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16話 女の口喧嘩

 食事を終え、男子寮の風呂で体を流して部屋に戻った。

 疲れもとれてふかふかのベットで伸びをしていたハルトは、何をするでもなくごろごろしていた。

 ハルトは今からやる必要のあることを考えてみる。

 刀の整備は必要ない。学園の生徒でないハルトは勉強をする必要もない。

 部屋にいる呪いも別に解決するつもりもない。

 なんでもハルトはこの呪いを解決するためにこの部屋にいることになっている。

 学園の女子生徒は結構呪いについて、まいっていたのでハルトが泊ることを一応は許されているらしい。

 反発のほうも多いが、元気メイドが常に見張っているという条件つきで認可された。

 ハルトに変なことはするつもりも勇気もないので問題はない。


「部屋にいるのやめてくれない?」


 ずっと壁際で置物のように立っている元気メイドのほうへ顔を向ける。


「いえいえ。私は気にしませんよ?」


「誰もあんたの心配はしてねぇーよ! あー、ほら。食事してこいよ」


 食堂にいたときもずっとハルトに張り付いていた。

 風呂に入るときもずっと出口で待機していたようなので、彼女はまだ食事をしていないはずだ。


「私、もう食べましたよ?」


「はぁ? いや、食事する時間なんてなかったじゃん」


「私小食で早食いなんですよ。ハルトさんの食事をとりに行ったときに数秒で食べましたよ?」


「……腹へらねーの?」


「それがメイドの力です」


 そんなメイドを知らないぞ。

 どれだけ優れたメイドでも自分の生理現象を制御できるとは思えない。


「なら、風呂に入ってこいよ」


 とにかく一人の自由な時間が欲しい。

 体を休めるだけでも一人でいるほうが気が楽だ。


「入りましたよ?」


「……もう、何も言わん」


 ハルトが風呂に入った一瞬を狙って浴びたのだろうと当たりをつける。

 この世界のメイドはバケモノだと心中でぼやきながら、ベットを転がる。

 部屋にいても大して休まらないので体を起こす。


「どこかに行くんですか?」


「ちょっと、散歩。この学園って木とかいっぱいあって気持ち良さそうだったからな」


 寮に入る前に確認していた。

 学園の外は草の地面――雑草がぼうぼうとしているのではなくちゃんと整備された――と、多くの木による自然に包まれた場所だ。

 一度息を吸えば肺に溜まる自然の香り。

 体を落ち着かせるには最適だ。

 女子寮を出るまでは元気メイドがついてくるのは仕方ないが散歩まで邪魔するなよと釘を刺しておく。

 ハルトは着いてくる元気メイドを見ながら一生慣れそうにないやと息を吐く。

 寮の階段を下りて一階に行き、元気メイドと一言二言話をしてから外に出る。

 見上げれば澄んだ大気の夜空の星は月の周りを踊っているかのように煌めく。

 何度見ても綺麗な星空だ。

 女子寮からひとまず離れる。

 かといってまだどこに何があるか分からない状態のハルトは女子寮が視界に納まる範囲でしか行動ができない。

 それ以上離れると迷子になってしまい見知らぬ誰かさんに道を尋ねることになってしまう。

 というわけで寮が見える近くの森のように多くの木が繋がっている一角にやってくる。

 ハルトはそこで森からの自然エネルギーを貰うように両手を広げて息を吸い込むと、


「だから! 勝手に行ったあなたが悪いんですよ!?」


 好評ともいえる可愛らしい女性の怒り心頭の声に驚いたハルトは吸い込んだ息がどこか変な場所に入ってしまい、むせる。 

 なんだなんだと、ハルトは騒がしいほうへと歩を進める。


わたくしは悪いと反省してますわ! しつこいんじゃありませんの? この前のモンスター討伐試験で私にタイムが負けた腹いせじゃなくって?」


「な、な……! ふざけないでほしいですね! あなたは戦士タイプなのだから一対一の戦いなら有利なはずですよ。なのにタイムが三十秒程度しか変わらなかったむしろあなたのほうが落ちこぼれなんです!」


