第29話 タウンハウスへの招待
あれから、セリア嬢達に案内されて、道端に並ぶ屋台で買食いしたりしつつ色んなところを回った。
珍しい商品や異国の食材などが並ぶ中央市場。
勇者の銅像が立つ緑豊かな広場。
ステンドグラスが鮮やかな、荘厳な雰囲気のサンクトゥス教大聖堂。
王都で一番高い建物で、その街並みが一望出来る展望台のある天高く聳え立つ塔。
そのどれもが、辺境の地にいては決して見られないものばかりで、新鮮な驚きとともに、僕達の心に刻み込まれた。
今日だけで、何度『美しいね』とお決まりのフレーズを口にしたか分からない程だ。
学園に無事合格すれば、そんな光景も、日常の一部となるんだろう。
そんな満ち足りた王都観光の後は、クラウベルク家のタウンハウスに招待された。
茜色に染まる空の下、広大な庭を持ち、使用人達の宿舎を脇に従えて建つ公爵邸。
石造りのそれは、一見して城と見紛う程の規模で、思わず圧倒されてしまった。
玄関ホールで大勢の使用人達に迎え入れられた僕達は、セリア嬢達の案内で、応接室に通された。
そこで待っていてとの事だったので、暫くそうしていると、セリア嬢達が、二人の男女を連れて戻ってきた。
一人は、三十半ばを過ぎたくらいの男性。
茶髪のミディアムヘアを、癖毛を活かして柔らかくセットしている。
男らしく整った顔立ちで、厳格さと温かさを併せ持った雰囲気だ。
もう一人は、四十前後程の女性。
ティアナ嬢と同じアイボリー色の長い髪を、下の方で緩く結んでいる。
こちらも端正な容姿だけれど、母性を滲ませていて、柔らかいといった印象が大きい。
二人とも、派手すぎず、しかし威厳や優雅さを感じさせるジャケットやドレスに身を包んでいる。
「君達が、ティアナを救ってくれたという勇敢な若者達か。私は彼女達の親となるデューク・フォン・クラウベルクだ。王城務めで財務大臣をしている」
「私は妻のアリアよ」
二人が名乗り、僕達も自己紹介をした。
「デュアル・フォン・フォルマです」
「デュアルの姉、リノア・フォン・アイシュリングよ」
「デュアル様の専属メイドをやらせてもらっているレティシアと申します」
「ニベア。デュアルの専属メイド」
最後にニベアが名乗ると、デューク閣下は、相好を崩しつつ言った。
「これ程美女揃いとはな。デュアル君は、昨年の晩餐会でセリアと共演したから知っていたが、まさにハーレム状態じゃないか」
「貴方、失礼ですよ」
デューク閣下の軽口を、アリア夫人がやんわりと咎めた。
「ん? ああ、すまない。揶揄うつもりはなかったんだ。純粋に男として羨ましくてな」
デューク閣下が笑いながら弁解する。
「お父様、あまり鼻の下を伸ばしていると、軽蔑されますよ」
とセリア嬢からも。
「参ったなあ。娘からも駄目出しをされるなんて⋯⋯」
と困ったように頭を掻いてみせる。
「それより、先にお礼を言わないと」
アリア夫人はそう言うと、僕達に向かって、
「娘のティアナを救ってくれて、本当にありがとう。貴方達のおかげで、クラウベルク家も救われたわ。この恩は必ず返させてもらいます」
「私からも礼を言わせてもらうよ。ティアナは私達の宝だからな。その宝が失われてしまっていたかもしれないと思うと、身震いがする。君達のおかげで、その悲劇は迎えずに済んだ。ありがとうという気持ちで一杯だ」
「気にしないでください。ティアナ嬢が無事であったというだけで、僕達は満足していまづから」
「そうよ。悪事は見逃せないというだけ」
公爵夫妻からの感謝の言葉に、僕とリノア姉さんが返した。
「無欲なんだな。娘の命を救ったも同然なんだ。見返りとして、大金を要求されたとしても、文句は言えないというのに」
「見返りなんて要りません。それはとても美しくない。けれど、それ以外で一つ頼みたい事があるんですけど」
「何だ?」
「僕や彼女達家族にもし何かあった時に、その味方となって欲しいんです」
「つまり後ろ盾が欲しいという訳だな」
