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17話 朝食

 次の日の朝。

 元気メイドに起こしてもらい、食堂へ。

 ハルトは今、男子寮のほうの食堂にいる。

 食堂はかなり大きい。四人用の机や、二人用の机などたくさんあり、壁際にはいくつもの料理が置かれている。

 バイキング形式のようで、学園の生徒たちは好き放題に用意された皿を手に取り盛っている。

 ハルトも並び、隣にいるアンリュと元気メイドも後に続く。

 男子寮の食堂なのにアンリュがいるのは付き添い、だそうだ。

 元気メイドがいるから別に大丈夫だと断ったが、ついてくるとしつこかった。

 いつもはいない女子がいることに男子用食堂で食事をしていた男子共が揃って視線を浴びせてくる。

 アンリュは可愛いから理由も頷ける。何よりも胸が遠くからでも分かるほどにでかい。

 食堂にいる大半の男子の目はアンリュに集中している。

 ハルトにはてめぇ誰だよとばかりに眼を飛ばしてくる。

 すれ違うたびにハルトは相手から威圧されるんだ。

 何も悪いことしてないのに……。

 ハルトは目玉焼きとパン、さらにハムをさらに盛って席を探しに行こうとすると、アンリュから袖をつかまれる。


「ちゃんと野菜も食べたほうがいいですよ?」


 にっこりと、結構大き目の皿に山盛りに野菜が。

 ハルトは顔の筋肉は膠着して、ぴくぴくとヒクつく。

 野菜。ハルトの大嫌いなもの。高校生であるハルトが食べられる野菜はトマトときゅうりくらいだ。

 カレーに入っていればにんじん、じゃがいもなども食べられる。

 皿に盛られたのはレタスに近い葉っぱたち。ドレッシングのようなものもかけてくれているけど、ハルトはそれをおいしく召し上がるなんてこと無理に近い。

 ここに止まっているわけにも行かず、アンリュから受け取り席を探す。

 まだ朝も早いということだけあって人は少ない。

 

