婚約破棄の現場に、秒で「重い男」が現れた
「アイリス・フォン・ロシュドール! 貴様のような薄情女との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」
王宮の夜会。シャンデリアが輝くホールで、第一王子バルトロメウス・オーガスト・アルベリヒの怒声が響いた。アイリスは、手に持っていたカナッペを飲み込み、静かに首を傾げる。
「不毛な婚約破棄、ありがとうございます。薄情ついでに申し上げれば、喜んで国外追放されましょう(棒)」
「なっ……!?」
「ようやくその言葉をいただけて安心しましたわ。不毛な時間はこれでおしまいです。どうぞ、そちらの方と末永くお幸せに」
「反省の色もないのか! 貴様は今日限りで国外追放だ! 兵士たちよ、この女を――」
王子が命じようとした、その時。
ホールの巨大な扉が、凄まじい轟音と共に物理的に粉砕された。
土煙の中から現れたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ「氷の処刑卿」の異名を持つ大公、セドリック・ジーク・ヴァレンシュタインだった。
「国外追放? ……いい響きだ。それなら、彼女の身柄は俺がすべて買い取ろう」
セドリックは王子に見向きもせず、アイリスの前に跪く。その瞳は、周囲を凍りつかせる冷徹さではなく、獲物を見つけた肉食獣のような、ひどく熱を帯びた愛欲が混じっていた。
「アイリス。君をずっと、ずっと……四六時中、瞬きする間すら惜しんで探していた。……今日から君の呼吸一つ、髪の毛一筋まで、すべて俺の支配下に置かせてもらうよ」
「……え、あ、はい。……(支配?)」
アイリスが困惑する間もなく、セドリックは彼女を軽々と横抱きにする。
「セドリック・ジーク・ヴァレンシュタイン大公! そいつは我が国が追放する罪人だぞ!」
バルトロメウスの言葉に、セドリックが初めて顔を向けた。
その顔から先ほどまでの甘い笑みは消え失せ、底冷えするような無表情が、見る者の魂を凍りつかせた。
「罪人? ……ああ、そうだな。彼女は俺の『存在理由』を盗み出した大罪人だ。だから一生、俺の屋敷という名の聖域で、俺の愛に埋もれる刑に処すことに決めたんだ。……文句があるなら、今ここでこの国ごと消してやろうか?」
王子の顔が、あまりのプレッシャーに土気色になる。
アイリスは、自分の腰に回されたセドリックの腕が、折れそうなほど強く震えていることに気づいた。……恐怖ではなく、「ようやく手に入れた」という、執念すぎるほどの歓喜で。
(あれ……。私、追放されたはずなのに、なんだか前より危ない場所に収監されようとしてる……?)
こうして、アイリス・フォン・ロシュドールの「自由な独身生活」という夢は、爆速で現れた重すぎるヒーロー、セドリック・ジーク・ヴァレンシュタインによって、開始数秒で粉砕されたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
自由への夢が打ち砕かれたアイリス。 執念深すぎる大公セドリックに攫われた彼女の運命は、もはや彼の腕の中にしかありません。
「氷の処刑卿」の重すぎる愛の行き着く先を、ぜひ最後まで見届けていただければ幸いです。