「はい、そうです」
と頷く。
「分かった。その時は、クラウベルク家の名にかけてその力になると誓おう」
「ありがとうございます」
これで、ラグナ国王に続き、八大公爵家の一星からも、庇護を受けられる約束をとりつける事が出来た。
「デュアル君は、次々と新商品を開発したりなど、話題には事欠かないからな。その利益を掠めとろうとする輩もいないとも限らない。味方は多いに越した事はないだろう」
「私も、茶会などで、デュアル君と繋がりを持った事を広める事にしますね。八大公爵家の一星が後ろについているとなれば、そうやすやすと手出しは出来ないでしょう」
「それは助かります」
僕と公爵夫妻がそんな話をしていると、ティアナ嬢が割り込んできた。
「お父様、お母様、もう話は終わったんでしょう? そろそろ夕食にしようよ!」
「そうだな。デュアル君達には、最高のご馳走を振る舞ってやらねば」
「料理長に伝えたら、張り切って用意すると言ってくれましたからね。きっとお口に合うでしょう」
§
「この黄色いものが、その”おむらいす”なるものなのか?」
皿に盛られたオムライスをまじまじと見つめながら、デューク閣下が尋ねた。
「はい。僕の創作料理です」
僕は、そう答える。
夕食をご馳走になるにあたって、僕も空間収納に入れていた料理を提供する事にした。
食堂の長いテーブルに座る面々の前に並ぶのは、ふわとろオムライス。
果たして、現代知識を使った料理は、異世界の公爵家という舌の肥えた人達を満足させる事が出来るのか。
「卵がとろとろですね」
とアリア夫人。
「デュアルは料理も得意なのね。あなたどれだけ多才なのよ」
とセリア嬢が感心を混じえながら。
「凄く美味しそう! 早く食べようよ!」
琥珀色の瞳を期待に輝かせながら、ティアナ嬢が催促する。
「それでは。神よ、この恵みに感謝します」
「「「神よ、この恵みに感謝します」」」
食前祈りを皆で捧げてから、食べ始めた。
「美味しー! 卵がふわとろー!」
「この上にかかっている茶色いソースも絶品ね。複雑なコクがあって濃厚だわ」
「むむ。これではうちの料理が霞んでしまうな」
「私、この料理好きですわ。こんな優しい食感の卵料理は初めて食べました」
ティアナ嬢、セリア嬢、デューク閣下、アリア夫人ら公爵家の面々が言う。
どうやら僕の料理スキルは、公爵家相手でも通用するらしい。
この上ない誉れだね。
「デュアル、卵料理と言ったら、”あれ”もあるんじゃない?」
リノア姉さんが提案した。
「あれ、ってなんですか!? 私、気になります!」
耳聡いティアナ嬢が、飛びついてくる。
「分かったよ。それじゃあ、食後に出そうか」
そうして、皆が料理を食べ終えた後に僕が空間収納から出したのは、プリンアラモード。
カスタードプリンとバニラアイスを皿に盛りつけ色とりどりのフルーツを添えたスイーツだ。
バニラアイスを作るのに必要なバニラエッセンスは、ニコルさんに頼んで手に入れたバニラビーンズを使って自作した。
「うわあ! 凄く綺麗なデザート!」
「ぷるぷるしてるわね。これも卵料理なの?」
「甘いものは苦手だが、試しに食べてみるとするか」
「これも見た事のない料理ね。色鮮やかで、まるで芸術品のようだわ」
と公爵家の皆。
そして、そのプリンアラモードが、彼らの口に含まれた結果──。
「あまーい! つめたーい! 美味しー!」
「プリンもアイスも優しい口溶けね。美味だわ」
「これは私でも美味しくいただける味だな」
「素晴らしいわね。茶会で出されるどんなお菓子よりも美味しいわ」
予想通りの大好評。
僕が今出せる最強のスイーツだから、当然の反応だよ。
うちの女性陣も、これの前には、全員恋に夢中になるように落ちたんだから。
そんな公爵家の人達の舌をも唸らせた夕食の後は、暖炉のある広々としたリビングで過ごす事に。
「その絵がそんなに気に入ったの?」
