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なによりも大切な存在であるお姉様

作者: 黒猫姫
掲載日:2026/03/02



「ええい!もう我慢の限界だ!!貴様とは婚約破棄だ!」


美味しいぞ、とすすめられたワインを楽しんでいれば、この場に相応しくない余興が始まってしまったようで声高らかにそう宣う恥知らずの者の声に聞き覚えがあり興が逸れ眉を顰める。ざわざわと余興の舞台になった会場のど真ん中。遠巻きに興味深く眺めていた観客がちらりちらりとこちらを青ざめた顔を向けていることに気づいてやっぱり、と思う。


給仕にワイングラスを渡して立ち上がる。コツ、コツ、と自身のヒールの音が響く。余興が開かれている場所へ向かって行けば観衆が道を作りなにものにも邪魔されずにその場へ。そこには、この場に相応しくない冴えない地味女の腰を大切に抱いた金髪の男が。


満更でもなさそうに醜悪な笑みを浮かべている地味女が大層腹立たしい。男が尊大な態度で指を指す先には、床に座り、こんで、いる、


床に、座り込んでいる?


「……は?」


発した自身でもぞわりとするほどの低い声が出た。わたくしの声に反応して、床に座り込んでいるこの世で最も尊く美しいお姉様がこちらを向いた。この無駄に高いヒールを履いて来たことを後悔しながら出来るだけ急いでドレスの裾を捌きつつお姉様のもとへ駆け寄る。


「お姉様!」

「ミレイユ……」


そ、と震える華奢な肩に手を置く。ざ、と簡単に頭からつま先までお姉様を眺めて、そうしてドレスからちらりと出た右足首が赤黒く変色し腫れているのを見つけてあまりにも腹立たしすぎて吐きそうになってしまう。あのゴミ男が叫んだ言葉の前に小さく、本当に小さく悲鳴が聞こえていた。きっと突き飛ばされたのだろう。なんてこと。この世の宝であるお姉様に怪我を負わせるなんて。ゴミクズ野郎だとは思っていたけれど、ここまでゴミカスだとは。


唐突な乱入者に驚いているゴミ男と地味女の前に立ち、そのずっと後ろで顔を青から土気色にさせている者へ視線を向ける。


「これはどういうことでしょうか、アトラの王よ」

「い、いや、違うのです!!」


玉座から転がり落ちるようにこちらへ足をもつれさせながら走って来るこの国の王を睥睨する。わたわたと違う、これは間違いだとしか言わない王に、親が親なら子も子だ、と鋭く舌打ちをする。


「わたくしはおまえに言ったはずです。何よりもお姉様を大切にしろ、と」

「は、はい」

「であればこれはどういう事なのか」

「き、貴様!王に向かって無礼であるぞ!!」


あうあうときちんとした言葉を発さない様子を眺めていればはっと驚きから我に返ったゴミ男がこちらへ指をさしてそう大声で叫び、ずかずかと大股でこちらへ向かってくる。そうして、手を勢い良くこちらへ突き出している姿を見てやっぱりお姉様はこのゴミに突き飛ばされたのだと理解する。


「ゴミが」


わたくしを突き飛ばそうとした男の手はバチン、と大きな音を立てて何も無い空間に弾かれる。


「な!?」

「ユーリ様!ちょっと貴女!ユーリ様は次期王様よ!たかだかいち貴族にしては図が高いわ!!」


弾かれた手を押さえるゴミに寄り添う地味女のキンキンと響く声に嘲笑う。


「はっ!立太子もしていないのにもう王太子気取りか。」


そう言えばカッ、と顔を赤くするゴミに睨まれるが痛くも痒くもない。王太子気取りのゴミと地位目当てのカス。なんともお似合いすぎてびっくりする。


「衛兵!この恥知らず共を拘束しろ!」

「は!」


文句を言い暴れるも衛兵により後ろ手を組まされ連行されていくゴミカス共を眺めてフン、と鼻を鳴らす。


「ミレイユ……」

「お姉様!大丈夫ですか?」


いまだ立つことが出来ずにいるお姉様の横に座り込み、痛そうに赤黒く腫れている患部にそ、と手を当てる。痛々しい。患部が熱を持っている。あのゴミ。絶対に殺す。ありとあらゆる方法で殺す。生き地獄を味わわせて死んだ方がマシだと喚き散らし失禁し泡を吐くまで殺し尽くす。


