10話 街に仕入れ。謝罪。お話。
それなりに大きなこの街は中心にギルド『エスセリアレ』があり、その周囲に様々なギルドがあるのは既に知っているだろう。
ギルドから遠く、門から離れた場所には娼館などもありハルトは興味があったが行くつもりはない。
残りはほぼ民家。
娯楽施設なんてものはない。
ハルトはまず最初に見にいったのは弁当屋だ。
並べられている商品はどれもサンプルで、注文をすると店員がバックパックから取り出してくれるらしい。
そこに並べられる数多の料理はどこかで見た覚えがあるものばかりだ。
ご飯はもちろんあるし、焼きそばもある。
地球と食事のレベルはほとんど変わりはないようで安心した。
食品を買う前に、ふと思う。
買った食べ物はすべてバックパックに入れていくつもりだ。
だが、バックパックは一つしかない。
内部でごちゃ混ぜというわけではないが、なんとなく食料とモンスターの素材を一緒の道具袋に入れるのは憚られた。
先にバックパックを買ったほうがいいと考え、道具屋の露店を探してバックパックを探す。
結構すぐに見つかり値段を尋ねる。
バックパックは魔石を使って作ることから中々に金がかかるものだ。
一番小さい五つまで入るバックパックですら、一万ザールだ。
ハルトはそれを一つ購入した。
イーティの護衛代が吹き飛んだが、金に糸目をつけることはできない。
五種類五つということでマックス二十五個入るバックパックを腰にくくりつける。
これでようやく食料を買うことができる。
まずはパンを。
一斤三百ザールのパンを五つ買う。
特でかサイズの、一つ百五十ザールのおにぎりを五つ。
こしょうと塩で味付けされたできるだけ大き目の肉を五つ購入。
卵(三十ザール)五つとこの世界にしかない栄養を補給するためのキャロリーメイト(一つ三百ザール)を五つ買い、それで小型バックパックの中身は終了した。
さらに火魔石の欠片(一つ三十ザール)を五つ購入し、フライパン(三百ザール)も同様に買う。
火魔石は魔力を込めると内部に秘められている火の力で熱を発する。
欠片なので一、二回しか使えないがこれで簡単に料理ができる。
こちらの二つはそこまで気にする必要もないので素材用のほうへ入れる。
まだ、飲み物を買う必要があったので、一つ辺り三リットルほど入る水筒(千ザール)を五つ買う。
中身に水(一リットル百ザール)を入れる。
そちらもわざわざ水筒を買ったことから分かるように素材用のバックパックに入れる。
結構な金がかかった。
今さっき近くの土が見えている場所で計算したら、バックパック含めて二万七百ザール。
一度の旅で随分な量の金を消費した。
これは出来上がった物を買ったハルトのせいである。
一から自分で作ればこの半分くらいに金は抑えられた。
バックパックの中身は腐らない。だからこそ買い込んだんだが。
細かい金が生まれてしまったので、この世界でいう財布的存在を購入することに。
財布は魔石を利用したバックパックに似たものだが、金に関しては無尽蔵に入れることができるらしい。
故に高かった。
三万ザールだ。
財布を買うのはよほど金がなければ無理な話で冒険者以外に買う人はいない。
ハルトは用事が一応は済んだので、街を見て回る。
といっても金の無駄遣いをすることはできないので冷やかすだけだ。
(つけられている?)
