第34話 トラブル
雪解けを迎えて、女神が微笑んでいるような暖かい陽射しが差し込むようになってきた頃。
ウァリエタース王立学園の受験に無事全員合格していた僕達。
父さんと母さん、そして邸の使用人たちに別れを告げて、エンシェントドラゴンのネヴュラを連れ、王都へとやってきた。
今回は馬車での移動じゃない。
僕の〈破壊〉の力を使った空間転移による瞬間移動だ。
一回そこを訪れる必要があるけれど、座標さえ固定しておけば、どこにでも瞬時に移動することができる。
住むところは、学園近くの借家を借りた。
真新しい造りの、大きめの風呂やキッチンのついた二階建ての家だ。
部屋も、四人で一部屋ずつ使ってもまだ余っている。
学生が住むには多少高額な物件だけれど、委託販売のおかげで、資産ならありあまっているからね。奮発することにしたよ。
ああ、そうそう。
その委託販売についてだけれど、それも空間転移を使って、僕が作ったものをニコルさんの元に送るようにしている。
そのため、ニコルさんには、僕の〈破壊と創造〉の本当の能力を打ち明けることになった。
驚いていたけれど、すぐに商人の顔になって、その力を商売にいかせないか考えていたよ。
「それじゃあ、いってくるよ。留守番お願いね、ネヴュラ」
「頑張ってねー、主ー、皆ー」
ネビュラに見送られながら、僕たちの住む家『ニドゥス・アウィス』を出る。
その名前は、リノア姉さんがつけた。
『鳥の巣』を意味する言葉だ。
雛が安らぐ鳥の巣みたいに温かい家に、という気持ちを込めてらしい。
いい名前だと僕も気に入っている。
歩いて五分程で、学園についた。
入学式とあって、校内は、同級生になるだろう学生たちが大勢集っていた。
皆、掲示板前でひしめき合っている。
「ついにきたわね」
Sクラス入りを熱望しているリノア姉さんが、緊張に表情を引き締めた。
「きっとSクラスに入ってるよ。さあ、僕達も見にいこう」
皆を先導して、人混みの間を縫って歩き、掲示板の前にいく。
入学試験の順位と、それに応じたクラス分けが貼り出されていた。
:Sクラス
1位 シリウス・フォン・ディースターヴェーク
2位 セリア・フォン・クラウベルク
3位 レティシア
4位 リノア・フォン・アイシュリング
5位 ニベア
6位 デュアル・フォン・フォルマ
7位 アヴィ
⋯⋯⋯⋯
28位 イーリス・フォン・ウァリエタース
「やったあ! Sクラス入りだわ! しかも四位!」
リノア姉さんが飛び跳ねながら歓喜する。
「ほっとしましたけど、私ごときが、デュアル様やリノア様の上などと、何だか烏滸がましいです」
とレティシア。
「よかった。デュアルと同じクラス」
とニベア。
皆Sクラスに入ってる。
予想通りだけど、こうして結果を見ると、やはり安心するね。
セリア嬢が僕達よりも上の二位というのは、納得の結果だ。
彼女は全ての分野において好成績を収めていたから。
リノア姉さんはレティシアに負けてしまったか。
魔法の結果がその差を生んだのかな。
僕はニベアの下。
まぁ試験はだいぶ手を抜いていたからね。
Sクラスには入っているわけだし、これくらいの順位がちょうどいい。
イーリス王女殿下は、試験会場では見かけなかったけれど、王族だから、特別対応なのかな?