「ハルトさんはギルド『スクル』に入ったんですか?」


 目を爛々と輝かせて、向かい側に座っているアンリュが覗き込んでくる。

 近い。アンリュの瞳にハルトの目が映っているのが分かるほどの距離だ。

 女子特有の嗅いでいると背中の辺りがむずむずする香りがしたので、ハルトは体を気持ち後ろに傾ける。


「入ってねぇーよ」


 どこにも入るつもりはないと、付け足して朝食に手をつける。

 ちびちびと野菜の山をつついては鼻をつまんで食べていく。

 ハルトが野菜を我慢して食べているのをアンリュが楽しそうに見ているのを確認してやっぱりSだなぁと胸奥で泣いた。


「そうなんですか。ならなんでここにいるんですか?」


 若干先程よりも沈んだ声を出すアンリュに首を傾げながら理由を考える。

 本当の事を言えば『異世界の情報を手に入れるために図書館に来たんだよ』だ。

 だけど、別にわざわざ伝える必要もないよな。

 異世界について色々突っかかられた面倒だし。


「ちょっとした依頼。スクルさんに用があったんだよ」


 あながち間違ってはいない。


「へぇ。そうなんですか。それじゃ、一緒に街に行きましょう! 案内しますっ」


 ハルトは善意な言葉にうっと呻く。

 ハルトとしては図書館に篭りたい。

 あまり成果は芳しくないが、昨日本の魅力に目覚めたハルトとしては掘り出し物を見つけたい。

 第一ハルトは一つの物事に集中できる期間が短い。

 何か好きなものを見つけても次の日には飽きていることも多いので、今のうちにできるだけ探しておきたいのだ。


「アンリュさん」


 と、二人用の席の近くに一人の男子が近づいてくる。

 アンリュは男を認めてうぐっと怯み、イスごと後退する。

 男は髪をかきあげながら、テーブルの食事のない場所に腰かけ、目を閉じる。

 目を閉じている男の姿はかっこいいと思う。ここが女子用の食堂なら色めきたっていただろう。

 男はまるで、自分が行った動きに感動しているように見える。

 長い金色の髪が近くを通り、イーティのほうが何億倍もいい髪してるようなぁと失礼なことを考える。


「今日の、ダンジョンの件はどうですか?」


「ダンジョン?」


 何だそりゃと首を傾げる。学園を歩きながら度々聞いていたが、はっきりと耳にしたのは初めてだ。

 男はハルトのことなど見えていないのか、そこらの女よりも長い髪をだらけるようにテーブルに乗っける。

 聞ける雰囲気ではなさそうだ。

 おーい、サラダに髪がつきそうですよ。ハルトが口の中で呟くが聞こえるはずがない。

 そこで、ハルトは素晴らしいことを思いつく。

 サラダが乗ってしまっている皿を右手でゆっくりとずらしていく。

 元気メイドは朝食を取りに行っている。アンリュがいるからゆっくりしてきていいと命令しておいたのだ。

 

「え、ええとそれはこの前断ったんですけど……」

 

「もう一度! 考えてもらえませんか?」


 男がテーブルを叩いてアンリュに顔を寄せている。

 尊敬できる態度だ。ハルトはあんな風に女の子に迫ることは出来ない。

 肩を組んだりとかはできるが正面きって女の子――人に顔を向けることが苦手だ。

 サラダが乗っている皿を音を出さずに動かし、男の髪の先がわずかにドレッシングで汚れる。

 よし。ハルトは思わずガッツポーズ。

 もう少しで、俺はこのサラダを食べなくて済む!

 ハルトが考えた作戦はこうだ。

 男の髪がサラダにあたる。

 そんな汚い物を食いたくない。

 結果食べなくてすむ。

 あまりにも陳腐な作戦だ。

 照らされた道を突っ走るようにハルトは慎重に皿を動かす。


「わ、私……用があるんです」


「用? どんな用ですか? 一緒についていきましょう」


 男のズボンに皿が当たる。しまったと口に手をやるが、男は気づいていないので次の工程に進む。

 男の上着の無駄に長い裾をつまみ、サラダにべちゃ。

 アンリュからは死角で見えてないし、男はアンリュと話すのに忙しいようだ。 

 というか、何の話しているのだろうか。

 もう、サラダは食べられなくなったと思うので二人の関係を探るハルト。

 男は……口説いているのか?

 アンリュは困ったように両手を前に出して振っている。

 時々こちらに助けを求めるように目を動かしてくるが、何を助ければいいのか分からない。

 男に対して困っているのか?

 髪の先と服の裾がドレッシング臭い男の何に……。

 ぽんと手を打つ。

 ああ、ドレッシング臭いのか。

 男は感知していないが体からはドレッシングの臭いが凄まじい。

 アンリュもじわじわ近づいてくる男の臭いに苦しんでいるのか。

 悪い事をしたな。

 ごめんと頷くように軽く頭を下げる。

 途端にアンリュはぱぁっと顔を咲かせる。


「そ、その。私ハルトさん――この人と一緒に街にでかけるんで、無理なんです」


 まさか話をふられるとは思っていなかったので口が縦長に開いてしまう。

 何もしてないはずだ。

 少なくともハルトは『俺に頼ってくれ』なんて言葉にしていない。

 男は、ハルトさんとかいう人を憎たらしげに見ている。

 

