第2話 家族との対面
「よかった。目覚めてくれたのね」
ベッドまで慌てて駆け寄ってきたその少女──僕デュアルの姉リノアが、嬉しげに微笑みを向けた。
腰程まである赤い髪をそのまま下ろしている彼女。
僕とは一つ歳が離れた年子の今年十一歳になるアイシュリング家の長女だ。
剣術が得意で、元王立騎士団で騎士団長を務めていた父さんに毎日稽古をつけてもらっている。
その父さんによると、かなり筋がいいらしい。 将来は王立騎士団に入団して、父さんのような名のある騎士になりたいんだとか。
そんな風に、男勝りなところもあるが、弟の僕を可愛がってくれる心優しい姉なのだ。
そして、彼女は、ゲーム〈黎明のエヴァンジル〉において、重要な役割を持つ人物でもある。
〈終焉の厄災〉の復活の為に必要な苗床の〈贄〉となる十ある〈クリファ〉の内の『色欲』を象徴する〈ツァーカブ〉に選定されてしまうんだ。
フィニス教団が盗賊団を扇動してここ領主邸を襲わせるのも、〈クリファ〉であるリノア姉さんを攫う為。
〈終焉の厄災〉の魂が封印される前に選定された〈クリファ〉は、死後は別の誰かにその役目を委譲して、絶える事なく引き継がれていく事になる。
その〈クリファ〉は、役目を引き継いだ時点で、身体のどこかに特殊な紋様──〈邪悪の樹〉が浮かび上がる。
けれど、リノア姉さんは、その時点ではまだ〈クリファ〉にはなっていない。
ではなぜ教団がリノア姉さんの身を狙うのか。
それは、教団には預言者がいて、そうなる未来を予知しているからだ。
ともあれ、〈終焉の厄災〉の復活を阻止する為にも、また、大切な家族のリノア姉さんを守る為にも、そんな事は絶対にさせない。
「心配かけてごめんね、リノア姉さん。僕はもう大丈夫だから」
腕を振って元気なところをアピールしてみせる。
「そう。貴方が洗礼の儀で気を失って倒れたって聞いた時は、目の前が真っ暗になったけれど⋯⋯無事でいてくれて救われる思いだわ」
感極まったようにして、その瞳を揺らす。
「大げさだなぁ。ちょっと寝不足で貧血気味になっていただけだよ」
「大げさなんかじゃないわ! 貴方はこのアイシュリング家の宝なのよ! それが失われるなんて事になったら⋯⋯私もその後を追って首を括るわ」
声を大きくして、物騒な事を言い出した。
「落ち着いて、リノア姉さん。僕はちゃんと生きてここにいるからね」
このように、リノア姉さんは、僕への思いが強すぎて少し危うい方向へと進んでしまう事がある。
けれど、そんな彼女を前に、思わず頬が緩む。
だって、大好きなゲームの大好きなキャラクターだからね。
そんな面も合わせて好ましく思えるんだ。
「そうね。貴方が傍にいてくれるなら、それでいいわ」
冷静さを取り戻してくれたようで、いつもの柔らかい顔に戻った。
「ところで、父さんと母さんは?」
「二人なら、もうすぐ朝食って事で、食堂にいるわよ。デュアルも、目を覚ました事を伝えにいって、一緒に朝食を頂きましょう」
§
「父さん、母さんデュアルが目を覚ましたわよ」
リノア姉さんに連れられて一階にある食堂に入る。
中央に置かれた長いテーブルに、父さんのレオンと母さんのシンシアが席に着いていた。
栗色の髪を後ろで束ねて結び、肩から前に垂らしている母さんは、僕の姿を見ると、椅子から勢い良く立ち上がった。
僕の元へと駆け寄り、ぎゅっと抱き締める。
「ああ、よかった! デュアル君です! ちゃんと動いています!」
母さんは興奮の余りか、僕の事を、壊れていた機械仕掛けの玩具のように扱っている。
ただ、本当にその身を案じていたんだという気持ちも確かに感じられた。
