第21話 国王との謁見
「アイシュリング伯爵家嫡男、デュアル・フォン・アイシュリング殿の入室です!」
侍従が声高に宣言し、謁見の間の重厚な扉が開かれる。
(緊張するな⋯⋯こんなの、前世で大学の合格発表を見にいった時以来だ)
呼ばれた僕が、扉を潜り足を踏み入れる。
謁見の間には、この叙爵式の立会人である高位貴族達がずらりと並んでいた。
公爵、侯爵、辺境伯──。
皆、家紋が刺繍された煌びやかな衣装に身を包み、威厳を漂わせている。
左胸にはこれまでの功績を示す宝飾のあしらわれた勲章の数々が。
見定められている──そう感じた。
誰もが、ぽっと出の若造がどれ程の器かと、その器量を図っているようだ。
アイシュリング家は中立派で、国王派と貴族派のどちらとも一定の距離感を保ってはいる。
けれど、海千山千の老獪さを持っている相手だ。
中には、自分の権威を保つ為には手段を選ばない者もいるだろう。
力をつけている貴族を敵視し、あわよくば蹴落とすか、自らの陣営に引き入れようとするなどして。
決して隙を見せる事は出来ない。
その鋭く刺すような視線を浴びながら、厳粛な雰囲気の中、敷かれたカーペットの上を慎重な足どりで進む。
奥の玉座に腰を据えている国王の前に出ると、ヴァンス宰相に教わった通りに膝をつき、頭を下げた。
(こちらが国王陛下か⋯⋯イメージしていた人物像とはだいぶ違っているな)
国王──ラグナ・ウァリエタースは、宰相様と同年代程に見える三十代後半くらいの壮年男性だった。
金髪を後ろだけ長く伸ばして、紐で結んでいる。
過去に起きた戦争では、自ら戦線に立って剣を振るった猛者だという。
だから、厳つい偉丈夫を想像していた。
けれど、見た目は現代風に言えば、チャラい優男といった感じ。
それでも、為政者としての能力は高いと聞く。
気性も、自信に溢れながらも高慢ではなく、名君として民に慕われているとの事だった。
(チャラい見た目だけど、威厳も感じさせるな。話も通じやすそうだし、上手くすれば、後ろ盾になってくれるかも)
そのラグナ国王の横には、王妃陛下と王女殿下と思われる女性達三人がいた。
三人とも年の違いはあれど、よく似ていて見目麗しい。
それぞれ個性に合わせた美しく品のあるドレスに身を包んでいる。
「デュアル・フォン・アイシュリング殿は、国民の生活を豊かにする数々の商品を開発し、また、北方の地の平穏をおびやかしていた盗賊団の壊滅において多大な貢献を果たした事により──」
僕が心中で色々と算段を立てている間に、宮廷官吏が、受章者の僕がなした武勲と功績を挙げていく。
その言葉が締め括られると、国王陛下が、その口を開き、
「デュアル、楽にしていいぞ」
まるで、親しくしている先輩が後輩にそうするように、フランクな口調で言われた。
僕は少しばかり面食らいながらも、務めて平静さを装い、徐に頭を上げた。
「お前の開発した商品はどれも価値が高い。中でも俺は、チェスが好みだな。仕事の合間に、ヴァンスとよくあれで酒を賭けて勝負している」
僕は、言葉を返していいものかと逡巡した。
「ああ、悪い。口を開く事を許す。自由に喋っていいぞ」
「では。チェスを気に入っていただけて幸甚の限りです」
許しを得て発言した。
「お前は制作者だけあって強いんだろ。この式の後で、一勝負いかないか?」
そこで、傍らに立つヴァンス宰相が、ごほんと大きめの咳払いを。
「陛下。無駄話に興じず、式の進行を」
苦言を呈されたラグナ国王が、不満そうに口を尖らせながら、
「少しくらいいいだろ。お前は頭が固すぎる。そんなだからチェスで俺に負け越すんだ」
「憎まれ口は要りません。進行を」
とり合ってもらえずに、続けて促され、
「分かった分かった。そう睨むな。ちゃんとやるから」
答えると、表情を引き締めた。
「デュアルよ。貴殿のような若さでなしたとは思えぬ数々の功績、真に見事だった。この国を統べる者として、嬉しい限りだ。よって褒美をとらせる」
称賛の言葉を口にすると、剣を手にとって立ち上がり、段差をゆっくりと下りてきて、僕の前に立った。
「アイシュリング伯爵家、デュアル・フォン・アイシュリング。貴殿を男爵に叙して、『フォルマ』の姓を与えるものとする。我がウァリエタース王国を守り、さらなる飛躍を見せてくれる事を願う」
(男爵!? てっきり騎士爵だろうと思っていたのに、それ程評価されていたのか?)
