第7話 襲いくる脅威 小さな存在との出会い
あれからリノア姉さんと協力して、二時間程でワイルドウルフを五体狩り終えた。
これで、依頼の達成条件を満たした事になる。
「これでよし、と。リノア姉さん、この後はどうする? 依頼は達成したけど、まだ狩りを続ける?」
異空間に倒したワイルドウルフの死骸を収納して、リノア姉さんに尋ねた。
「そうね⋯⋯今日はここまでにしておきましょうか。初日だからだろうけど、結構疲れたわ。魔力も残り少ないし、潮時ね」
リノア姉さんがそう答えた時だった。
「グゥルゥルルルゥ⋯⋯」
森の奥から、獰猛な唸り声が響いてきた。
「敵よ、デュアル! 迎え討つわ!」
「了解!」
リノア姉さんと僕は、それぞれ剣を構えて臨戦態勢をとった。
けれど、やがて姿を現したそのモンスターを見て、戦慄が走った。
「そんな⋯⋯オーガは討伐されたはずじゃ⋯⋯」
リノア姉さんが、信じられないものを見たというように、瞠目しながら声を震わせる。
「リノア姉さん、あいつ普通のオーガと違う! 進化してオーガロードになってる!」
その巨大な体躯を見て、僕はそう判断した。
通常のオーガであれば、肌は薄い緑で体長が2メートル程の筈。
しかし、目の前に迫ってきているオーガは、肌は浅黒く体長はその1.5倍程はある。
腕もはち切れんばかりの太さ。
その手に持った棍棒が振るわれたら、やわな肉体であれば、ひとたまりもないだろう。
それに、討伐されたオーガは雌で角は一本だったらしいけれど、このオーガロードに進化している個体は、角が二本ある雄だ。
おそらく、討伐された雌のオーガとは、番の関係だったのだろう。
その脅威度は、B級。
まだ冒険者になりたてのG級でしかない僕達が相手をしていい敵じゃない。
かと言って、逃走しようにも、ワイルドウルフとの度重なる戦闘で疲弊した状態だ。
俊敏な動きのオーガロードであれば、すぐに追いつかれてしまう事だろう。
万事休す。
(僕の〈破壊と創造〉の力をフルに使えれば、倒すのは難しくないんだけど、リノア姉さんがいる今の状況じゃあ⋯⋯)
「仕方ない。やるしかないわね」
覚悟を決めたように、リノア姉さんはにじり寄ってくるオーガロードを鋭く睨みつけると、
「〈炎を纏え〉」
属性付与の魔法を唱え、剣の刃に赤々と燃え盛る炎を纏わせた。
「やぁああああっ!」
気合いの声を上げながら、オーガロードに接近し、炎を吹き上げる剣を水平に振るう。
しかし、その渾身の一撃は、オーガロードが持つ巨大な棍棒によってあえなく防がれた。
お返しと言わんばかりに振るわれた棍棒。
それを、リノア姉さんは何とか剣で受け止めはしたものの、衝撃で吹き飛ばされる事に。
そして、傍に立っていた大木に背中を強かに打ちつけて地面に倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
命の危険のある怪我を負った訳ではなさそうだが、ショックで気を失ってしまったらしい。
けれど、リノア姉さんには悪いものの、これは好機だ。
リノア姉さんが意識のない今であれば、〈破壊と創造〉の力を存分に解放出来る。
「グゥルゥウ⋯⋯」
動かなくなったリノア姉さんから視線を外し、オーガロードがこちらに向き直った。
「⋯⋯よくも、リノア姉さんを痛めつけてくれたな。それは、酷く美しくない。その身をもって贖え」
スイッチを切り替え、”残虐者モード”に移行し、声を低くしながらそう宣告する。
対するオーガロードは、そんなのは虚仮威しだというように、平然としている。
新しい獲物を前にして、涎を垂らして舌舐めずりをしながら。
「グゥルゥオオオッ!」
嗜虐心を抑えきれないように、オーガロードが咆哮を上げつつ、こちらに向けて突進してきた。
残虐者モードになった俺に、敵対者に対する情けはない。
特に相手がモンスターとあれば、どれだけ残酷な行為だろうが、何の躊躇いもなく及べる。
体内で魔力を高めて、身体能力の底上げを図
る。
準備は整った。
後は、今の俺が使える最高の威力を持つ技を放つだけ。