「母さん、心配かけてすいませんでした」
「いいんですよ。デュアル君が無事ならそれで」
「もう身体の方はなんともないのかい?」
その様子を温かい眼差しで見つめていた、短めの金髪をセンターで分けた父さんが尋ねた。
僕とリノア姉さんが、この二人の両親と髪の色が違う理由。
それは、それぞれ『破壊と創造の神の申し子』と、〈終焉の厄災〉に〈贄〉として選ばれた『厄災の贄』だからだ。
ゲームのファンブックではそう解説されていた。
「はい。どこも問題ありません」
「そう。それは何よりだね。それじゃあ、デュアル君もこうして目覚めた事だし、家族揃っての朝食を始めようか。アンセル、デュアル君の分も用意させてくれ」
傍らに立っていた、白髪交じりの髪をオールバックにした初老の家令アンセルが、慇懃な所作で「かしこまりました」と頷く。
続けて、後ろに並んで控えていたメイド達に、その旨を伝える。
暫くして、席に着いた僕の前に、黒パンと野菜入りのスープ、水の入ったコップが置かれた。
「それでは、頂くとしようか。神よ、この恵みに感謝します」
「「「神よ、この恵みに感謝します」」」
食前の祈りを捧げて、食べ始める。
(ある程度予想はしていたけど、これはその斜め上をいっているな⋯⋯)
黒パンは、歯が砕けそうな程に硬く、スープにつけてやっとどうにか噛みちぎれるような代物。
野菜スープも、味付けはシンプルな塩のみ。
現代日本で豊かな食生活を送っていた身としては、これは少々キツイ。
早急な改善が求められるところだ。
「ところでデュアル君。洗礼の儀で与えられた固有スキルの〈破壊と創造〉だけど、どんなものか分かるかい? 何でも前例のない特殊なスキルという話だったんだが」
父さんが尋ねた。
「おぼろげながらですけど、水晶玉に触れてスキル与えられた時に、その知識も得る事が出来ました」
「ほう。それで、どんなスキルだったんだい?」
興味深げに続きを促す。
「〈破壊〉の方は、物質を砕いたり切ったり削ったりが出来て、〈創造〉の方は、水や光を生み出したり、簡単な傷の治療が出来るみたいです」
事前に考えていた偽りの答えを返した。
父さん達を騙すのは心苦しいけれど、こればかりは仕方ない。
「なるほど。それは、使いようによっては、とても有用なスキルになりそうだね。効果が高まるように、積極的に使ってレベルを上げるといいよ」
「はい、そうします」
「私が訓練で怪我をしたら、デュアルに治してもらえるわね」
リノア姉さんは、とても嬉しそうだ。掠り傷や打撲ぐらいなら真の能力はばれないだろうから、治療してあげる事にしよう。
そう考えながら、ふと父さんに頼みたい事があったのを思い出した。
「父さん、明日から、僕もリノア姉さんと一緒に、剣術の訓練を受けさせてもらえませんか?」
「どうしたんだい? 急にそんな事を言い出すなんて」
父さんが驚いたようにして真意を問う。
「強くなりたいんです。僕も父さんみたいに家族を守れるような力が欲しい」
「よく言ったわ、デュアル! 私と一緒に、将来は王立騎士団に入れるように、訓練に励みましょう!」
リノア姉さんが、椅子から立ち上がりながら意気込む。
「そう言ってくれるのは嬉しいですけれど、無理だけはしないでくださいね」
微笑みを向けながら案じてくれる母さん。
「分かった。でも、剣を持つという事は、命のやり取りをするという事だ。戦い命を落とす事がないように、訓練は厳しくするよ。ついてこれるかい?」
父さんに、試すように問いかけられた。
「はい。覚悟は出来ています」
真剣な顔をしながら頷く。
「よろしい。では、明日からリノアと一緒に鍛えてあげよう」




