第24話 白金薔薇の歌姫
「皆、俺の愛娘シャーロットの八回目の生誕を祝う記念すべき晩餐会によく出席してくれた。それともう一つ、伝えておきたい事がある。今回叙爵して男爵となったデュアル・フォン・フォルマだが、彼がアイシュリング伯爵家に秘蔵されていた秘薬を使ってくれた事で、長い間病に伏せっていた俺の愛娘の一人、第二王女のイーリスが、無事快復する事が叶った。これ程嬉しい事はない。シャーロットの生誕と合わせて祝ってやってくれ」
ラグナ国王が、一段高い位置でホール全体を見渡しながら声高に告げた。
晩餐会の会場となったここは、豪華絢爛な装飾が施されている。
クリスタルのシャンデリアが吊り下げられた高い天井、磨き上げられた大理石の床、壁一面のタペストリーや肖像画に金色のレリーフ、魔道具による幻想的な照明──。
そこに参列する者達は、この国の貴族達だけでなく、友好国の貴族や要人達も混じえて、皆色とりどりのドレス正装で着飾っている。
国王夫妻や主要人物達が座る貴賓席には、元気になったイーリス王女の姿も。
まだ栄養状態はよくないものの、彼女自身のたっての希望で出席する事になった。
彼女は、紹介を受けて立ち上がり、参列者達に笑顔を振りまいている。
「まさかご病気から快復されるとは。これはめでたい。今日はよき日だ」
「おお、初めてお顔を拝見したが、ソフィア王妃に似て、とても綺麗な顔立ちをされているな」
「まだあどけなさが残っているけれど、将来は美しい淑女になられるでしょうね」
「しかし、アイシュリング伯爵家に、そのような秘薬があったとは、驚きだな」
参列者達が、口々にイーリス王女の快復とその美しさを称える。
中には、彼女が秘薬で快復した事に触れている人もいるけれど、それについては、僕の〈破壊と創造〉の真の力を隠しておく為に考え出した嘘だ。
その秘薬について聞かれたら、その一本だけで製法は伝えられていないとでも言えば、それ以上食い下がってはこないだろう。
「デュアル君、男爵になったばかりだけど、こんな功績を上げちゃあ、またすぐにしょう爵してしまうんじゃないかい?」
隣に立つ父さんは楽しげだ。
レティシアはこの場にいない。引き続き宿でお留守番だ。
可哀想だけど、招待されていないメイドを連れてくる訳にはいかないからね。
「どうでしょうね。今回はまだ若いという事で、領地は与えられませんでしたけど、もし子爵にしょう爵される事があれば、どうなるか分かりませんし、頭が痛いところです」
僕がそう答えたところで、ラグナ国王が、手にしたワインの注がれたグラスを高々と掲げた。
「皆、杯を高く掲げるがいい! 王女シャーロットの生誕と王女イーリスの快復、並びに、我らが王国の未来に乾杯!」
そう力強く告げられるとともに、集った人達が一斉に高々と杯を掲げ、カチャリと無数のグラスが触れ合う音が鳴った。
その直後、ホールの奥に控えていた楽団が、優雅で華やかな音楽を奏で始める。
弦楽器のたおやかな調べが空間を満たし、フルートの軽快な旋律が踊る。
参列者達は、ビュッフェ形式の豪華な料理に舌鼓を打ちつつ談笑するなど、晩餐会は和やかな祝祭のムードへと移り変わっていった。
§
晩餐会が始まり、色んな人達に挨拶された。
魅力的な商品を扱っている者としての繋がりを求められて。
また、イーリス王女の病を治したという秘薬について知ろうとする者達から。
それらを、適当にあしらいながらかわし、ようやくその波が途絶えたところで、食事にありつく事が出来た。
父さんは、同じ中立派の知り合い達と歓談中だ。
会場には一緒に入ったけれど、国王に挨拶する際に、家格が違うので順番がだいぶ離れてしまい、はぐれてしまった。
どこかにいる筈だけど、ここは広いし、参列者達でひしめき合っている為、まだ見つけられてはいない。
まあその内会えるだろうと、今は食事に集中する事にした。
