第22話 病の原因
「それじゃあ、頼んだぞ」
「お願いね、デュアル君」
イーリス王女が療養している寝室の前で、ラグナ国王とソフィア王妃に託された。
「はい。お任せを」と答え、その扉を開けて一人で入室する。
スキルの使用に集中したいので、二人きりにして欲しいと頼んだのだ。
部屋は、トーンがアイボリーやベージュで統一されたガーリーで落ち着いたインテリア。
その中央に置かれた天蓋つきベッドに、イーリス王女が横たわっていた。
ゆっくりと上半身を起こしながら、
「デュアルさんですねっ! お待ちしていましたっ!」
病に伏せっている事を疑うような、元気一杯の声で言った。
年齢は、僕と同年代くらい。
水色をしたロングヘアの前髪で一束三つ編みを作り、そのまま下ろしている。
ソフィア王妃や王女姉妹ともよく似ているけれど、その中でも清楚さが際立っている。
顔色はあまりよくはないけれど、それでもその美しさは損なわれていない。
「はじめまして、イーリス第二王女殿下。デュアル・フォン・フォルマといいます」
先程ラグナ国王達にしたように、畏まった所作で挨拶をした。
「はいっ! よく存じております! 私、デュアルさん──〈ルベル・カエルレウス〉の作品の大ファンなんですっ!」
心底嬉しいというように、目元に泣きぼくろのある顔を綻ばせながら。
「それは作者としてとても嬉しいお言葉ですね。それならば、僕からの贈り物も喜んでもらえるかもしれません」
僕は空間収納から、一冊の本をとり出した。
「それって──!」
イーリス王女の透明感のある碧色の瞳が輝きを増し、そこに驚きと期待の色が宿る。
「〈黄昏のユリシーズ〉クレプスクルム ──
その第一巻初版本です。見返しには僕のサインを入れておきました。他、シリーズの現在出版されている巻は既に所持されていると聞いていたので、まだ出版されていない最新巻も合わせてサイン入りで贈らせてもらいます」
とそのもう一冊もとり出してみせ、第一巻と一緒に、手渡す。
「うわあっ! 本当ですかっ! どうしよう、嬉しくって心臓が止まっちゃいそう!」
おいおい、それはちょっと冗談にならないぞ。
「喜んでもらえたようで、何よりです」
「こんなに素敵なプレゼントをしてもらって⋯⋯」
大事そうに、本を胸に抱きしめるように抱えながら、感極まったように。
と思えば、続けて、しょげたような顔になり、弱々しく呟いた。
「私には何も返す事が出来ません。せめてこんな身体でなければ⋯⋯」
「その事でお話があります。イーリス第二王女殿下。貴女の病を、僕に治療させてもらえませんか?」
「え⋯⋯?」
意外な言葉だったんだろう。その目を丸くして驚きをみせる。
「でも、この病は、エリクサーでも⋯⋯」
「はい。そう聞いています。ですが、僕の固有スキルを使えば、治癒も可能だと思います」
「固有スキル⋯⋯ですか?」
まだ信じきれてはいない様子だ。
無理もない。その病の厄介さは嫌という程実感しているだろうからな。
そんなのは絵空事だと考えてしまうのが普通だ。
「ええ。〈破壊と創造〉といいます。その〈破壊〉で病の原因を消滅させ、〈創造〉で弱った肉体を回復させます」
「突然の申し出で、まだよく把握しきれていませんけど、そのスキルを使ってもらえれば、元気になれるんですね?」
その碧色の瞳に、僅かな希望の色が宿る。
「はい。そう確信しています」
信用を得る為に、断言した。
「分かりました。デュアルさんを信じて、この身体をお預けします。どうぞ、自由に診てください」
そう言うと、イーリス王女は目蓋を閉じた。
「ありがとうございます。では、失礼して」
僕は断りを入れてから、先ずは〈鑑定〉でステータスをチェックしてみた。
【名前】イーリス・フォン・ウァリエタース
【種族】人間
【性別】女
【年齢】14歳
【状態】極度の衰弱(原因不明)
【LV】8
【HP】32
【MP】45
【ATK】24
【DEF】18
【INT】37
【AGL】22
【能力】並列処理 魔:水 光 闇
【称号】王の血統 厄災の贄
【加護】邪神の加護
やはり、病の原因は分からないか。
これまで散々、調べられても判然としなかったんだうから、当然だな。
称号に、『厄災の贄』、加護に、『邪神の加護』とあるのは、このイーリス王女も、〈終焉の災厄〉の〈贄〉となる〈クリファ〉の一人だからだ。
『貪欲』を象徴する〈ケムダー〉。
その証拠に、彼女の首筋には、そうである事を示す〈邪悪の樹〉の紋様が小さく浮かび上がっている。
でも、その事が、病に関わっているとは考え難い。
その命が失われれば、〈クリファ〉の役目は、また別の誰かに引き継がれる事になる。
〈終焉の厄災〉も、せっかく選定した彼女を、わざわざ殺すような真似はしないだろう。
だとすれば、原因はなんなのか⋯⋯。
「スキルの力で、身体の内側を調べますので、痛むようでしたら、声を出してください」
「はい」
了解を得て、〈破壊〉の力をイーリス王女の身体の奥へと伸ばしていく。
そうして探っていると、胸の奥に、何か禍々しく邪な淀みを感じた。
(これは⋯⋯? 病巣とかじゃない。これは”呪い”による淀みだ!)
強力な偽装の魔法がかけられているけれど、僕の〈破壊〉の力がそれに触れる事で何とか看破する事が出来た。
原因を特定した僕は、〈破壊〉の力を完全に解放して、硬いリンゴを握り潰すように、その淀みを圧砕し、消滅させた。
続いて、〈創造〉の力を使い、呪いのせいで弱っている肉体を回復させる。
そうして、再び〈鑑定〉を使う。
状態が栄養失調ぎみとはなっているものの、身体を蝕んでいた呪いは消えている事を確認した。
後は、十分な栄養をとりさえすれば、すぐに普通の生活に戻る事が出来る筈だ。
「終わりました」
「⋯⋯治ったのですか?」
目蓋を開きながら、イーリス王女がおずおずと尋ねた。
「はい。これでもう、貴女が寝たきりでいる必要はなくなるでしょう」
そう告げるとイーリス王女は、その碧色の瞳を揺らした。
込み上げてくる思いをそのまま解放するように、ぱあっと顔を輝かせる。
と、羽毛のかけ布団を剥ぎとったかと思うと、ベッドから跳ねるように下りた。
そして、ネグリジェ姿のままその場でくるくると回り始める。
「あははっ! ホントですっ! どこも痛くないし、身体が自由に動きますっ!」
(今はまだ筋力をとり戻したばかりだから、あまり無理な動きはしない方がいいんだけどな⋯⋯)
けれど、イーリス王女は、満面の笑顔で、さも楽しげに舞い踊っている。
そんな事を言って水を差すのは野暮だろう。
そう考えて、口を噤む。
彼女を救う事が出来てよかったと、思いを噛み締めつつ、ただその様を見守っていた。




