14話 図書館
ハルトはまず図書館全体に目を曝す。
壁に備え付けられた本棚や、所々にも本棚があり本棚と本棚の間には道のようなものができている。
さらに図書館内に階段もあり、大きなテラスのようなものもある。
天気のいい日にテラスで本を読むのは気持ちがよさそうだ。
適当な本棚に近づき本を抜き取りぱらぱらとめくってみる。
古い本にある特有の匂いが鼻孔から侵入してくる。手で撫でてみるがほこりを被っているようには見えない。
元気メイドとは図書館に入る前に別れた。
全体を見ての感想はやっぱ本がある空間は苦手だなだった。
本を見ていると頭が痛くなる。
勉強と縁をなくしたいハルトは本を読むことが滅多にない。
適当に本を探していたが、見つかる気配はない。
図書館を管理する司書らしき人が入り口にいたのを思い出して、聞きにいく。
「聞きたいことがあるんですけど……いいですか?」
司書さんは手元から顔をあげる。
最近ずっと思ってたことだけど、異世界の女性は基本綺麗だよな。
きりりとした瞳を覆う眼鏡が特徴的な司書さんは、親しみやすい声で、
「なんでしょうか? 本を探しているのですか?」
と言った。
丁寧な受け答えに好印象を受けたハルトは、流れを断ち切らないように続ける。
「異世界に関する本とかってありませんか? 俺そういうの興味があるんですよ」
「……異世界、ですか。最近は異世界について研究が進められていましたね。あなたもそちらの方面に将来進むおつもりですか?」
好意的な物言いにハルトは笑む。
異世界が研究対象。
いったいギルド本部は何を企んでるいるのか。
異世界に行けるようになったらどうするつもりなのだろうか。
「まあ、そんなところですかね」
嘘はついていない。
将来異世界に帰るつもりなんだから研究するべきだ。
女性は目を瞑って、なにやら呟き始める。
朗々とした声が終わるまで耳を傾ける。
何かの魔法の詠唱のようだ。
「こちらです、どうぞ」
案内を始めて先に歩いている司書に並ぶ。
「今のって魔法ですか?」
「はい。図書館は初めてですか?」
「えぇ、まあ」
地球では小学校にある図書室がハルトにとっての最後だ。
授業で使う以外、自分の意志で訪れたのは数年ぶりだ。
本とかはラノベ以外あまり読まないハルトだ。
読書感想文は漫画ありにするべきだと思う。
「司書になるためにはサーチの魔法が必須条件なんです」
「サーチ?」
「物の居場所が分かる魔法です。私はこれを覚えてから家で物をなくすことはなくなりました。便利です」
今の台詞後半いらない。
司書は頬を僅かに染めて、
「後半は忘れてください」
僅かに早歩きになる。
なるほど、後半のことはよく覚えておかねばと脳内にメモする。
「着きました。このスペースには何回も異世界という単語が含まれている本ばかりです」
「ありがとうございます」
お礼の心は忘れない。それがどこの世界でも。
怒られ慣れているイーティのぴしっとしたお辞儀を頭に浮かべながら腰を折る。
「いえ、これが仕事です。失礼します」
業務的に言葉を残して司書さんは去っていく。
司書さんからは早々に視線を外し、ハルトは目の前の本棚を見上げる。
多くはないが、少なくもない。
全部に目を通すのは今日中では不可能だ。
流し読みで気になる箇所だけを確認する方法なら三日ほどあれば終わりそうだ。
ただそれはあくまで集中力が持って一日中イスに座り続けるならの話。
あいにく、ハルトにそんな作業はできない。
始まれば、一時間程度は持つけど一時間が限界だ。
先が長そうだが、それでも目の前にやるべきことがある。
何もない場所を手探りするよりかはましだ。
この本の中にきっかけ程度でいいので見つかることを祈りながら、本を手に取って開いていく。
六時間後。
ハルトは手に持っていた本のタイトルをもう一度確認。
読後の感動に耽っていた。
『異世界冒険日記』分かりやすいタイトルのこれはこの世界の娯楽商品――小説だ。
気になったので手に取ったら面白くてどんどん読んでいってしまった。
内容は主人公がこの世界の人で異世界に迷い込むというもの。
今のハルトの逆バージョンだ。
あとは今のハルトと似たような状況だ。
帰るために旅に出て様々な苦難を乗り越えて無事元の世界に帰られた主人公によかったなぁと感情移入しまくりだった。
読み終わっての感想はよかったね帰れてというものだが、ハルトはやっちまったと額に手を送る。
俺は、何のために……図書館に篭ったんだ……!