テーブルには、純銀の食器にずらりと豪勢な料理が並んでいる。
それを自分好みに見繕って皿に盛り、人気のないテラスへと出た。
アーチ型に突き出したそこには、淡い月明かりの下、一人の少女が佇んでいた。
憂うような眼差しで、夜空に散りばめられた星々の輝きに目を向けている。
鮮烈なワインレッドのドレスに身を包んだその横顔は、女神像かという程に精緻に整っている。
毛先が緩く巻かれた肩下程までのミディアムヘアは、目の覚めるような輝きを見せるプラチナブロンド。
──〈白金薔薇の歌姫〉。
〈八芒星〉と呼ばれる八大公爵家の一つ。光を司るクラウベルク家の嫡女だろう。
その通り名しか知らないけれど、おそらく間違いではない筈だ。
何せ彼女は、〈黎明のエヴァンジル〉のメインヒロインなんだから。
ゲームをプレイしていた時は、そのスチルを何度となく目にしていた。
年齢は僕と同じ十四歳。
つまり、来年受験する王立学園に合格すれば、彼女も同級生になるという事だ。
僕はテラスに置かれていたテーブルに料理を盛りつけた皿を載せると、そのメインヒロインとなる彼女に近づいて声をかけた。
「少しいいかな?」
「⋯⋯何?」
夜空に向けていた視線を下ろし、訝しむようにその柳眉を顰めながら問う。
澄み切った透明感のある、それでいて少しだけ掠れたハスキーさも感じられる非常に魅力的で綺麗な声だ。
〈黎明のエヴァンジル〉はフルボイスだったから、この声もよく聞いていた。
彼女を演じた声優さんは、当時まだオーディションで選ばれた新人だったけれど、その演技が評価されて、後に人気声優の仲間入りを果たすんだ。
「君はとても美しいね」
真っ直ぐに、その光の加減によって色が変化するヘーゼルアイを見つめながら伝えた。
「何それ、不躾ね。私の事口説こうとでもしているの? 初対面の相手に馴れ馴れしすぎない?」
気分を害したようにして、素気なく突き放される。
「ああ、ごめん。そういう意図はないんだ。ただ、美しいものを見ると、気持ちが昂ぶって自分を抑えられなくなる性分でね」
事実をありのままに告げた。
「⋯⋯嘘は吐いていないようね。私は〈プロヴィデンスの目〉という魔眼持ちで、嘘なんて簡単に見抜けるの。だから、本音だっていう事は信じてあげる」
と幾分機嫌を持ち直してくれながら。まだ完全に警戒を解いた訳じゃなさそうだけど。
その時、テラスにラグナ国王がやってきて、
「ここのいたのか、デュアル。おお、丁度いい事に、セリアも一緒だな」
そう声をかけられた。
「何か、僕達にご用ですか?」
僕が尋ねると、ラグナ国王は、思いもよらない事を提案した。
「何、会を盛り上げる為の余興として、お前達に音楽で共演してもらおうと思ってな」
「え⋯⋯?」
予想の斜め上をいく言葉に、思わず呆けてしまった僕に、
「セリアは、〈白金薔薇の歌姫〉と呼ばれる程の美しい声と卓越した歌唱力を持っているからな。それに、お前のヴァイオリンの腕もかなりのものだと聞いているぞ。二人で共演すれば、参列者達は大喜びだ」
「分かりました。大勢の人達に聴かせるの初めてですが、最善を尽くしましょう」
自信はあまりないけれど、国王に直接頼まれたら、嫌とは言えない。
それに、後ろ盾になってもらう事を快く承諾してくれたラグナ国王には、お返しをしてあげたいしね。
「ラグナ叔父様。相変わらず、自分本位ですね。それに振り回される私達の身にもなってください」
セリア嬢が、ツンとしながら、ストレートに苦言を呈する。
「そう言うな、セリア。お前の美声を聞きたいがこそだ」
ラグナ国王は、それに動じた素振りも見せず、彼女を持ち上げつつ願望を述べた。
「はあ⋯⋯まあ、いいです。どうせ今日の晩餐会では、歌わされるだろうと予想していましたから」
セリアのは、溜息を吐くと、諦めたように言い、僕を一瞥しながら、
「彼との共演は、想定外でしたけどね」
好悪の感情を滲ませつつ、告げた。




