吐き出したい。
変わりたい。
腰にある鞘に納まった剣を手にもつ。
気持ちが高揚する。今なら何でもできる気がする。
ハルトはパンと顔を叩き、気合を入れる。
「とりあえず、軽く気絶させてから連れていくか」
デボッシュがアンリュを品定めするように舌なめずりしている。
それを視界の外に飛ばしながら、人ごみを移動して、三人の死角――後ろ側に回る。
まずは、一番厄介な魔法使い。
俺は一度目を瞑り心を落ち着かせる。
力では俺が勝ってるんだ。
飛び出して、柄を魔法使いの男の背に埋める。
骨がいくつか折れる振動が刀を伝ってハルトの手に届く。
「……ぐがっ!?」
男は悲鳴をあげて口から泡を吹いてぶっ倒れた。
悲鳴に気づいて真っ先にこちらへ振り向いた短剣男が剣を突き出してくる。
ハルトはそれを見切り、左手で白羽取りしながら右手の刀で顔面を突く。
顔面に沈んだ刀をすぐさま引っこ抜いて、遅れ気味に反応したデボッシュに跳びかかる。
一撃目を大剣に弾かれる。
「あん時のようにはいかねぇぞ、ガキ!」
デボッシュはなぎ払いを放つ。
ハルトは膝を曲げ、攻撃を避けると同時に回転する。
遠心力をプラスした足払いをお見舞いする。
見事にくらったデボッシュは体を宙に躍らせる。
ハルトは両手でしっかりと刀を握りなおし、刀の先を、デボッシュの腹へと殴りつける。
めき、とデボッシュの体が悲鳴をあげハルトの目の前から消え去るように民家の壁に激突する。
衝撃で崩れた瓦礫の破片がデボッシュの頭を飾る。
「ふぅ」
ハルトは頭の中で描いたシミュレーションどおりに事が動いたのに満足する。
あっという間の制圧に集まっている人々も何もいわずにぽかんとしている。
「アンリュ。大丈夫か?」
まだ、何が起きているのか分からないアンリュに肩を貸す。
さすがにダメージは結構残っているようで一人で立つのは難しいようだ。
「え、ええと。助けてくれたのですか?」
先程失ったハルトへの期待を込めた視線に、やっぱりまだ慣れないなと顔を逸らす。
かっこ悪いところを見せたハルトは、彼女を直視出来ない。
「ま、結果だけみれば、な」
どちらかというとこちらが助けられたというか。
このままロボットのように生きていただろうハルトの考え方を変えてくれた。
助けてもらったのはむしろハルトのほうだった。
「二人とも、大丈夫ですか?」
警備員が三名ほどやってくる。
なんだよ、とハルトは口をすぼめる。
俺が何もしなくても、事件は解決していたのかよ。
無駄に出しゃばっちまったなぁ。
「俺は問題ないけど、こっちはちょっと疲れてるみたいだな。俺はこの子を連れて行くからここの後始末頼むわ」
やってきた警備員に告げると、分かりましたと返事をくれる。
固まっていたギャラリーはまるでそうしないといけないかのように拍手を始める。
「学園にいきゃ、治療してもらえんの?」
「はい、たぶん……」
と。
突然全体重がハルトにかかったのでもしや、と思うと。
疲労で眠ってしまったようだ。
ハルトはくっくっくと笑う。
全く、イーティと似てんなこいつ。
仕方なく、おんぶして 連れていく。
前言撤回。
イーティとは圧倒的に違う物があった。
――胸気持ちいい。