この世界の作品に感動するためではなかったはずだ。
「そろそろ、夜になりますけど……まだ残っていきますか?」
声がしたと思ったら背後に司書が立っていた。
気配が全くしなかったことに驚きだ。司書になるには気配を断つスキルとかも必要なのかもと肝を冷やす。
司書の声によりハルトは意識を現実に戻した。
そして、図書室の窓の外を見て、口をあんぐり。
太陽が落ちはじめて夕陽をはなっていた。
夕陽もそろそろ完全に沈みそうなぐらいだ。
つまり、夜になる。
いつの間に?
俺は時間を飛んだのか?
戸惑っているハルトに司書はくすくすと口元に手をやる。
「よっぽど本が好きなんですね。途中何度か話しかけましたが、全部無視されましたよ?」
「え……そのすみません」
「いえいえ。本を好きな人は好きですよ?」
いや、本別に好きじゃないけど。
だけどこの人に好いてもらえるなら嘘でもついておこう。
「まぁ、本には色々詰まってますからね。読んでて疲れるときもありますけど」
「そうですね。そういえば先程学園長のメイドが『宿はどうするんだい? 学園に泊まってく?』と伝えに来ましたよ? 会いに行かれたほうがいいのでは?」
宿とか考えていなかったハルトには嬉しい申し出だった。
「それっていつ頃ですか?」
司書さんは悩む素振りを見せてから、
「一時間ほど前ですかね」
一時間か。
学園長に会うためにまずは読んだ本を元に戻していく。
読むだけ読んで片付けていなかったので、結構な本が机に積まれていた。
だけど、司書も手伝ってくれたのでそれほど時間をかけずにしまい終えた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それじゃあ」
司書さんと別れ、図書室を後にした。
学園長室までの道はうろ覚えだけど問題ない、と思う。
あまりにも大きいが学園長室は階段を登った先にあったので、まずは上へ目指す。
来るときはメイドと話していたので周りにあまり目が行っていなかった。
今改めて周囲に意識を送ってみると、似たような服を着た人がいた。
ハルトと同い年程度のこの学校の生徒。
男二人と女一人のグループがこちらを興味津々とばかりに目を注いでくるので少し恥ずかしい。
人に見られるのはあまり喜ばしくない物だ。
それにしても、異世界の学校にも制服ってあるのなとハルトは驚嘆する。
男二人が似たような服を着ているので制服と認定していいだろう。
軽く頭をさげてから、
「学園長室に案内してくれない?」
迷子じゃない。ただ時間の短縮のためにだ。
心優しい三名は嫌な顔をせずに、案内をしてくれた。
ハルトがいた階層からさらに一つ上にあがる。
学園長室は四階にある。図書室は一階だから、階段を相当のぼった。
三人に感謝をして学園長室に入る。
ノックをすると、「どうぞ」と声がしたのであける。
「やぁ。どうだった?」
図書館での収穫のことを聞いているようだ。
ハルトは嬉々として『異世界冒険日記』について話しだした。
学園長も知っていたようで話に花が咲き、さらに『異世界冒険記』を知らなかった元気メイドさんに二人がかりで読んだほうがいいといい続けた。
最後には「あ、あとで読んでみます」と好感触な返事を頂けた。
「それで、今日はここに泊っていくのかい?」
「えっと、タダなら」
ハルトの現金な言葉に学園長は面白そうに腹を抱えた。
「はっはっはっは。もちろんだよ。そこで、イーティの部屋の近くが空いているので、そこを使えるようにしておいたよ」
イーティか。
同じ部屋ではないから気にすることではないと思うが、あまり会いたくない。
喧嘩したわけではないが、仲違いしたままなんだよな。
二人だけで合うとちょっと気まずい。イーティは対して気にはしていないようだけど。
表面上を取り繕うのは慣れているので上っ面だけで話すことはできる。
考えが合わない者同士が一緒にいるのは大変なのだから、あれでいいとは思うが。
「……寮ってことですよね?」
「ああ、女子寮だ。男の君には最高だと思ったんだけどな。ああ、間違っても襲わないでね? 僕が君を殺さないと行けなくなるからね」
マジだ。
口元は笑っているが両目はしっかりとハルトを威圧している。
年こそいっているが、まだまだ現役ということか。
「用は、生殺しってことですか?」
「いやぁ、そんなことは言ってないよ。ただ、余ってるのはそこぐらいしかなくてね」
タダで泊めてもらうんだから文句は言えないよな。
そもそも男であるハルトにとっては、最高のシチュエーションだから文句なんてあるはずがないが。
「だからって女子寮の風呂とトイレは使わないでね。男子寮まで頑張って」
「遠いんですか?」
「あまり遠くはないけどぎりぎりまで我慢しているとトイレはまずいかな」
少し不便だな。
いきなりの状況が発生したら耐えられない。
「他に何かあるかい?」
「特にありません」
「なら、メイドに案内を任せるよ」
名前が挙がった元気メイドは「はいは~い」と元気一杯な声をあげる。