俺は剣を身体の中心で構え、その切っ先で相手の喉元を狙うと、接近してきたオーガロードに向けて、
「〈死を忘れるな〉」
そう告げると同時に、〈破壊〉の力を解放。
手にした剣の刃に今の自分が出来る最大出力で込めた斬撃を放った。
対するオーガロードも、その攻撃を予測していたらしく、棍棒で迎え撃つ。
互いが振るった剣と棍棒が、激しく衝突する。
それを制したのは、剣の方だった。
まるで熱いナイフがバターを切り裂くように棍棒が両断される。
続けて、それをなした剣が、オーガロードの厚い筋肉で覆われた胴体に一筋の線を刻む。
「グゥルァアアアアッ!」
痛みに絶叫して、その場に膝から崩折れるオーガロード。
その低い位置に落ちた首筋に、まだ〈破壊〉の力が込められたままの剣を一閃し、胴体と頭部を切り離した。
ボトリ、とオーガロードの生首が地面に落ちる。
「醜い汚れは、大地に還って浄化されろ」
絶命したオーガロードに、手向けとするような言葉を投げかける。
そうして、返り血のついた剣を振るってそれを払い、腰に下げた鞘に収めた。
「さて、リノア姉さんを目覚めさせる前に、何か上手い説明を考えないとな」
戦いを終えた僕が、気持ちをクールダウンさせ、その事で思索を巡らせていると、
「キュ⋯⋯キュイ⋯⋯」
オーガロードが現れた方角から、何かの鳴き声のようなものが小さく耳に届いてきた。
(オーガロードに襲われた動物かな⋯⋯?)
放っておくのも憚られ、その声のした方にいってみると、そこには、一体のドラゴンの幼体がいた。
オーガロードに襲われたんだろうか。
その夜空のような漆黒の鱗に、疎らに星のように白い輝きを放つ斑点のある小さな身体──。
その胸部には、鋭い爪で引き裂かれたような傷が走り、そこから鮮血が流れ出ている。
(こんなところになぜドラゴンなんていう希少種が⋯⋯? いや、その前に──)
「キュー⋯⋯キュ、キュイ⋯⋯」
「待ってろ。すぐに治してやるから」
聞いていて切なくなるような力なくか細い鳴き声を聞いて胸を痛めながら、傷口に手をかざし、
「〈癒やしの女神〉」
〈創造〉の力を使って、治癒を行った。
瞬時に傷口は塞がり、ドラゴンの幼体の顔に生気が戻ってくる。
すると、命を救われた事が分かったのか、身体を擦り寄せてきて、手をペロペロとそのざらついた舌で舐めだした。
「君、ドラゴンのくせに人懐っこいな」
「キュ! キュイ!」
返事をするように、その小さな翼をパタパタとさせて見せる。
「何て種族のドラゴンなんだろう。ちょっと〈鑑定〉で見てみるか」
【名前】なし
【種族】エンシェントドラゴン
【性別】雄
【年齢】0歳
【状態】やや栄養不足
【LV】1
【HP】12
【MP】16
【ATK】8
【DEF】9
【INT】11
【AGL】13
【能力】竜言語魔法
魔:火 水 風 土 氷 雷 光 闇
無
【称号】千年の時を超えて生きる者 頂点に君臨する者
【加護】アテナの加護
「エンシェントドラゴンって、竜種の頂点に立つ種族じゃないか。凄いな。レベルはまだ1でステータスも低いけど、全属性の魔法に適正がある上に、竜言語魔法なんてものまで使えるみたいだ。それと称号と加護も」
「キュイ! キュ、キュイ!」
褒められた事が分かるのか、嬉しげに飛び跳ねて見せるドラゴンの幼体。
「けど、どうするかな? 傷は治して元気になってくれたけど、こんな小さな身体とステータスじゃ、またモンスターに襲われて危ない目に遭わされるかもしれない」
しばらくそのまま思案していたが、やはりこのままここに置き去りには出来ないと、
「君、うちにくるか? 大きくなったら飼えなくなるかもしれないけど、それまでだったらいてもいいぞ。事情を話せば、父さんと母さんも許してくれるだろ」
「キュイー!」
ドラゴンの幼体が、その言葉を聞いて、嬉しそうに鳴きながら僕の胸に飛び込んできた。
「あははっ。そうか嬉しいか。君、僕の言ってる事が分かるみたいだな」
「キュ、キュ、キュイ!」
「よし。君に名前をつけてやろう。どんなのがいいかな⋯⋯」
色々な候補を頭の中に思い浮かべながら、その中から一番いいと感じた一つを選び、言葉にして挙げた。
