氷の処刑卿の「掃除」は一瞬で
ヴァレンシュタイン邸の白亜の門前。
そこには、追放したはずのアイリスを連れ戻そうと、十数名の兵を連れたバルトロメウス・オーガスト・アルベリヒが立っていた。
「アイリス! どこだ、出てこい! 貴様がいないせいで王宮の政務が滞っているのだ! 特別に婚約破棄を保留にしてやるという慈悲を――」
王子の尊大な叫びは、突如として断ち切られた。
空気が凍りついたのではない。重力そのものが、王子の体を地面に叩きつけたのだ。
「……五月蝿いな。小鳥の囀りにしては下俗すぎる」
屋敷の玄関から、ゆっくりとセドリック・ジーク・ヴァレンシュタインが姿を現す。
その瞳に宿っているのは、アイリスに見せていた甘い情熱ではなく、見る者を死に至らしめる絶対的な虚無――「氷の処刑卿」としての貌だった。
「セ、セドリック大公……!? 貴様、王族である俺に対し、この無礼は――」
「無礼? ……滑稽だな。俺の聖域を、その薄汚い声で汚した自覚がないのか」
セドリックが指を微かに動かす。それだけで、王子の背後にいた兵士たちは悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ちた。殺してはいない。ただ、彼らの本能が「この男に刃を向けてはならない」と理解し、心が折れたのだ。
セドリックは這いつくばる王子の喉元を、冷たい軍靴の先で静かに踏みつけた。
「アイリス・フォン・ロシュドールは、俺が数年越しに、命を削る思いで手に入れた唯一の宝だ。……それを、ゴミのように捨てたばかりか、便利屋として回収に来た、と?」
セドリックの周囲から、漆黒の魔力が溢れ出す。それは形を成し、王子の首を刈り取ろうとする大鎌のように揺らめいた。
「君のその舌を抜いて、二度と彼女の名を呼べなくしてやろうか。……それとも、今すぐその首を王宮に送りつけ、君の父親に引導を渡してやるのが先かな?」
「ひ、ひぃぃっ……! あ、アイリス! アイリス、助けてくれ!!」
王子の情けない絶叫。その時、屋敷の扉が僅かに開き、アイリスが顔を出した。
セドリックの表情が、コンマ一秒で「冷酷な魔王」から「一途な恋人」へと切り替わる。
「アイリス! 出てきては駄目だと言っただろう。……今、庭の害虫を駆除しているところなんだ。汚れが君に移るといけない」
「セドリック様。……その害虫、なんだか見覚えがある気がするのですが」
「気のせいだよ。ただの、言葉を喋る不燃ゴミだ」
セドリックは、アイリスの腰を抱き寄せ、王子の目の前で見せつけるように彼女の額に口づけを落とした。
「安心するといい、アイリス。このゴミは二度と、貴女の視界に入ることも、その名を呼ぶこともできなくなる。……俺が、この世の果てまで『処置』してあげるからね」
王子の顔は、脂汗を浮かべてひどく歪んだ。
アイリスを物扱いした罰は、死よりも恐ろしい「氷の処刑卿」による執拗な報復となって、バルトロメウスを飲み込んでいった。
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王子の喉元を静かに踏みつけた、セドリックの容赦ない「お掃除」回でした。
次回、第4話。
邪魔者が消え、密室で加速するセドリックの「重すぎる愛」をお届けします。