「だ、れ、が! 落ちこぼれです? ふざけんじゃないわよっ! あんたこそいっつも男に艶笑浮かべて誘惑してたぶらかす変態色魔がっ!」


 ハルトは、女同士の醜いののしりあいを目撃してしまった。

 というか、木の陰からこっそり窺っていたんだが……一人はイーティだ。

 ただでさえあまり仲のいい状態ではないのにさらにひどくなるようなネタを見つけてしまった。

 イーティと言い合っている女は……どこかで見た覚えがあった。

 どこだったかは覚えていないが、あの胸には印象があるぞ。

 暗くてよく分からないが茶色の髪をした少女だ。

 胸がでかいが背丈はあまり大きくない、顔も幼いいわゆるロリ巨乳だ。

 イーティは口調が崩壊しているのも構わずにさらにどなる。


「そんなんだったらサキュバスにでも生まれてくればよかったんじゃない? あんなみたいな尻軽女ならそっちのほうがお似合いよ。ですわよ!」


 最後に無理やりお嬢様言葉をつけた!

 ハルトはもうその口調やめたほうがいいよと助言してやりたかった。

 一方的にまくしられた相手の少女は遠目からでも分かるほどに顔を引きつらせて、闇を彩るローソクの火のように顔を朱に染める。


「私は! 誰にも秋波を送ってありません! 勝手に相手が勘違いして告白してきたりするんです! それに私には心に決めた好きな人がいるんです!」

 