先程からずっと不審な視線を感じていた。
金を使いまくったのを見られ、狙われているのかもしれない。
ハルトはさりげなくこける。
何もないところでこけたハルトをくすくす笑うもの、無視するものと様々な反応があった。
笑っている奴らにせめて隠す努力をしろといいたい気持ちを抑えながら、態勢を直す。
ハルトは本当に間抜けにこけたわけじゃない。
態勢を戻しながら周囲をさりげなく確認。
何人かがこちらをちらちらと窺っている。
確定した。
人目が少なくなったら襲ってくる。
「どこの世界にもそういうのはいるんだなぁ」
どこかしみじみと呟くハルトは、わざわざ狙っている奴らを返り討ちにしようなんて気は起こさない。
そそくさとギルド『エスセリアレ』への帰路に着く。
商品を探して大分ギルド道の端まで来ていた。
ギルドが見えるぐらいにまで来ると、不審な視線も徐々に減ってくる。
何人に狙われていたのか今となっては分からない。
ハルトは大金を持って出歩きたくないなと思った。
ギルドに入って二階に行く。
ここは一種のバーのようなものだが、食事も出る。
ハルトはここのイスに座り、机でぐーたれている。
時間は夕飯にするには早いので人は少ない。
ハルトが邪魔だとしてもまだ迷惑になることはない。
そんなハルトは食後休憩中。
夕飯はチャーハンだった。おいしい米料理に涙が出る思いで食べまくった。
一人の時間は好きだ。
自由に何でもできるから。
ハルトはずっとそう考えていたが、こっちに来てからはあまりそう思わなくなっていた。
娯楽が少ないから一人で時間を潰すのがつまらない、というのも一つの理由ではあった。
が、なによりもサウザンドウルフたちと暮らした日々が楽しかったのが大きな原因だ。
なので、一人は少々寂しい。
だからといって一緒にいるような友達はいない。
(つまんねーなぁ)
頭の後ろで手を組みながら、脳内一人しりとりを始める。
悲しいことこの上ない。
「な、なぁ」
そんな折に、ハルトに声をかける人物が現れた。
「んぁ?」
突然声をかけられて、ハルトは驚き半分戸惑い半分で返事をする。
「そ、その。ちょっときてくれねぇか?」
そこにいたのはハルトに異常につっかかってきた獣人の女の子だ。
ハルトは怒りがこみ上げたが、少女のバツの悪そうな顔を見てひとまず様子を窺う。
「どこに?」
「ギルドの裏に、だ」
「理由は? 俺、暇じゃないんだけど?」
一人でいるのはつまらないが、少女といても楽しくなりそうにはないと決め付けたハルトは冷たく突き放す。
少女はしょぼんと頭の上の耳を垂らし、頬を赤くしながら、
「ぁ、ぁやまりたいんだよ」
少し拗ねたように唇をすぼめる少女の姿が、ハルトが受けた侮辱を払拭するぐらいに可愛かった。
ハルトは嗜虐心が掻き立てられ、聞き返す。
「んー? なにー? 聞こえなーい」
少女は、ぐっと何かをためるように目を瞑る。
ハルトはにやにやしながら顔を覗き込む。
――訂正。
いい暇つぶしにはなりそうだった。
「だからー! てめぇに謝りたいんだよ!!」
「え? なに? 聞こえない?」
ハルトはしつこくして、とうとう獣人の女の子が吼えた。
「うがうっ! いいからこいってっ!」
獣人の女の子が手を掴んで引っ張る。
イスを倒しながらハルトはこけないように、態勢を立て直す。
「分かったから、ひとまず離してくれよ……」
たぶん言っても無駄だなと思ったハルトはぼそっと。
結局聞こえることはない。
階段を下りるときに歩く速度が遅くなった。
一応はハルトのことを考えて行動してくれたようだ。
ギルドの入り口に向かう。
ふと辺りを見回すと、カウンターにいた店員が面白そう笑う。
ああ、この子がこんな風なのはいつものことなのか。
店員が手を振ってきたのを見て、理解する。
ドアを壊さんばかりに開け放ち、ギルドの壁に沿って移動する。
木が生えた一角――人が全くいないところへやってきて、ようやく獣人の女の子が動きをとめた。
ついたはいいが中々口火を切らない。
獣人の女の子はここまできて恥ずかしくなったように顔を真っ赤にしている。
「あー!」とか「うー!」とかしか唸り、頭を掻き毟る獣人の女の子に痺れを切らしたハルトがからかう。
「告白とかなら早くしてくれない? 忙しいんだよ、俺」
「告白じゃねぇっ! その、えーとだな……」
うあーと髪を掻き毟る。
謝りたいというのは知っている。
ハルトが白い目で見ると、ようやく獣人の女の子は決心がついたのか、
「疑ってすまねぇーっ!」
礼儀正しく腰を折り、頭を下げる。
分かってはいたが目の前で展開されると……驚きが胸に落ちる。
彼女のような自尊心の高そうな人間が自分の非を認め、謝るのがやはり違和感が。
「べ、別にいいけど? そりゃちょっとイラっとしたけど、お前のおかげで色々都合よく進んだし」
謝られるとよっぽどのことがないかぎり「やだ」とは言えないよなと思う。
心で許していなくても別にいいよと言ってしまう。
とか言っているがハルトは今ので完全に彼女を許しているのだが。
「許してくれる?」
妙にしおらしい獣人の女の子は、彼女の美貌と相まってハルトは思わず見とれる。
