第25話 共演 決闘の申し込み
「それでは、今より、デュアル・フォン・フォルマの奏でるヴァイオリンに乗せて、とセリア・フォン・クラウベルクの歌声を皆に聴かせよう」
ラグナ国王が声高に告げ、聴衆となった参列者達の視線が、ステージに並んで立つ僕とセリア嬢に集中する。
僕は、空間収納からとり出していた愛器のヴァイオリンを構えると、セリア嬢へと目配せした。
彼女が、黙したまま、小さく顎を下げて頷く。
合図を受けとった事を確認して、弓を動かし、曲を奏で始めた。
演奏するのは、この世界において、ヴァイオリンに歌詞がついている曲としては有名な、『聖なる丘で』──。
J.S.バッハが作った曲の伴奏に、グノーがメロディをつけた『アヴェ・マリア』のような、聖歌のような荘厳さを持った曲だ。
僕がイントロの伴奏を弾き終わると同時に、セリア嬢の歌声が重なる。
セリア嬢の、その持ち前の澄み切って透明感のある、けれども、少しばかり掠れたハスキーな声で紡がれる歌は、七色の虹のようだった。
息っぽいウィスパーボイスで、しっとりとした柔らかさや儚さ、セクシーさを表現。
そうしたかと思えば、感情に強く訴えかけるようなロングトーンを発してみたり。
また、重々しい低音での獣のような唸り声まで。
ビブラートとファルセットを巧みに操り、一曲の中で、多彩な色を見せてくれた。
まさに、〈白金薔薇の歌姫〉と呼ばれるに相応しい歌唱力。
聴衆は、そんな彼女の歌姫に、魔法にかけられたように魅了され、聴き惚れているようだった。
僕の手遊び程度のヴァイオリンなんか、ただのお飾りにすぎない。
その彼女の歌声の邪魔にならないように、その魅力を損なわないようにと、懸命に弓を動かした。
そして、約五分弱の演奏が終わる。
同時に、万雷の拍手と歓声を浴びせられた。
「ブラボー!」
「素晴らしい歌声と演奏だった!」
「流石は〈白金薔薇の歌姫〉だ!」
「あの麗しい色鮮やかな少年に、私、見惚れてしまいましたわ」
「これは、歴史に残るステージになったな」
参列者達が、口々に称賛する言葉を聞きながら、セリア嬢は、僕の方へと向き直ると、
「貴方、思ったよりもやるじゃない。これだけ気持ちよく歌えたのは初めてかもしれないわ。演奏家としては、認めてあげる」
そう告げるとともに、それまでの棘のある厳しい表情を崩し、にこりと花が咲いたような華やかで優しい微笑みを浮かべた。
不意をつかれ、心臓がドクンと跳ねる。
その彼女の美しさを独り占めしたいという欲望が、胸の奥で芽生えるのを感じる。
けれど、数瞬の後に、はっとして我に返り、慌てて頭を振ると、その邪念を払い除けた。
僕は、つい半日程前に男爵に叙されただけの下級貴族でしかない身だ。
それに対し、彼女は八大公爵家の一つとなるクラウベルク家の公爵令嬢。
全く釣り合いがとれていない。
そんな彼女を欲しようとするなんて、烏滸がましいにも程がある。
そう自戒しつつ、先にステージを下りていく彼女の後ろ姿を見ながら、
(その容姿とともに、神々しい美しさを振りまいた彼女の傍らで、僕は美しくあれただろうか──)
そう、自分に問いかけた。
§
余興が終わり、晩餐会は、ダンスの時間へと移り変わっていた。
楽団の優雅な演奏をバックミュージックにして、それぞれが思い思いの相手との舞踏に興じる。
ある者は、将来の結婚相手を見定める為に。
また、ある者は、家同士の繋がりを強める為に。
そんな華やかな雰囲気の中、特に踊りたい相手がいる訳でもない僕は、大広間の片隅で、所在なくしていた。
父さんは、同じ中立派の奥方と踊っているようだ。
現代日本風に言うイケメンなので、パートナーの女性は、とても嬉しそうにしている。
あれだけあからさまだと、夫の機嫌を損ねるんじゃないだろうか。
ルーシィとは、先程のセリア嬢との共演の後で会う事が出来て、ヴァイオリンの腕前を称賛されたんだけど、今は傍にはいない。
彼女は素朴だけど、可愛らしい容姿をしているから、そんな彼女を狙っている男性達に誘われて、ダンスの相手をしている。
つまり、僕は絶賛ぼっち中なのだ。
そんな僕を憐れに思いでもしたのか、先程共演したセリア嬢が、傍に寄ってきた。
今まで壁の花になっていたようだ。
