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聖域の寝室、あるいは甘い檻

 セドリック・ジーク・ヴァレンシュタイン大公の屋敷は、もはや「家」という概念を超えていた。

 アイリスは、一度も地面を歩かせてもらうことなく、深紅の絨毯じゅうたんが敷き詰められた天蓋てんがい付きのベッドへと下ろされた。


「……セドリック様。さすがに、もう解放していただけますか?」


 アイリスの問いに、セドリックは答えなかった。

 彼はベッドの側にひざまずくと、アイリスの細い足首を、壊れ物を扱うような手つきでそっとつかんだ。その指先は、戦場で数多の敵をほふってきたはずなのに、今は小刻みに震えている。


「逃がさないと言っただろう。……あんな、君の価値も分からない無能な男に君を汚されていた時間が、俺には耐えられなかった」


 セドリックが懐から取り出したのは、繊細な銀の細工が施されたアンクレットだった。彼がそこに魔力を込めると、銀の鎖が生き物のようにアイリスの足首に吸い付く。


「っ……、熱い……」


「すまない、すぐに馴染なじむ。……これは俺の魔力の一部だ。これで、君がどこにいても、どんなに小さな不安を感じても、俺はすぐに駆けつけられる。……そして、俺以外の男は、二度と君の指先にすら触れられない」


 彼はアンクレットの上から、愛おしそうに口づけを落とした。足首という、少し無防備で官能的な部位への接吻せっぷん。アイリスの背中に、ゾクりとした熱が走る。


「君のために、この屋敷のすべてを作り替えた。服も、宝飾品も、君の好きなハーブティーの香りも……すべて揃っている。君はここで、俺の愛だけを食べていればいいんだ、アイリス」


「……セドリック様、顔が近いです」


 セドリックがアイリスの腰を引き寄せ、鼻先が触れ合うほどの距離で止まった。

 「氷の処刑卿」と恐れられる男の瞳には、今にも理性が焼き切れそうなほどの、どろりとした執着が渦巻いている。


「アイリス、俺を名前で呼んでくれ……。君に拒絶されるたびに、俺の心臓はえぐられるようだ。……頼む、俺を殺さないでくれ」


 最強の男が、今にも泣き出しそうな幼子の声で、愛を乞う。

 アイリスは、自分の心臓がこれまで経験したことのないほど速く鐘を打つのを感じていた。


(追放されて自由になるはずだったのに……。この人の腕の中から、一生出られない気がする……)


 アイリス・フォン・ロシュドールは、セドリックの熱い吐息に包まれながら、逃げ場のない幸福にゆっくりと沈んでいくのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 自由を求めていたはずが、気づけば足首に外れない銀の鎖を贈られてしまったアイリス。

 「俺を殺さないでくれ」と乞う最強の大公に、アイリスの冷静な理性がどこまで保つのか……。


 次回は第3話、アイリスを迎えに来た(つもりの)王子様を、セドリックが容赦なく「お掃除」する回です。

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