 へぇー。そりゃ残念だな。

 盗み聞きして落ち込む。

 胸でかいし顔はさっき赤くなったときに見たが上の上くらいの可愛さだった。


「うるさいですわよ!」


「それはこっちの台詞です!」


 二人は、顔をぶつけ合いながら睨みあいを始める。

 今になって後悔しているのは、二人の喧嘩を見なければよかったなというものだ。

 さすがにこのままだとAランクモンスター並みの女同士の醜い戦いが始まってしまいそうなので、かなり不本意だが止めに入ることにする。

 一番あそこに割って入りたくない理由はイーティがいるから。

 もちろん喧嘩気味だからな。相手はそう思ってなくてもハルトには苦手意識が生まれてしまっている。

 イーティとちょっと仲が悪くなっているということさえなければもっと早くに止めに入ったのだけど。


「お二人さん。もう、夜だぜ? 静かにしような」


 突然現れた乱入者に二人はびくりと身構える。

 それぞれがそれぞれの武器に手を伸ばして瞬時に戦えるように。

 さすが学園で学んでるだけあるなと両手をあげて降参のポーズをしながら近づく。


「あ……!」


 少女は俺の顔を見て、ぽつりと色めいた声をもらす。

 イーティは「なんだ、ハルトですの」剣から手を離す。


「よっ、久しぶり。二人ともそろそろ寮に戻ったほうがいいんじゃないのか?」


 ハルトが外に来たときには九時を回っていた。

 門限があるかは知らないがハルトは忠告した。

 こういったときに腕時計があれば楽なのにと胸奥で項垂れる。

 個人用の時計が欲しいことこの上ないがあれは高いので買うとしてももっと先だ。

 今は自分の食費と宿賃を取っておかねばならないので無駄遣いはあまりしたくない。


「……確かにそろそろ門限にもなりますわね」


 どこの世界にも門限はあるんだな。

 イーティが顎に手をやって、それから思い出したように呟く。


「ハルトは、女子寮でしたわね? ……生徒に変なことしていないですわね?」


「信用ないのね、俺」


「そうじゃありませんわよ」


 がっかりだ、と俺が肩を竦ませながらイーティから体をそらす。


「この子は? なんか顔を真っ赤にしてにやにやしてるけど?」


 さっきまで言い合いをしていた少女はハルトの顔を食い入るように見て、それから顔を赤くしたり、頬を押さえながらいやんいやんと体を捻ったりしている。

 少女は……おかしな子だ。

 この世界は美人も多いが美人の大半が残念な部分を持っている。

 いや、欠点がない完璧美少女を望んでいるわけじゃないが欠点がもう少し可愛いものになればいいのにと思ってるんだ。 

 料理が上手じゃなくてそれでも手に絆創膏をつけて弁当を作ってくれるようなのがいいんだ。「あ、あんたのためにつくったんじゃないんだからねっ!」と弁当箱を寄こしてくれるようなものなら最高だ。

 と、ハルトは現実逃避気味に妄想を肥大していると、「あの!」と少女がハルトの前に立つ。


「アンヴェルリュ・フランダと申します! どうぞアンリュって呼んでください、私の勇者様!」


「「私の勇者様?」」


 ハルトとイーティは揃って聞き返す。

 何か知ってるかとイーティに顔を向けると、もしかしてとイーティは眉に皺を寄せる。


「サウザンドウルフに襲われたところを助けてくれた恩人」


「サウザンド、ウルフ……」


 区切りながら言葉とともに初めてこの世界に来た日のことを思い出す。

 そして、あの時に命からがら逃がした少女の顔を思い出す。

 続いて、ハルトは今さっき自分を勇者と呼んだアンリュに目を向けて。

 ――思い出した。

 あの時の少女だ。


「勇者様ー!」


 アンリュは、我慢できないとばかりに飛びついてくる。

 子供が親に甘えるような抱きつきをハルトは避ける暇もなくくらい、背中から地面に落ちる。

 「あぐあっ!」と痛みの声をあげたが、次の瞬間にはそんなことを忘れてしまうほどに幸せなブツに気づいてしまう。



 胸。



 おっぱいだ。ハルトがロリ巨乳と認めただけあって、その胸は爆弾だった。

 ハルトの腹当たりに押し付けられる大きい二つのメロンは、変幻自在のスライムのように様々な姿に形を変えてハルトの理性に攻撃してくる。

 一瞬で顔が熱くなっていく。


「勇者様、勇者様! あの時はありがとうございました! 私はもう、感謝をしてもしきれないくらいにこの再会が嬉しいです!」


「い、いや。俺も今すごく嬉しいけど……」


 ハルトは再会じゃなくて胸の感触が、だけど。

 離れてほしいけど離れてほしくない。

 二つの反発する感情がせめぎあう。

 この態勢はまずい。

 身体中にぞくぞくと自分でも分からないものが駆け上がる。

 このまま彼女を押し倒したい。


「だ、か、ら! 無自覚なそれが色魔と呼ばれる原因ですわー!」


 欲望に飲み込まれかけていたハルトを引っ張り戻してくれたのはイーティだ。

 イーティはアンリュを蹴り飛ばす。

 アンリュはぐわっと目を向き、


「勇者様は別にいいんです、誤解されても! むしろ誤解されたいです!」


 どういう意味だ?

 段々と落ち着きを取り戻してきた頭で考える。

 こちらに色っぽいまなざしを送るアンリュから顔を逸らす。

 つまり、俺も他の男同様に誤解させて、告白をさせてそれを断って快感を覚えるのがアンリュの性癖なのか。

 な、なんてSなんだ。

 計画的犯罪にハルトは恐怖した。もう少しで俺も引っかかりそうだったのかと考えると余計に恐怖が大きくなる。

 アンリュとはもっと距離を置いたほうがいいな。

 後警戒を怠らないようにしないと。

 イーティはアンリュの態度にあきれたとため息を吐き出して、


「もう、寮に帰りますわよ……」


 疲れの色が見えるイーティ。

 ハルトも色々と疲れて、肩を落とす。

 その背中に飛び乗るアンリュ。

 不毛すぎる。

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