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1話 夢?

 ここはどこなのだろう。

 周りは木々に囲まれて、ハルトが立っている場所だけはくりぬかれた様になっている。

 ハルトは、なぜこんな場所にいるのか思い出そうとしたが、分からない。

 記憶が曖昧で、自分が最後に見たものがなんだったのかも思い出せない。

 だが、脳内で不思議と答えはでている。

 ハルトの家の近所にこんな場所はない。

 そうなれば残る答えは一つ。

 夢だ。

 夢と一旦決め付けると、確かにここにいる前に寝ていたなーと都合よく記憶が蘇る。

 それにしてもと、周囲を見回す。随分とリアルな夢だ。

 たくさんの木がひしめき、自分の居場所を確保するように押し合っている。

 ハルトが立っている場所を除くと、本当に森だった。

 ためしに手を伸ばして触れてみれば手に伝わる樹木のざらざらした感触までもあった。

 いつも見る夢は何が起こっているのか分からないぐらい不安定なものなのにとハルトは首を捻る。

 ハルトはこんなに完成度が高い夢を見たのは初めてだと感想をもつ。

「何か、怖いな」

 太陽の日差しを遮るように聳え立つ木々に囲まれているこの空間は異質に感じる。

 今までの人生を都会で過ごしてきた彼にとって木がたくさんあるこの状態は慣れないものだ。

 空を見上げれば太陽があるというのに、光はあまりない。

 葉の間から申し訳ない程度にしかない光に体がぶるりと震える。

 光が差し込みにくい暗い空間だと必要以上に恐怖心が生まれる。

「こ、怖くないからな?」

 自分に言い聞かせるためにハルトは独り言を呟いて恐怖を取り除こうとした。

 だが、あまり効果はない。

 とりあえず、立ち止まっていてもつまらない。夢が覚めるまで散歩でもしますかと足を動かす。

「……ッ!!!」

 遠くから響く叫びが届き、無意識のうちに体が強張る。

 人が発したもののようだ。

 俺の夢の癖にわりと凝っていると自虐気味に褒める。

 夢って確か深層心理とかをあらわすんだよな。

 俺の夢だ、可愛い女の子とか出てくるに決まっているとお気楽な考えを浮かべているハルト。

 ハルトは、人がいたことにわずかに期待して声の方に向かう。

 慣れない森の中を歩くの難しく、何度も転びそうになったがハルトはぎりぎりで歩いていく。

 夢なんだからこんなとこまで細かくしなくてもいいのにと愚痴りながら木の枝のパキパキ音を楽しむ。

 木からだらんと情けなく垂れ下がっているつたのようなものに、より腕に傷が生まれる。

 危険なものではなさそうなので放っておく。

 どうせ目が覚めたら治るんだからと楽観的に前へ進む。

 目的地に近づくごとに違和感を覚える。

 木が爪のようなものにより抉られている。

 それも先程声のした方へ近づくたびに折れた木が目立っていく。

 ぞくり。

 背筋に嫌な寒気を感じた。

 ハルトはこの感覚に覚えがあった。

 自転車に乗っていて道を曲がろうとしたときに感じて、慌ててブレーキをかけたときだ。

 あの時は自分の勘が的中して猛スピードで車が抜けていったのを覚えている。

 進まないほうがいい。

 だが、気になってしまう。

 慎重に進めば問題はないだろうと腰を屈めてゆっくりと前進。

 望まない傷を得た木がさらに増え、おまけに隕石でも落ちたような陥没した地面までもあった。

 急速に膨らんでいく、興味と恐怖。

 やめておけばいいのにと思いながらも何があるのか気になる。

 いきなり、燃えたような臭いが鼻をつく。

 今までの自然の良い香りに僅かに焦げ臭さが混じる。

 先でキャンプでもしているのだろうか?

 ハルトは遠くに自分がいた場所と同じような開けた空間を認め、そこにいる者たちを見てしまい、足が地面に埋まるような感覚を味わう。

 見つかれば、殺されるとすぐさまに無事な木の近くで腰を下ろす。

 動悸が乱れる。心臓を潰すようにして押さえて木から顔を覗かせる。

 さっきみた景色は幻覚じゃない……!