彼女は美しいけれど、白金薔薇に形容されるだけあって、刺々しさも兼ね揃えているから、男性は尻込みしてしまうのだろう。
ただ単純に、誘われても全部断っただけかもしれないけれど。
「誰とも踊らなくていいの?」
セリア嬢にそう尋ねられて、僕は、
「まるで『ティル・ナ・ノーグ』に誘われたような、永遠を感じさせる時間だった君との共演の思い出を、他の事柄で汚したくなくてね」
恋愛には至らない関係だと割り切ってしまえば、気後れする事もなくこれくらいの言葉は出てくる。
「ティル⋯⋯何?」
聞き慣れない言葉に、眉を顰めつつ、問い返された。
そりゃそうだよね。ここは異世界なんだから。そんな言葉は存在していない。
「『ティル・ナ・ノーグ』──神話に登場する常若の国だよ。永遠に老いる事のない楽園として語られている」
あたかも、この世界の神話であるように言う。これくらいなら、一般的ではない伝承って事で納得してくれるだろう。
「聞いた事がない言葉だけど⋯⋯小説を書いているだけあって、詩的な言い回しをするのね。まあ、嫌いじゃないわ」
とそれなりに評価してくれるセリア嬢。
「嬉しいね。美しい君にそう言ってもらえるなんて」
「よくそれだけ浮いた言葉が次から次へと口をついて出てくるものね。貴方の性分って事だったけど、あまり見境なしに女性に対してそんな甘い言葉をいっていると、いつか後ろから刺されるわよ」
呆れを含んだ口調で忠告された。
そんな彼女だけど、まだ伝えていない事がある。
それは彼女が、〈終焉の厄災〉の復活の為の〈贄〉となる〈クリファ〉であり、『不安定』を象徴する〈アイーアツブス〉を司る少女という事だ。
その事実を考えると、リノア姉さんを始めとして、レティシア、イーリス王女、そしてこのセリア嬢と、既に四人もの〈クリファ〉と関わりを持った事になる。
それは本来、来年受験する王立学園で、ゲームの主人公が果たさなければいけない事の筈なんだけど⋯⋯。
そんな事を考えながらも、まあいいかと思い直す。
主人公ではないけれど、ふとしたきっかけで、こうして繋がりを持つ事が出来たんだ。
その彼女との友好を深める分には、何の問題もないだろう。
学園では、放っておいても、主人公と彼女の間には、最終的には恋愛へと繋がるフラグが立つだろうからな。
「刺されるような事にはならないと思うよ。僕が美しいと感じる基準は高いからね。ごく限られた一部にしかそういう言葉は言わない」
例えば、母さんとか、リノア姉さんとか、レティシアとか、ニベアとか、後、ネビュラもそうだね。ああ、それとユナさんと、知り合ったばかりのルーシィも──あれ、挙げ出してみると、結構いるな⋯⋯。
でもまあ、その中に僕を刺すような女性はいない筈だ。
⋯⋯いないよね? いないものだと願いたい。
「ふうん。私はそのお眼鏡にかなった訳ね」
未来に起きるかもしれない悲劇を想像しながら戦々恐々としている僕に、セリア嬢が言った。
そのプラチナブロンドの緩く巻かれた先端を手で弄りながら。
ゲームでは、それは彼女が主人公に見せる照れ隠しのサインだった。
とすると、僕に褒められたのも、満更じゃあなさそうだ。
僕がそんな風に考えて気をよくしていると、それまで奏でられていた曲が終わり、パートナー交代の時間となった。
「どうする? 私達も、一曲くらい踊っておく?」
セリア嬢が、挑戦的な笑みを向けながら誘いかけてきた。
セリア嬢と踊れる事は嬉しいんだけれど、如何せん僕にはダンスの経験がない。
このままでは恥をかいてしまう。
と、僕が逡巡していると、休憩中の軽食や飲み物が用意されている会場の端の方から、最近聞き慣れた女の子の声で悲鳴が届いてきた。
「きゃあっ!」
続けて、男性が怒鳴りつける声が。
「貴様あっ! なんて粗相をしてくれやがる!」
そちらへと目をやると、ルーシィが床にへたり込んでいた。
その前では、赤銅色をした短髪の少年が顔を怒りに歪めながら立ち、その彼女へと鋭い視線を向けている。
「たかが男爵家の小娘風情が、侯爵家の嫡男であるラザール様に対し、非礼にも程があるだろう! 床に頭を擦りつけながら詫びろ!」
「あ⋯⋯あう⋯⋯」
短髪の少年──ラザールと名乗った彼は、なおも激昂しながら、耻辱と屈辱を与える謝罪を強要する。
