第28話 再会
「はー、美味しかったわね」
東区にあるレストランを出たリノア姉さんが、満足げに言った。
僕達は、先程そこで昼食を食べ終えたところだ。
王都でも、リーズナブルなのに美味しいと、庶民の間で好評な店だと聞いていた。
その噂通りの味で、僕も文句は一つもない。
「確かに美味でしたけど、私としては、デュアル様の作る料理の方が上だと感じましたね」
レティシアは身内贔屓が入ってるからね。そう言われて悪い気はしないけど。
「デュアル」
と、隣を歩いていたニベアに袖を掴まれた。
「どうしたの?」
「今、女の子が、男達に、裏通りに連れ込まれた」
「何だって!?」
「あそこ」
ニベアが指差す。
「見過ごせないわね。デュアル、いきましょう!」
話を聞いていたリノア姉さんが言う。
「うん!」
僕は頷いて、皆と一緒に、その裏通りへと駆け出した。
そこは、幅はそれなりにあるものの、背の高い建物に挟まれていて、陽の光が遮られて薄暗く、じめっとしていた。
その先に、一台の馬車が停まっている。
その中に、今まさに、暴漢達によって、若いアイボリー色の髪をした少女が、押し込まれようとしていた。
「待ちなさい!」
リノア姉さんが、暴漢達に向かって叫んだ。
「ああん? 何だ、てめえら?」
その中の、無造作で乱れた長髪の男が、目を眇めながらこちらを睨む。
「その子を離しなさい! このクズどもが!」
続けて、レティシアが罵倒した。
「酷い言い草だな、ハーフエルフの姉ちゃん。だがな、この子は、俺達の懐を温めてくれる大事な金づるなのよ。逃がす訳にはいかねえ」
汚く罵られても、動じる事なく言い返した。
挑発には乗ってこないか。
「それに、よく見りゃあ別嬪揃いじゃねえか。纏めて捕らえて売り捌けば、高級娼館で毎日豪遊してもお釣りがくるような大金が手に入るぜ」
と舌舐めずりしながら、リノア姉さん達に下卑た視線を向ける。
(さて、どうするか。相手は五人。その程度のチンピラごときを制圧するのは、〈破壊と創造〉の力に頼らなくても簡単だ。けれど、逆上して、拘束されているあの子が危害を加えられないとも限らない)
「デュアル、ここは私に任せて」
そんな事を考えて逡巡している僕に、ニベアはそう言い、前に出ると、
「綺麗な花を、手折ろうとする野蛮人、許さない」
その端正な顔を歪めつつ、暴漢達に厳しい言葉を突きつけた。
(彼女がここまで感情を露わにするなんて⋯⋯よっぽど強い怒りを覚えたんだろう)
「何だ? そっちの白髪の姉ちゃんが、俺達の相手をしてくれるってのか?」
長髪の男が嘲るように言う。
ニベアは、それを意に介さず、空間収納から素早くデスサイズをとり出すと、
「〈断絶〉」
スキル名を唱えると同時に、デスサイズで虚空を斬り裂いた。
その瞬間、少女を羽交い締めにして拘束していた男の首が飛び、傷口から鮮血が吹き出した。
「きゃあっ!」
その血を浴びせられた少女が、悲鳴を上げる。
「な⋯⋯!」
その凄惨な断罪シーンを見せられた暴漢達が、言葉を失い唖然とする。
残虐者モードにならないと、残酷な攻撃が出来ない僕と違い、彼女には、敵と見定めた相手への容赦はない。
普段は、花を愛でる純粋で優しい少女でしかない為、そのギャップに驚かされる。
けれど僕は、そんな彼女を、”美しい”と感じた。
まるで、ギリシア神話の『オレステイア』三部作で語られる女神のようだ。
復讐の女神エリーニュスが、後に慈愛の女神たちへと変化する物語。
その二面性を象徴する女神と、彼女はよく似ている。
「まだ、やる?」
ニベアが、デスサイズの赤い刃を突きつけながら、暴漢達に睨みを利かせる。
「化け物だ!」
「あんなの反則だろ!」
「逃げろ! 俺達も殺されるぞ!」
暴漢達は口々に叫ぶと、泡を食って逃走していった。
その場に残されたのは、未だ傷口から血を吹き出しながら地面に転がる首なし死体と、その血を浴びて真っ赤に染まったまま呆然と立ち尽くす少女。
そこに、裏路地の後方にある入り口から、その少女に呼びかける声が聞こえてきた。
「ティアナ!」
振り向くと、そこには、輝くプラチナブロンドの髪を持つ少女がいた。
セリア・フォン・クラウベルク──。
あの晩餐会で出会った〈白金薔薇の歌姫〉だ。
「どうしたのその血──って、貴方、デュアルじゃない!」
どうやら僕達は、奇縁で結ばれているみたいだ。
§
あの後、駆けつけたセリア嬢によって衛兵が呼ばれ、首なし死体は処理され、僕達はいくつかの質問を受けてから、解放された。
「まさか貴方にティアナを救われるとは思わなかったわ」
セリア嬢が言う。
ティアナというのが、暴漢達に攫われそうになっていた少女の名前で、セリア嬢の妹になるらしい。