 大きな、虎と対峙している人間。

 ハルトが初めに聞いた声は人間の悲鳴。

 そこらに転がる体の半分を抉られた人の死体にハルトは胃からこみ上げてくる物質を両手で塞ぐ。

 声を出してもまずいと強く。

 強烈な、血の匂いとカラスに弄繰り回されたあとのごみのようにボロボロになった人だったもの。

 抉るような強烈な映像が、脳内に色濃く残り体を震わせる。

 なんだよ、あれは……!

 夢で見ていいレベルじゃない。

 よっぽど精神状態が不安定でなければあんなものは見ない。

 自分がそんな状態ではないはずとハルトは再度確認する。

 人の死体が転がっている近くでは激しい衝突が繰り広げられている。

 魔物とも呼べる馬鹿でかい虎に相対しているのは大柄な男。

 大柄な男は丈夫そうな銀色の鎧を身につけ、刀を振るっている。

 苦悶の表情で虎の攻撃を紙一重で回避しているが、体には大なり小なりの傷が目立つ。

 もう一人細身の身体の男が弓矢を飛ばして虎に攻撃しているがすべて厚い体毛に弾かれている。

 虎は、大柄な男が小さく見えてしまうほどの体躯だ。

 動物園で見る虎とは大きさが桁外れに違った。

 大きな牙に、鉄柱のような頑丈そうで太い四肢。

 虎の後方で尻餅をついて目の中を揺らしているハルトと同い年くらいの少女がいる。

 少女は大きな胸をしていて、普段のハルトならすぐさま声をかけていたが今はそんな状況下に置かれていない。

 転がる死体は二つ。

 人間側は全部で五人いたようだ。

 だが、二人は既にこの世を去っている。

 光輝く刀を自身の腕の一部のように扱っている大男が虎と戦っている姿に心から応援の言葉を送る。

 男に負けてほしくない。

 映画のワンシーンを見ているような気持ちでぐっと手を握る。

 もしも、あの男が負けたら、次は俺かもしれない。

 そう考え出したら体中からべたべたと嫌な汗がにじみ出る。

 刀を巧みに使っていた男が左側から右側へ駆けるように薙いだ。

 虎はあっさり避けて、男はにやっと笑う。

 ハルトはなんで笑ってるんだと焦りの気持ちで愚痴をもらしていたがすぐに理由が分かった

 男は初めから避けられるとわかっていた。

 初めから二撃目を入れることに重点を置いていたのだ。

 先の攻撃により生まれた死角へ駆け込み、抜けるように腹を斬る。

 やった! 我がごとのようにハルトは空気を多分に含んだ拳を胸の前で構える。

 気分は贔屓にしているチームが試合に勝ったときと同じ。

 ハルトが顔に笑顔を浮かべていたが、次の瞬間には一転――絶望に変わる。

 虎は致命傷には至っていなかった。

 攻撃を喰らった部位は虎の中でも一番に頑強な場所で鉄のような堅さの皮にむしろ焦ったのは大男のほうだ。

 虎はひっかかったなといわんばかりに顔を大男に向ける。

 まるで、わざと一撃を喰らって人間側に希望を持たせたかのようなその顔に、ハルトは身震いする。

 虎の放った一撃が大男の腹の肉を裂く。

 大男はもうこれ以上戦う余裕はないと自覚していたのか、残りの力をすべてこめたカウンターを放つ。

 刀が太陽を打ち負かすほどの光をあげて、虎を襲う。

 光の奔流に飲み込まれた、虎はその状態にありながらも大男の顔面に爪を刺した。

 なぜ光が生まれたのか分からないが、大男の技は確かに虎にダメージを残した。

 虎の顔と体を半分ほどまで斬っていたのだ。

 男はハルトが隠れているほうへ顔を向けて満身創痍の体を押さえながらそれでもまだ立っている。

 ハルトの覗き見ていた両目が男とかみ合う。

 なんとなく、だがハルトはあの人がこうなることを分かっていたのだと思った。

 虎が罠を張っているのをすべて予想済みで、仲間を逃がすための時間稼ぎの一撃だったのかもしれない。

 かっこいい人だなとハルトは怯えながらも賞賛の念を送る。

 虎はさすがに予想外だったのか傷口を押さえながら後ずさるが死ぬほどのダメージではないようだ。

 それでも瀕死の状態であるには変わらず、大分ダメージがでかい。

 あと一撃さえ入れられれば大男に軍配があがっていたはずだ。

 圧巻な攻撃を放った男を虎は大木のような太い腕で吹き飛ばす。

 男は抵抗する力もなくボールのように吹き飛び木にぶつかり止まる。

 飛ばされる間際に大男は自分の刀をハルトの近くに投げた。

 何回転かしてハルトが手を伸ばしたら届く距離に刺さる。

「く、くるなっ!」

 明らかな怯えが混じった声をあげながら弓を射る男。

 勝ってもらいたい、最悪虎をひきつけて逃げてくれるのでも構わない。

 もしも、あいつがいなくなったら次は俺なんじゃないかと考えると体が竦む。

 夢、だと理解していても妙に現実的な木や地面などがさらにハルトに恐怖を与える。

(夢、なのか?)

