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12話 『スクリーム』

 馬車には既に人がいた。武器や防具をつけていることから、冒険者だろう。

 馬車には片側からしか乗ること場所がなくそこに人が並んでいる。

 窓の枠のようなものがあるが窓ガラスはなかった。

 運賃を払い、馬車に乗り込みぐるっと見回すようにして人数を数える。

 ハルト達を合わせて七人。

 人数としてはちょうどいい。

 大きな馬車でまだ数人なら乗れる余裕がある。

 これ以上増えると狭くて息苦しくなりそうだが。

 運賃を受け取った運転手は細々とした弱そうな男だ。 

 ゴブリンにさえなぶり殺されそうだ。

 出発まではまだ時間はある。

 とっとと出発してほしい気持ちはあったが、個人の意見を押し通すわけにはいかないのでじっとしている。

 イーティとは少し話しにくい空気が流れている。

 どうにかしようとも思うが、同時にどうせスクルに着くまでなんだからという後ろ向きな考えも浮かぶ。

 ダメダメだな、俺。

 ハルトが自分でもわかるほどにうだうだと考え事していると。

 


「おい、なんで俺様がこんな窮屈な馬車に乗らなきゃいけないんだ!!」


 

 外からの憤怒の声が馬車に響く。

 馬車にいた全員が顔をそちらに向け、ハルトも倣うように顔を向ける。

 そこには、ガラの悪そうな格好をした上半身裸の男がいた。

 背中につけている斧がこちらに見えることから、俺が見えるのは相手の背中だけ。

 ただ、男の両手にはひ弱そうな男が掴みあげられている。

 あれは、運転手の人だ。

 俺は、男の隣にいる女の人に目が移る。

 瞳の色がない。助かることはないという完全なあきらめ。

 俺の身体に嫌悪感が走りそれ以上は見ていられなかった。 

 視線を外す瞬間に見えた首輪を見て、すべてを理解した。


(奴隷……!) 


 話程度は聞いていたが、生で見たのは初めてだった。

 ハルトはこの街で奴隷を販売している店に行ってはいないが、この街にもある。

 奴隷は冒険者の疲れを癒すものという認識があり、必要悪のようなもので認可されている。

 周りの人も男が奴隷を持っていることを確認して、驚きの声を漏らしている。

 冒険者の誰もが奴隷を持っているわけではない。

 現に馬車の内部にいる冒険者は誰一人として持っていない。

 奴隷は、高い。

 奴隷は安いのなら二十万ザールほどだが、普通の冒険者には手が出せる代物ではない。

 奴隷を持っているということはあることを証明する。

 強さ。

 金を稼ぐ一番簡単な方法は高ランクのモンスターを倒すことだ。

 現にハルトは数個の素材で十万ザールを稼いだ。

 ハルトはあれだけあっさり倒せるが普通はあんな風にはいかないのだが。


「そ、その。そういうルールがあるので……」


 軟弱な運転手は一応の抵抗を見せているが、男の体格に萎縮して泣き出しそうだ。


「うるせぇよ。おい! 中に乗ってる冒険者達! 殺されたくなかったら、さっさとでやがれ!」


 男は、運転手から手を離してこちらに向かってくる。ズボンに手を突っ込んでから銀色のカードを取り出す。


「Bランク……」


 隣にいるイーティが呟いた。

 Bランクということは上から三番目。

 馬車にいる人間は全員愕然としながら出口に近い人から出て行く。

 ハルト達もすぐに外に出る。

 ハルトは正義の味方ではないので、何もせずに傍観する。

 問題ごとを起こすのは嫌いだからだ。


「ったく、さっさとしろよテメェッ!」


「うっ……」


 最後の一人が下りるときに蹴られる。

 ハルトはうっと目を逸らしたが、助けには入らない。

 ハルト以外のものも抵抗するものはいない。冒険者間で揉め事が起これば当事者同士でケリをつけるもの。

 そして、こちらはいてもDランク程度の人間しかいない。

 相手のランクに怖気づいている。

 