ルーシィは、言葉を詰まらせて怯えるばかりだ。
「貴様、なんとか言ったらどうだ!」
ラザールが叫びながら、その手を振り上げる。
その様子を見ていた僕は、不穏な気配を感じ、すかさずその傍に近づいていた。
間に入ってその腕を掴む。
「暴力は駄目です。それは美しくない」
「何だ貴様は! その手を離せ! 俺は被害者だ! そいつのミスで大事な一張羅を汚されたんだからな!」
僕の腕を振り解きながらラザールが喚き立てる。
「私は見ていたわよ。貴方がよそ見をしていてぶつかったんでしょう?」
そこに、後からついてきていたセリア嬢が口を挟んだ。
「違う! こいつからぶつかってきたんだ!」
ラザールが言い返す。
「嘘ね。私の魔眼〈プロヴィデンスの目〉がそう教えてくれているわ」
「ぐっ⋯⋯」
相手が自分より格上の公爵令嬢で、しかも魔眼の能力を使われたとあっては、口を噤むしかないだろう。
「ここは大人しく引いたらどうですか? これ以上恥を上塗りしたくなければ」
僕は率直な言葉で諭した。
「貴様さっきから何なんだ! 部外者は引っ込んでろ!」
けれどラザールは、全くとり合おうとはしない。
「それは出来ない相談ですね。ルーシィは僕の大切な友人ですから、見過ごす訳にはいきません」
毅然としてそれを拒む。
「この田舎貴族が⋯⋯ちょっと話題になったからって調子に乗りやがって⋯⋯」
「嫉妬ですか? どこまでも美しくないですね」
僕が蔑みの言葉を向けると、ラザールは、こめかみに血管を浮かび上がらせながら怒り心頭に発するようにすると、
「貴様に決闘を申し込む!」
と、口から泡を飛ばしつつ叫んできた。
「このめでたい祝福の場で決闘など、出来る訳がないでしょう⋯⋯」
僕は呆れ返った。
「うるさい! お前は俺の火魔法で焼かれて悶え苦しめ!」
そんな不毛なやりとりをしていると、様子を見守っていたらしいラグナ国王がやってきて、
「面白い。その決闘、俺が立ち会おう」
その言葉を受けて、ラザールが恭しく片膝を突いて家臣の礼をとった。
「ラグナ国王、私は、ラザール・フォン・オーゲンスタインと申します。発言の許可をいただけますでしょうか?」
「おう。言ってみろ」
「発言を許可していただきありがとうございます。先ずは、王の御前で騒ぎを起こした事をお詫びします。しかし、それには止むを得ない事情があるのです。私は、この身の程を弁えないデュアルとかいうやつに、許し難い侮辱を受けました。よって、互いの廃嫡を賭けた決闘を行いたく存じます。それに立ち会ってもらえるという事でしょうか?」
「ああ。その事情ってやつは、成りゆきを見ていたから大体把握している。デュアルも、納得がいってないんだろ?」
ラグナ国王に水を向けられ、仕方なく答えた。
「私は、彼の廃嫡など望みませんが⋯⋯」
「それでは対等な勝負にならん。お前も彼の廃嫡を望め」
「はぁ⋯⋯分かりました。決闘をお受けし、勝負に勝った時には、彼の廃嫡を望みます」
渋々ながら、承諾した。
貴族同士の決闘は、侮辱を受けた側が、自らの名誉を守る為に、侮辱した側の誰かに戦いを挑むものだ。
誓約の上で、互いに金品、領地、爵位などを賭けて行う。
その勝負の行方によって、誓約を違う事なく忠実に履行しなければならず、決して覆す事は出来ない。
「決闘は、騎士団の私設訓練場で行う。見物したい者はそこに集まるように」
ラグナ国王が告げると、その勝負を見届けようとする者達が、ぞろぞろと移動を始めた。
「デュアル君、とんでもない事になってしまったね。君の実力を疑う訳じゃないけれど、決して油断はしないように。家族が悲しむような結果にだけはなって欲しくないからね」
「デュアル君、ごめんね。私を庇ったせいで⋯⋯」
「剣士としての貴方の力量を私が見極めてあげるわ」
父さん、ルーシィ、セリア嬢が、決闘に向かう僕に声をかけてきた。
それらの言葉に対して僕は、
「どうしよう、自信がない⋯⋯」
後ろ向きな事を呟いた。
「何よ、貴方、腕が立つのはヴァイオリンだけなの?」
セリア嬢が、失望したように言う。
「違うよ」
頭を振ってそれを否定すると、
「怪我をさせない、って事にさ。相手の出方にもよるけれど、ともすれば、重傷を負わせてしまうかもしれない」