 その疑問はもっともだった。

 十六年間生きてきてこんなリアルな夢を見たことがない。

(夢じゃないならなんなんだよ……)

 ハルトは首を振る。今は虎から目を離してはいけない。

 慌てながらも傷口を的確に狙った男の矢は百発百中とばかりに虎の傷を覆っていくが、虎は意に介さず鈍い足音をあげて悠々と歩く。

 矢では決定打を出せない。

 男はとうとう武器を捨て敵に背を向けて走り出す。

 ――無謀だ。

 虎は走るのが速い。攻撃に回す力よりも走ったりするほうが力の使い方に長けている。

 動物の脚力に人間が勝つなんて不可能なのだ。

 逃げ出す瞬間を狙っていたのか。

 虎は男に飛び掛り背中から押し倒して、鋭い爪で体を研ぐように何度も刻み続ける。

 凄惨な光景に目を逸らす。

 ハルトは……こみ上げてくる胃液を必死に抑えながら、早く覚めてくれとうずくまって祈り続ける。

 口の中が乾き、体中に不思議な痛みが駆け巡る。

 ばりばりと堅いものを噛み砕く音が耳を突き破り、一気に気持ち悪さが最高潮に達したハルトは耳を潰さんばかりに押さえる。

 夢が覚める気配はない。

 先程頭にちらっと現れた疑問がもう一度心に落ちてくる。

 そもそも、夢、なのか? 夢じゃないならなんなんだ。

 誰か教えてくれ俺が納得できる理由を。

 だけど、誰も教えることはできない。

(異世界トリップとか?)