「”ネビュラ”。夜空のような漆黒の鱗に、星のように白い輝きを放つ斑点があるから、”星雲”を意味するネビュラ──どうだ? いい名前だと思わないか? 美しい君の姿にぴったりだろ?」
そう名付けた途端、ドラゴンの幼体──ネビュラが、眩い輝きを放った。
「うわっ!」
不意の出来事に、思わず目蓋を閉じて身体を仰け反らせる。
「主、命を救ってくれてありがと」
「ん⋯⋯?」
続けて、誰かの声が聞こえてきた。まだあどけない幼子のような。
キョロキョロと辺りに視線を巡らせるが、僕達以外に誰かいる様子もない。
「⋯⋯もしかして、君が喋ったのか?」
怪訝に眉を顰めながら、ドラゴンの幼体──ネビュラに問う。
「そうだよ。主がボクに名前をつけてくれたおかげで、従魔として登録されて話せるようになったんだ。意思の疎通が出来るのは、主限定だけどね」
どうやら、僕の頭の中で、理解出来る言葉に変換されているみたいだ。
「いつの間にそんな事に⋯⋯それじゃあ聞くけど、どうしてこんなところにいたんだ?」
「分からない。気付いたら、この森の中で卵から孵ってた」
「卵から生まれたばかりなのか。でも、〈鑑定〉で見たら、称号の欄に、『千年の時を超えて生きる者』って書かれてたぞ」
「それは僕が転生する前の称号を引き継いでるんじゃないかな」
「え、君、転生したのか?」
という事は、僕と同じ境遇という訳だ。流石に異世界からじゃないだろうけど。
「うん。記憶はあまり残ってないんだけど、肉体に限界がきてたんだと思うよ」
「そうか⋯⋯そうして転生して卵から孵ったばかりのところを、オーガロードに襲われたんだな」
「多分、ボクの魔力に引き寄せられたんじゃないかな。モンスターにとって、上質な魔力を含んだ肉は、極上のご馳走だからさ。でも、主が現れたから、メインディッシュの前に、オードブルとして、人間の肉をいただこうとしたんじゃない?」
「それであいつはこんな森の浅いところまできていたんだな」
「うん。主がきてくれなかったら、ボクは今頃、オーガロードのお腹の中だったよ」
「運がよかったな。それじゃあ、オーガロードを収納して、リノア姉さんを目覚めさせて帰るとしようか」
僕は切り落としたオーガロードの生首と胴体を空間収納に収め、気を失って倒れているリノア姉さの元に寄った。
「〈癒やしの女神〉」
この〈創造〉の力を用いた技は、傷を治療するだけでなく、意識を覚醒させるのにも使える万能なものだ。
ご都合主義のようにも思えるが、そこはゲーム世界のチートキャラの面目躍如と言ったところ。
「んっ⋯⋯?」
リノア姉さんが身を捩りながら、小さく唸る。
「目覚めたみたいだね。リノア姉さん。具合はどう?」
「デュアル⋯⋯? あ!」
僕が声をかけると、何かに思い当たったように、はっとしつつガバリと身を起こした。
警戒するように、すぐさま辺りに目を配る。
「安心して。オーガロードなら、森の奥に帰っていったよ」
「え⋯⋯? そうなの?」
きょとんとするリノア姉さん。
「うん。このドラゴンの幼体を見て、脅威を感じたのか怯えるようにしながらね」
実際は真逆なんだけどね。
ドラゴンがモンスター達の頂点に座す種族という事は事実なので、そう言っても信じてもらえるだろうと考えた。
何より、僕が倒したなんて思いもよらないだろうし。
リノア姉さんは、僕が抱え上げたネビュラを見ると、一瞬で相好を崩しつつ、
「きゃあっ!」
黄色い声を上げて、僕からネビュラを奪い取るようにして抱き締めた。
「デュアル、何!? この可愛い生きものは!?」
「主ー、この人誰?」
頬ずりしながら愛でるリノア姉さんと、戸惑うネビュラ。
リノア姉さんに、こういう一面があったとは。初めて知ったよ。
(多分、ぬいぐるみ感覚なんだろうなあ)
男勝りに剣を振るうリノア姉さんも、やはり可愛いものを好む年頃の娘だったという事か。
「あー、リノア姉さん。とりあえず、ネビュラが困ってるから、解放してあげて」
僕がそう呼びかけるも、リノア姉さんはその言葉を無視。
それからしばらくの間、ネビュラに熱い抱擁を続けた。