「救ったのは、そこにいるニベアだよ。彼女のスキルのおかげで、危害を加えられる事なく済ます事が出来たんだ」
「そうだよ、お姉様! ニベアさんは、凄いんだから!」
ティアナ嬢が、セリア嬢に詰め寄りながらベニアを称える。
彼女に浴びせられた血は、僕の生活魔法〈浄化〉によって、既に綺麗にとり除かれている。
人間の首が飛ぶという凄惨な場面に直面していた訳だけど、そのショックを引き摺ってはいないみたいだ。
見かけの可憐さに似合わず、結構神経が太いのかもしれない。
「貴方の仲間も、手練れ揃いみたいね」
とセリア嬢が、そのニベア達を見ながら。
「貴女が八大公爵家の一星、クラウベルク家のご令嬢ね。デュアルから話は聞いているわ。私は姉のリノアよ。よろしくね」
とリノア姉さんが挨拶した。
「私は、レティシア・フェアウェザーといいます。ハーフエルフで、デュアル様の専属メイドを務めさせていただいています。どうぞ、よろしくお願いします」
レティシアが恭しく頭を下げながら続く。
「私、ニベア。お花が好き。よろしく」
最後に、ニベアが。
「リノアに、レティシアに、ニベアね。覚えたわ。三人も王立学園を受験するの?」
「そうだよ。合格したら、学園の近くに借家を借りて、皆で一緒に住むつもりでいるんだ」
その問いには、僕が代表して答えた。
「それは賑やかで楽しそうね。私も暇があれば、訪ねさせてもらいたいわ」
「お姉様、その時は私も一緒にね!」
ティアナ嬢が、自分の事も忘れないで、というようにお願いする。
「僕達はお昼前に王都に着いたばかりで、これから適当に散策するつもりでいたんだけど、君達は何をしてたの?」
「買い物よ。日用品と、後は服なんかを見にね。でも、その途中で、ティアナとはぐれてしまったの」
「私がいけないんです。道端の露店で、可愛いアクセサリーが売っているのを見かけて、思わず見にいったんですけど、お姉様に声をかけるのを忘れてしまっていて⋯⋯」
ティアナ嬢が、バツが悪そうに言う。
「それで、気づいたらティアナがいなくなっていたから、慌てて近くを探して回っていたら、裏通りから、男達が騒いでる声が聞こえてきたの。そして、そこに駆けつけてみたら、貴方達と出くわしたって訳」
「そういう事だったんだね。ともあれ、ティアナ嬢を無事に救い出せてよかったよ」
「それについては、本当にありがとうございます
した。おかげで、この身体を売り飛ばされずに済みました」
もう何度目かも分からないお礼を言われた。
「そんなに恩を感じる必要はないよ。困っている人を無償で助ける行為は、とても崇高で美しいからね。見返りを求めたら、その美しさが汚れてしまう事になる」
「デュアルさんって、何だかちょっと変わってますね」
とティアナ嬢が、クスリと笑みながら。
「私が話した通りだったでしょう? 彼、美しさというものに、並々ならぬ拘りを持っているみたいなのよ」
「うん。でも、変人とかじゃなくて、特別って意味だけどね」
「そうよ。私の弟は凄いんだから」
とリノア姉さんがすかさず同意する。
「デュアル様は、至高の存在ですから」
レティシアも通常運転だね。
「私も、そんなデュアルに、救われた内の一人」
ニベアも、僕の事を慕ってくれている。
「身内からも、随分と評価されているのね」
セリア嬢が、感心したように言った。
「ねえ、お姉様。デュアルさん達は、まだ王都には不慣れだろうから、私達で案内してあげない」
とティアナ嬢が提案する。
「私達が彼らの王都観光につき添うって事?」
「うん。それで、そうした後は、私達のタウンハウスに招待して、夕食をご馳走しようよ。救ってもらった分には足りないかもしれないけど、少しでもお返しがしたいの。ねえ、いいでしょう?」
上目遣いで可愛いらしく懇願した。
白金薔薇と呼ばれるセリア嬢も、妹には弱いらしく、あっさりと首を縦に振る事に。
「分かったわ。お父様達も事情を話せば歓迎してくれるでしょうし、そうする事にしましょう」
セリア嬢はそう答えると、僕達の方に向き直りながら、
「聞いていた通り、そういう事になったんだけど、貴方達はそれでかまわない?」
「それは願ってもない申し出だね。王都は広いから、僕達だけじゃ効率よく回れそうにないからさ」
「私も賛成よ。大勢の方が賑やかだものね」
「私も異論はありません」
「同意。綺麗なお花達と戯れるのは、楽しい」
僕に続いて、リノア姉さん、レティシア、ニベアも承諾した。
「それじゃあ、いきましょうか」
「張り切って案内しますね!」
そう言うクラウベルク姉妹の後について、僕達は王都観光に向かった。