 自分が納得できる答えを模索している最中でつい先日読んだ本は確かそんな内容だった。

 知らぬ間に異世界にいた。

 今の自分とびっくりするくらいあてはまる。

 初めは小さかった答えは段々と脳を支配していく。

 ハルトの状況は、異世界トリップまたはそれに近いなにかなのかもしれない。娯楽でしかありえない非科学的な異世界トリップを受けいれるなんてことは普通はできない。

 だが、目の前に見せ付けられている。

 夢の線も捨てきれないが、夢などという曖昧なものよりも異世界に迷い込んだというほうが今のハルトには得心できた。

 やがて、ばりばり音がなくなる。

 ハルトは男がどうなったのか見たくないけど見たいという矛盾した気持ちが生まれて、結局ゆっくりとした動きで男の末路を見た。

 頭が、なかった。

 首から上が食いちぎられて、体は辻斬りにでもやられたような傷があり傷がない場所を探すのが大変なぐらい残酷な光景だった。

 体が、震えた。逃げ出したい。ハルトは吐き気がこみ上げるが声を出さないために手で無理やり押さえる。

 これは、夢じゃない……! こんな現実的なものが夢なわけがない。

 俺がこんな気味の悪い夢を見るわけがない。

 早く逃げろと体が悲鳴をあげるが。

 足は氷ついたように動かない。

 そればかりか首さえも思うように動かず、注視するように虎を見続けてしまう。

 虎はハルトを見ていないが、目を離したら殺られるという錯覚に捉われる。

 背中を向けた瞬間ぶっとい身体に潰されて殺される。

 先程の男の姿が頭にちらつく。

 最後に残った女の子は、腰が抜けてしまったのか、地面にへたり込み涙を流している。

 女の子は可愛い。いつもなら美少女きたー! と喜ぶハルトだが、むしろ見なければよかったと後悔している。

 女の子は敵うはずがない実力に気圧されて逃げることをあきらめたような顔つき。

 ハルトは、過去最高なほどに怖かった。それでも美少女を見てさっきよりはほんのわずかだが落ち着き、動けないほどではなくなる。

 震える足をつねりあげて痛みで感覚を取り戻す。

 恐怖は完全に消えることはなく残っていたが、さっきよりも動ける。

 ゆっくりと、足音を立てないように刀を拾い移動を始める。

 可愛い女の子を助けるために。

 ハルトは、正義のヒーローに憧れたことはあった。だが、所詮憧れ。

 自分はどれだけ頑張ってもそんなものにはなれない。

 現実を知り、絶望がたまっていく。

 年を重ねるごとにそんなものに憧れていた自分を恥じるような感情さえ生まれていたのに。

 まさかこんな状況で目の前の子を『助ける』なんて行動をするとは自分で自分が分からなくなる。

 目の前の命が消えることを拒み必死に止めようともがいている。

 単に美少女だからという下心も三割程度はあった。

 虎は、鼻が利かないようだ。耳も大男にやられたのと戦闘による疲労からか随分聞こえていないようだ。

 確認して勝機があると実感し、希望が生まれる。

 もう、敵は目の前の女の子しかいないと考えている虎にじわじわと近づく。

 ハルトはゆっくりと、だができるかぎりの精一杯で大男が使っていた刀を頭上へ。

 ずっしりとした刀で体育以外で運動をすることがないハルトには少々重たい。

 それでも頑張れば両手で振り回せるそれを筋肉を目一杯引き締め、穿つように振り下ろす。

 虎は、少女を殺そうと腕をあげたがハルトが振るった一撃が止める。

 大男が残した一番目立つ傷に吸い込まれるようにしてハルトの刀がヒットする。

 虎からは血が噴出され、刀が血を受け止める。

 虎は、今までの疲労が一気に現れたのか態勢を崩して地面をのた打ち回る。

 今が、チャンスだ!

 意気込みハルトは右足を前に踏み込み、追撃とばかりに傷口へ刀を刺す。

「うおおおおおおおおおおお!!」

 そこからは何も考えずにただただ全力で何回も斬る! 斬る! 斬る!

 手に伝わってくる肉を断つ感触。

 できるなら一生関わりたくない感覚に気が狂いそうになるのを必死に押さえて何度も斬る。

 傷口ばかりを重点的に斬り続ける。

 疲労が腕に溜まる。

 振り上げるのが億劫になる。

 段々腕が重くなってくる。

 それでもやめることはない、できない。

 虎が全く動かなくなったのを確認してもやめることはできなかった。

 止めてしまえば、虎が動き出しそうな気がしたからだ。

「もう、大丈夫です!」

 ハルトの腰に柔らかい感触が伝わる。

 狂ったように刀を振っていたハルトはそこでようやく正気を取り戻した。

 途中から、ほぼ無意識になってた。

 意識が戻ると同時に生き物を殺した感触が手によみがえり、ハルトは刀を手から零して、体を地面に預ける。

 空が青かった。

 獣と血のあまりよろしくない臭いが気にならないくらいに綺麗だった。

 体についた血が洗い落とされるような気がした。

「お前、だいじょうぶ? 怪我ない?」

 声はいつもどおり問題はない。

 震えた声という格好の悪い出来事はないようだ。

 ハルトはさりげなく少女の髪を撫でる。

 ハルトに髪を撫でてもらった少女は嬉しそうに目を細める。

 女の子は頬を朱色に染めながら、「あなたのおかげです」とハルトに言う。

(可愛いなぁ。というかさっき胸があたったんだよな)

 思い出してにやにやしそうになる。

 さっきまでは悪夢だったが、良い夢に変わった。

 いや、そろそろこの現実を受けいれたほうがいいかもしれない。

 ハルトははぁ、と息を吐き出して最終確認のために頬をつねる。


「やっぱり、夢じゃねぇーか……」

 異世界だと理解してしまったときだった。

 赤く腫れあがっているであろう頬をさすりながら、ハルトはもう一度天を仰ぐ。

 空は、地球のそれと変わらず綺麗なものだ。

 目を閉じて、どこか満足したような感覚に捉われてゆっくりと目を開けると。

 見えるはずの景色が何か、銀色の物に覆われる。

「!!」

 体を起こして、尻を地面につけたまま後ずさる。

 姿を確認した、してしまったハルトの心は絶望に染まる。

(せっかく、助かったのに……)

 さっきの虎よりも大きな、全身を灰色に近い毛並みをした狼のようなものがいた。

 一難去ってまた一難。不幸は連鎖するのかと感じずにはいられなかった。

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