そこらへんは忖度が働いているんだろう。
しかし、一位はあのシリウスか。
ゲームでもそうだったけど、そうなると、入学生総代は彼で、式辞を読み上げることになる。
(あの宣誓は酷かったな⋯⋯)
ゲームのことを思い出していると、その前にあるイベントを思い出した。
そう言えば、この時、掲示板の近くで、主人公とセリアが初めて顔を合わせるんだっけ。
とすると──。
「にやぁっ!」
誰かの悲鳴が聞こえた。
そちらへと顔を向けると、地面に猫獣人の少女が倒れていた。
その前には、彼女を見下ろすように立つシリウスの姿が。
僕は慌ててその猫獣人の少女の傍に駆け寄り、屈んで声をかけた。
「大丈夫?」
「足が⋯⋯」
彼女が手で押さえているのは、右足の外くるぶし回り。
どうやら足を捻ってしまったらしい。
「じっとしてて。今治してあげるから」
「にゃ? 治すって⋯⋯?」
「〈癒やしの女神〉」
唱える。
『創造』の力を使って、怪我を癒やした。
「もう平気だよ」
「にゃにゃ⋯⋯? 痛くないにゃ⋯⋯?」
猫獣人の少女が、足を動かしながら不思議そうにする。
「あなた、酷いことするのね。か弱い女の子を突き飛ばすなんて。それでも、新入生を代表する総代なの?」
いつの間にか姿を現していたセリア嬢が、偉そうにふんぞり返るシリウスと対峙していた。
「そうよ! 謝りなさい!」
リノア姉さんが強い口調で迫る。
「その卑しい獣風情が、俺の前に立って道を塞いでいたから、押し退けてやっただけだ。路傍の石を蹴り飛ばすのと変わらない」
シリウスは、悪びれるどころか、侮蔑の言葉を吐きつけた。
「貴方、最低ね⋯⋯」
「俺はもういかせてもらう。凡愚にかかずらっている暇はないんでな。だが、セリア嬢。君だけは別だ。由緒ある『八芒星』」の一つであるクラウベルク家の令嬢で、才色兼備な君は、俺と同じ選ばれた者だ。そんな卑しいやつらには関わらず、俺がこれから作るグループの一員に加わった方がいい。いい返事を待っている。じゃあな」
シリウスが、俺達の横を颯爽とした足どりで通り過ぎていく。
「災難だったわね」
セリア嬢が猫獣人の少女に手を差し伸べる。
「ありがとうございますにゃ」
そこに、息せき切って、一人の少年が走って現れた。
「セリア嬢、後は俺に任せろ! シリウス! お前の横暴も──あれ?」
そこにシリウスの姿がないことに気づいたらしく、ぽかんと口を開けて固まる。
「⋯⋯あなた、誰よ?」
自分の名前を呼ばれたセリア嬢が、怪訝そうに問う。
そう。彼こそが、このゲーム世界──『黎明のエヴァンジル』の主人公となるアヴィだ。
短髪を無造作に散らしていて、中肉中背。
主人公らしく顔立ちは整っている方だけど、田舎の村出身のためか、垢抜けない印象を受ける。
「俺は、アヴィ。シリウスと諍いを起こしている君の味方につこうと思ったんだけど⋯⋯」
「シリウスなら、もういってしまったよ」
と僕。
「黒に白が一筋の髪に、赤と青のオッドアイ⋯⋯デュアル⋯⋯! なんでお前が、この学園に⋯⋯!?」
僕の顔を見て驚くアヴィ。
「僕のこと知ってるの? 初対面のはずだよね?」
「⋯⋯いや、何でもない。人違いだ」
アヴィはそう嘯くと、決まりが悪そうにしながら、その場を離れていった。
(彼も僕と同じ転生者なのか⋯⋯?)
シリウスとセリア嬢が諍いを起こすことを知っていたことといい、今の発言といい、そう判断できる材料が多い。
だとして、彼の目的は何だろう。
セリア嬢とのフラグを立てようとしていたし、ゲームのシナリオ通りに進めようとしているんだろうか。
ちゃんと『終焉の厄災』の復活を阻止するような方向で動いてくれればいいんだけれど⋯⋯。
今の言動を見聞きした限り、アヴィに転生した彼の人格は、俗っぽく、主人公としての適正があまりないように思えた。
まぁ彼も今後の学園生活で大きく成長するだろうし、心強い味方も数多く得ることだろうから、そう心配する必要もないだろう。
「デュアル、受験の時以来ね。また腕を上げたんじゃない? 魔力の質が違っているわ」
セリア嬢は、魔眼『プロヴィデンスの目』の持ち主だ。
最近では、相手の実力を、その魔法からスキルまで正確に把握できる程にまで成長している。
「セリア嬢もね」
僕も魔力感知で相手の実力をおおよそになら察することができる。
「私達皆Sクラスよ! あのシリウスとかいういけ好かないやつに上をいかれて、しかも同じクラスっていうのは不服だけどね」
とリノア姉さん。
「関わらないように気をつければ大丈夫よ。それより、入学式まであまり時間もないことだし、そろそろ講堂に向かいましょう」