「ミレイユ」


する、と細く美しいお姉様の指がわたくしの頬を滑り、我に返る。危ない。あのゴミカス共をどうやって殺すか考えてしまっていた。お姉様の前では純真な妹で居たいのに。


「とりあえず、落ち着く場所へ移りましょう"転移"」


ぐらり、と周りの景色が変わる。転移した先にはわたくし付きの気心知れた侍女たちが控えている。


「お姉様の手当てをお願い」


侍女たちに手当てを受けているふかふかの手触りのいいソファに座るお姉様の前、床へ膝をつきお姉様の両手を握りしめ自らの額へ押し当てる。


「申し訳ありません。属国とはいえ王妃の座をお姉様にお渡ししたかったのに。属国だからこそこちらの要求すべてを受け入れることの出来ると思っていたのに」


ぽたぽたと涙が溢れ出してしまう。なによりもなによりも大切なわたくしのお姉様。わたくしにとって1番大切な存在であるお姉様。もういっそ、このアラリスタ帝国の王妃の座をお姉様に渡すしかない、か?この帝国ならばお姉様を何より大切にしてくれることだろう。


「ミレイユ。だめよ」

「……」


思っていたことが垂れ流しになっていたのだろう。ぷ、と頬を膨らませて怒ったぞ!というように腰に手を当てるお姉様はもう国宝級。あまりの可愛さに目眩がしそうだ。


「アラリスタ帝国の皇妃は、皇太子に愛されている貴女のものよ」

「こんな、結界を張ることしかできない愚かな聖女の肩書きしか持たないわたくしよりも、豊穣の聖女であるお姉様が皇妃になったほうがいいです」

「なんてこと!ミレー?貴女は素晴らしいわ!!わたしが愛しているミレーを卑下しないでちょうだい?」


握りしめていた手を逆に包み込まれてそう言われる。わたくしのすべてであるお姉様にそう言われてしまえば、こくりと頷くしかない。


「もう、ずっとここに居てください」


立ち上がり、いいことを思いついた!とばかりにそう言って、ぎゅうとお姉様に抱きつく。ずっとずうっとここでお姉様と一緒に暮らす。なんて素晴らしいの!あのクソと婚約したときは属国の希望で聖女を求めており、お姉様もずっとわたくしと同じ場所にいるわけにもいかないと言って婚約者になってしまった。


別に豊穣の聖女であるお姉様は、お姉様を基準として周りから豊かにしていくのだから、何処にいたとしても時期にその恩恵は受けることができる。わたくしの結界の能力もちょいと張ればいいだけだから別に離れ離れになる必要なんてどこにもない。


もうお姉様がわたくしの目が届きにくいところに行くことなんて許さない。とても良い案だとにこにこしていれば、困ったように笑うお姉様と目を合わせないようにして、くるりと回る。そうだ、そうだ。お姉様とずっとここに居ればいい。誰にも文句なんて言わせない。あんな手紙を出しても出しても出してもなかなかお返事が届かないところよりもここにいればすぐに会えるし。


「素敵!」


くるり、くるりと回りながら笑う。すぐに皇太子と皇帝に言わなくては!お姉様専用の離宮を建ててくれと!そこにわたくしも住めばおはようからおやすみまでお姉様と一緒!素敵素敵素敵!!ぽすりとお姉様の隣に座り、こてりとお姉様の肩に頭を寄せれば頭を撫でられる。この幸せ、誰にも渡さない。お姉様が何処にも行かなくていいように準備しなくては。




とりあえずアトラに行う報復を考えなくては。

そう思いながら、心地よい感触に身を委ね目を閉じる。久しぶりのお姉様をもっと感じるために。




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