団欒の席からは一人離れて、壁にかけられている絵画を鑑賞していた僕の傍に、セリア嬢が寄ってきて尋ねた。
「昔、子供の頃に美術館で見た絵の事を思い出してしまってね」
その絵は、前世で僕が『美しさ』を求めて止まなくなるきっかけとなった、あの若い女性が描かれている絵によく似ていた。
その為、改めてその思いが込み上げてきていたんだ。
「そう。貴方、芸術作品にはうるさそうだものね」
セリア嬢は、そう相槌を打つと、一呼吸間を置いてから、
「ああやってティアナが笑っている姿を見ていると、改めて無事でよかったって気持ちが込み上げてくるわね」
そちらへと視線を向けながら、感慨深げに言った。
そのティアナ嬢はといえば、部屋の中央で、テーブルを囲んだソファに座り、僕が渡したトランプで、他の皆とババ抜きを楽しんでいる。
席はニベアの隣だ。
危機を救われた事で、彼女に懐いてしまったらしい。
ニベアも、表情には出さないものの、満更でもなさそうだ。
ティアナ嬢の事は、『綺麗な花』に例えていたからな。
花を愛でる彼女は、そんなティアナ嬢の事も気に入っているんだろう。
「そうだね」
僕は頷くと、
「二度と彼女みたいな被害者が出ないといいんだけど」
「ええ、そうね。王都も最近きな臭い動きがあったりするから、安心は出来ないわ」
「もしかして、ティアナ嬢が攫われそうにになったのは、組織立った犯行だったりするとか?」
「尋問の結果を聞かない事には、確かな事は言えないけれど、多分、あいつらは奴隷密売組織の下っ端とかじゃないかしら。最近、その被害が相次いでるって王都新聞で読んだわ」
僕が活版印刷を広めた事で、この短期間で、王都では新聞が発行されるまでになった。
異世界ルネサンスがちゃんと起きているみたいで何より。
それにしても、奴隷密売組織か。穏やかじゃないな。
「僕達も気をつけておく事にするよ。そんな組織にとって、リノア姉さん達は格好の的だろうからね。組織が実力者を雇っていないとも限らないし」
「そうした方がいいでしょうね」
僕は彼女がそう言うのを聞いてから、「ところで」と話を変えて、
「君は勉強はしなくてもいいの? 受験は明後日だけど」
「今更やる事なんて何もないわよ。勉強なら、既に学園卒業程度までの学力を持っているもの。伊達に幼い頃から英才教育を受けてはいないわ。そう言う貴方達こそ、余裕そうにしているけれど」
「僕達も、家庭教師をしてくれた人のお墨つきをもらっているからね」
「ふうん。貴方が優秀なのは知っているけれど、他の人達もそうなのね」
「皆地頭がよくてね。大して苦労もせずにすぐに理解しちゃうんだよ」
「そう。武芸や魔法の面でも優秀みたいだし、皆で同じSクラスになれるかもね」
「君の歌声はとても美しいけれど、武芸の方はどうなの?」
「私は剣を嗜んでいるわ。実力は──そうね。ダンジョンでB級モンスター程度なら、一人でも軽くあしらえるわよ」
得意げになる訳でもなく、当然の事のようにして言う。
「それは凄い。文武両道なんだね」
彼女は神に愛されているな。特別な才能を幾つも授かっている。
「魔法も苦手じゃないわ。主に光魔法を使うわね」
「そうなんだ。僕は無属性にしか適正がないから、羨ましいなあ」
「それでも、あれだけの強さを持っているんだからいいじゃない。ラザールを圧倒したあの決闘、貴族達の間で語り草になってるらしいわよ」
「僕も十歳の頃から森でモンスターと戦って鍛えてるからね。元第一騎士団の副団長だった父さんに剣術の指南も受けているし、それなりにはやれるよ」
「学園で同じSクラスになったら、一度貴方と模擬戦がしてみたいわ。公爵家で雇っている家庭教師は、もう超えてしまって相手にならないのよね」
と挑戦的に笑みながら。
「その時は、お手柔らかに頼むよ」
暫く、二人でそのまま会話をしていたけれど、他の皆が楽しんでいたババ抜き終わり、もう夜も更けてきたという事で、僕達は公爵邸をお暇する事にした。