「貴様が、ハルトさんか。おい、俺はアンリュさんと用事があるんだ。さっさと出ていけ」


「出ていけってまだ食事中なんだけど?」


「好きなだけ持っていって部屋で食っていろ。それにお前のようなゴミはそこらに生えている草でも食っていれば十分だろうが」


 こ、こいつ……! 比較的温厚なハルトでもかちんとくる態度にこめかみ辺りの青筋がうずく。

 女と男の扱いのレベルが違いすぎる。

 それでも、ハルトはひくつかせながらも笑みを携える。


「なら、てめぇの髪はなんだよ。ドレッシングかけてサラダか? むしゃむしゃ頂いてやろうか!? サラダ嫌いだけどよっ!」


 いつもどおりの冷静な俺で返事をしてやる。

 ハルトの言葉に男は「髪?」と疑問符を浮かべながら自分の現状を知り、顔を真っ赤にする。


「き、貴様! いつのまにドレッシングをかけたんだっ!」


「言いがかりはやめてくれよ。俺がやった証拠がどこにある?」


「貴様以外に僕の近くには誰もいない! よって貴様が犯人だ!」


「あっそ。まあ、そこは割りとどうでもいいや」


 ハルトはこいつがあまり頭が良くないのだと理解して一気に頭が冷めていく。

 元々別に熱を持ってたわけじゃないけど。


「なんだとっ」


 胸倉を掴んでくるがハルトは抵抗せずにアンリュを一瞥する。

 アンリュは心配そうに瞳を揺らす。

 やっぱり、こういうのは苦手だ。

 アンリュとこの男がどういった関係なのかは知らないけど、アンリュが――美少女が困っている姿を放っておくのは心に鈍い痛みがやってくる。

 お人よしなのかも、美少女限定で。

 一度助けて頼られてしまっているのもあるな。

 この程度なら別にいいが。


「とりあえず、アンリュは俺と用があるの。分かったら、また後日にでも、な」


 多少睨みを強くすると、一瞬怯む。

 それでもまた突っかかってくる。


「認められるか。貴様がアンリュさんを喜ばせるなんて不可能だ」


「それって、失礼なんだけど、分かる?」


「僕はこの学校で最上級生だ。偉いのだから失礼ではない。むしろ貴様の態度のほうが失礼だ」


 最上級生。それだけでここまで威張るとは考えられないのである程度の実力も備えているはずだ。

 それにしてもな、いくら強くても人間が出来てないと将来苦労する。 

 多くの生徒がいるから一人一人を見るのは大変なんだろう。

 けどもうちょっとどうにかしないといつか悪い噂が出るな。

 ギルド『スクル』を出た人は協力できないクズだとかな。

 ハルトはスクルに後で報告しようと思いながら、言い捨てる。


「俺は生憎ここの生徒じゃないからな。そんなもんに縛られねぇよ」


「だが、冒険者は実力がすべてだ。僕より弱い貴様は僕にひれ伏すのが道理だと思うが?」


「どこの世界の道理だよ……」


 駄目だ。

 相手には常識が欠如している。この世界の常識は知らないので地球の常識に当てはめてだ。


「とにかく、これ以上汚らわしい顔で、手で、僕のアンリュさんを貶めないでくれ」


 説得は厳しい。

 喧嘩は嫌いだが、こういった輩は力を見せなければ分からない。

 本人が実力主義と言っていることからも分かるように。

 多少の実力行使は仕方ないのかもしれない。


「アンリュさんを貶めないでくれっていってるけどさ。こうやって言い争ってること事態が問題だと思うんだけど?」


「だから貴様に消えろと命令しているんだ。いい加減その腐った小さい脳で理解しろ、雑魚が」


 さっきからまともに聞いてたら疲れると思って流してきたけどさすがに流すのも疲れてきた。

 一度敗北を味わったほうが彼のためになるなとハルトは考えた。

 仕方ないと席を立つと、「やっと消える気になったか、のろまの愚図めが」と呟いたのでぶん殴ってやろうと男の背後に回り込んだら。

 男がハルトの胸に飛び込んできた。

 「ぐべぼっ!」とか謎の呪文を唱えながらハルトを巻き込んだ男を先程の微弱な怒りを込めて横殴り。

 人間雑巾がけ。

 拭いているものが汚いのでさらに悪くなる。


「いい加減、言わせてもらいますよ! あなたなんかより何十倍もハルトさんは強いし、優しい、かっこいいし、裏表ないんですよ! あなたはうざいところしかないんです! これ以上私の周りをうろつかないでください! 気持ち悪い! 消えてください!」


 拳を固めて、肩を怒らせているアンリュ。

 俺のために、怒ったのか?

 別に怒らなくてもまもなく俺がキレていたのだからという気持ちもハルトにはあったが、なんだか嬉しくて頬が緩む。

 叫んだ言葉に僅かに女の本音が混じっていたのをハルトは聞かなかったことにした。


「どうかされたんですか?」


 タイミング的には良くも悪くもある時に元気メイドが戻ってきた。

 ハルトはちょっとしたいざこざだよと元気メイドを誤魔化しながら、食事を再開させる。

 さっきよりもさらに興味の目が増えたが構わずに黙々と食べ進める。

 自分のよそったものを食べ、サラダは男の髪がついたからという理由をあげたら食わなくてもいいことになった。

 ハルトは満面の笑みで食事を終えた。

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