ぼさぼさと伸びたとげのように鋭い髪と小さい背丈から子供を彷彿させる。
「あ、ああ」
ハルトはうまく動かない口で搾り出す。
かぁと頬が熱くなる。
「そ、その、本当に悪かった」
一度口にしたおかげで獣人の女の子はたがが外れたのか何度も謝る。
殊勝な態度にハルトは胸が苦しくなってくる。
「だから、いいって。そんなに謝られるとこっちが何か悪い気持ちになってくるし」
「……分かった。本当に悪かった」
そういって、最後に深いお辞儀をしてから去っていく。
残されたハルトは、
「あの子、今までで一番可愛いんじゃねぇか?」
ギャップに萌えていた。
夜、ギルドの三階。
ギルドの三階にはいくつか空き部屋がある。
そのうちの一つをハルトは借りている。
ベットが部屋の三分の一を占拠しているが、悪くはない。
地球にあるハルトの部屋とあまり変わらないので、むしろしっくりとくる。
ハルトがいる部屋に現在金髪の髪が美しいイーティがいる。
ほのかに香る女性らしい匂いにハルトは変な気持ちになる。
風呂に入ったらしい。
この世界にも問題なく風呂がある。
水魔石と火魔石を使って便利に風呂ができるのだ。
ハルトは店内で働く何名かの女子と、イーティ、エスセリアレが入ったあとの風呂を借りた。
ハルトは女子の残り香がする風呂を堪能する暇などなく、軽く入ってすぐに出た。
エスセリアレが「一緒に入らない?」と誘ってきたときは本当に迷った。
結局断った意気地なしのハルトだ
イーティがなぜここにいるのかというと明日の日程を打ち合わせしていたからだ。
決してピンク色な内容ではない。
残念である。
「ギルド『スクル』には馬車を使って七日程度で着きますわ」
七日程度なのはエスセリアレに聞いていた。
だからこそ食料を買い込んでいたのだから。
「馬車か。よかったぁ……」
こちらの世界に車がないことは知っているので馬とかに乗るのは分かっていた。
だが、馬に乗ることはできないので、ハルトは地味に危惧していた。
「明日の朝に馬が出ますわ。問題ないですわね」
「朝に一回だけ?」
「朝と昼に一回ですわ。後は商人が護衛を雇っている物もありますけど、私達公共の物を使いますわ。私は帰りたくないのですけど……ここにいても命が危ぶまれますので」
はっと自嘲した息を吐き出すイーティ。
どこを見ているのか分からないぶれた視線。
ハルトは朝のあれを思い出してしまい、苦笑するしかない。
イーティと同じ状況でエスセリアレがいるこのギルドにいたら命がいくつあっても足りない。
壁にめりこむ風魔法が頭を過ぎる。
イーティは思い出してしまったのか顔をぶるぶると振動させている。
落ち着くまで待つ。
数十秒後。
「それより、あなたは一体どこで剣を習ったんですの? 私と同い年くらいの癖にあそこまで戦えるなんて只者じゃありませんの」
誰に教わった? モンスターに教わった。
……言えるわけない。
どうっすかなぁとしばらく考えて、目の前にいい題材がいたと手をうつ。
「親に教えてもらったんだよ。ちっちゃい頃からね。そんで、親が死んでから街に出てきたわけ」
イーティを見て親であるエスセリアレを思い出した。
「親に? 名前は? 有名な方ですの?」
「有名じゃないぜ。コウキっていうんだ」
これはまじなハルトの父親の名前だ。
「コウキ……知りませんわ」
当たり前だ。
知ってたとしても別人だ。
わずかに怪しむように観察してきた。
「戦いに関しては結構自信はあるぜ」
「既に現場は見てますわ。ですが、普通一人でCランクのモンスターは倒せませんわ」
「普通って何? 勝手に普通の枠に収めないでくれる?」
地球の人間であるハルトはこの世界から見たら異常だ。
ハルトは自分がこの世界の人間ではないと暗に告げる。
「ですが、私だって負けませんわ」
なんで競おうとしているのか分からない。
「負けるって。自衛さえできりゃ、問題ないだろ」
ハルトにとって戦いは相手を傷つけるものではなく、自分又は他人を守るためのものだ。
誰かと比べる物ではないのだ。
しかし、イーティはハルトの言葉に首をふる。
「私は世界最強になるのが目標ですわ」
きっぱりと言う。
ない胸を張るわりには迫力がある。
ハルトはその空気に飲み込まれ何も言葉を挟むことができなくなった。
たぶん、彼女が無理して一人で依頼を受けたのもそういうのが理由なんだろう。
何で彼女がそんな無茶をするのか。理由は分からないが、聞くつもりはない。
深く関わりたくない。
目の前の人間は自分とは違う。
(前に進んでるイーティ。俺は……)
足踏みしているだけだ。
「そうか。がんば」
「言われなくても、ですわ」
高笑いをあげそうなぐらい顔には自信が満ちていた。
イーティとはあまり相性がよくない。
最強を目指す、イーティ。帰るために保身のみを考えるハルト。
進む道が違いすぎる。
さっさと依頼をクリアして帰る方法を探そうと決心した。
「それと、助けてくれて本当にありがとうございました」
丁寧にお辞儀をして部屋を後にする。
ほんと、性格いいよな。
ついてるよ俺は。こっちの世界に来てから大凶は引いてないんだもんな。
凶くらいな引きかけたけど、あれはノーカウントだ。
はぁとニヒルな笑いを浮かべる。