「ここが五大ギルドの一つが治めてる街かよ。田舎臭くて気もちわりぃぜ」


 男は唾を吐き捨て、馬車に向かう。

 五大ギルド。

 ギルドの中でも優秀な五つのことを言う。ここにはギルド本部も含まれている。

 これから行く学園ギルドはもちろん五大ギルドの一つだ。

 さらにギルド『エスセリアレ』とその二つの計五つだ。

 残りの二つをハルトは知らないが大して興味はない。

 昔は四大ギルドだったが最近新たに一つ増えた……揉め事大好きの迷惑ギルドが増えたという話をハルトは思い出す。


「今の言葉を取り消しなさい!」


 ハルトは頭を抱えた。

 イーティの奴、面倒な事に関わりやがって。

 ついでだけど護衛を受けているのだからハルトも必然的に関わることになってしまう。

 変に逆撫でるようなことはしないでくれよとハルトは念じる。


「あぁん?」


 男は不機嫌そうに顔をこちらに戻し、向かっていた足を止める。

 言葉の発信源を探すように端から睨みを利かせていく。

 イーティはわずかに身体を震わしながら決心するようにもう一度激高する。

 怖いなら、やめろよ。強がって何になるんだよ。

 自分の意志は押し止めれば面倒事に巻き込まれないんだよ。

 もっと利口に生きてくれ。みんながみんなお前みたいな奴じゃないんだよ。

 また、自分との差にいらつきながら耳を傾ける。


「だから、この街を馬鹿にするような発言を取り消しなさいって言ってるんですわよ! 筋肉で耳つぶれて聞こえませんですの!?」


 ぷっとハルトは思わず笑いを堪えそうになる。

 確かに男は筋肉が多く首が埋まっているように見える。

 同様に耳もつぶれているように見える。


「んだ、テメェ。俺を誰だと思ってるんだよ。ギルド『スクリーム』の人間だぞ? そこのBランクだ。テメェは……どうせ生温いギルド『スクル』の人間だろ?」


 ギルドカードを手でもてあそびながら自慢する男。


(ギルド『スクリーム』?)


 確か揉め事大好きの迷惑ギルドがそんな名前だった。


「ギルド『スクリーム』。五大ギルド……」


 イーティが小さく口を動かす。

 五大ギルドか。関わりたくない度が跳ね上がった。

 十代の冒険者は多くが、ギルド『スクル』に所属している。

 イーティの年齢を予想してそういったのだろう。

 

「スクルは、生温くなんてありませんわ! スクリームのような評判の悪いギルドに言われたくありませんわよっ! あんたみたいな下衆な男に馬鹿にされる謂れは、ないですわっ!!」


 『下衆』に敏感に反応した男は顔に眉を寄せて顔を顰める。

 冷静な態度を崩してモンスターに相対するように殺気を放つ。

 ハルトは全然大丈夫だが、周りにいた人間は身体を抱きかかえるように竦んだ。 

 イーティは、感情が昂ぶってはいるおかげか動けなくなることはないようだ。


「おい、そこの女。よくみりゃそれなりの顔つきしてんな。この奴隷は胸はあるが顔はあんまりよくなくて退屈してたところだ。テメェは胸はないみたいだけど……奴隷にするには十分だな」


 げらげらと嘲笑を浮かべてイーティに近づいていく。

 拳を鳴らしながら威圧するようにゆっくりとした動き。

 イーティは今になって放たれている殺気に気づいたのか。

 急に足元をふらつかせて、後退する。


「テメェを使って『スクル』に文句でも言ってみるかね」


 何かを画策しはじめた男にイーティは慌てて否定する。


「『スクル』は、関係ありませんわ……!」


「あぁ? テメェは、いったじゃねぇか。『スクリームのような評判の悪いギルド』ってな。これはどう考えてもギルドに対して喧嘩をふっかけているよな? おい、そこに突っ立ているお前もそう思うだろ」


 おいおい、こんなところで話題を振らないでくれ。

 ハルトも周りの人間にあわせるように地面にへたりこんでおけばよかったと後悔した。

 それと同時にこれ以上話し合っても終わりが見えないと察した。

 変なこというなよとハルトの方を睥睨する男に俺は肩を竦ませる。


「つまり言いたいのはギルドに入っている人間がギルドに入っている人間に喧嘩をふっかけるのは悪いことなんだろ?」


「ああ」


 同然とばかりに頷く。

 ハルトはこれから先の面倒な生活になることを半ば予想して。


「なら、どこのギルドにも所属してない俺なら問題ないだろ?」


 同時に男の顔面に靴先を埋める。

 瞬間移動に近い高速の動きに男は反応できるわけもなく、身体を宙へ。


「俺は臆病で面倒事は嫌いだけどさ」


 空から落ちてくる男の方に向きながら。


「美少女無視するほど野暮な人間でもないんだよ……」


 ふっとかっこつけてみるハルト。

 やっちまったぁと内心で涙ぐむ。

 それに、依頼をされて報酬ももらっちまってるしな。

 実際は依頼だから助けたが九割だ。

 どたっと男が背中から落ちる音と残る冒険者の歓声が同時に響き渡った。

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