内心驚いている僕の肩に、ラグナ国王が、剣をのせる。
僕は、動揺する気持ちを押さえつけながら、その言葉に恭しく応えた。
「畏れながら、その期待に必ずや応えてみせます」
§
叙爵式後、父さんは、同じ中立派の貴族達と懇親会を開くとの事。
それで帰りは別々に、という話になった。
そして、僕はヴァンス宰相に言われていた通り、国王の応接間で待つ事に。
豪華な家具や調度品が置かれ、権威を示しつつもくつろげる空間だ。
しばらくして、その応接間の扉が開き、ラグナ国王が王妃陛下と王女殿下達を連れて入室してきた。
僕は慌ててソファから立ち上がって、居住まいを正す。
「先程お目通りしましたけれど、もう一度改めて自己紹介を。この度、男爵に叙されて『フォルマ』の姓を与えられたデュアル・フォン・フォルマです。どうぞ、お見知りおきを」
胸に手を当てながら少し頭を下げて挨拶をした。
「あー、式典の場じゃないんだから、そんなに形式ばらないでもいいぞ。もっと楽にしろ」
とラグナ国王が掌をひらひらと振りながら。
その言葉に、少しばかり身体の緊張を解く。
「私は、ラグナの妻のソフィアよ。よろしくね」
「第一王女のクラウディアです。よろしくお願いします」
「私、第三王女のシャーロット! ねえ、どんなプレゼントを持ってきてくれたの?」
ソフィア王妃はラグナ国王よりも少し年下に見える三十代半ば程の女性。
腰程まで伸ばした藍色の髪をした女性だ。
優雅さと品格を備えた美しさを湛えている。
クラウディア第一王女は、ソフィア王妃と同じ藍色をした肩程までのミディアムヘア。
年齢は十代後半に差しかかったくらいかな。
ソフィア王妃によく似た顔立ち。凛とした佇まいをしている。
シャーロット第三王女は、金髪のショートカットで、まだ十歳にも満たないだろう幼い外見をしている。
こちらもソフィア王妃によく似ている。
けれど、まだあだけなさが全面に押し出された無邪気さや純粋さを感じさせるね。
ラグナ国王は愛妻家として知られている。
その為か、側室は一人もいない。
歴代の国王の中では、珍しい事らしい。
「こら、シャーロット。お行儀の悪い」
ソフィア王妃が、嗜める。
「それでは、シャーロット王女殿下も待ちきれないご様子ですので、早速持参した贈り物をお出ししましょうか。空間収納に入れていますので、この場に出してもよろしいですか?」
僕が断りを入れると、ラグナ国王が、「ああ、いいぞ」と頷いた。
了承を得て、それらの品々を順番に空間収納から引っ張り出す。
「先ず、シャーロット王女殿下には、こちらを」
「わあっ! 可愛い!」
シャーロット王女が、目をキラキラと輝かせながら飛びつく。
それは、木彫りフィギュア。
現代日本で大人気だったアニメのヒロインをかたどったものだ。
フィギュアにはもっぱら塩ビと呼ばれる樹脂が使われる事が多い。
しかし、それはこの世界には存在していないので、木彫りにした。
これはこれで温かみがあっていいと思っている。
制作は、もちろん〈破壊と創造〉の力を使って。
「ソフィア王妃陛下様とクラウディア王女殿下には、こちらを」
二人に用意したのは、ハンドクリームとルームフレグランス。こちらは新商品。
ハンドクリームは、ホホバオイルと蜜蝋、精油で作った。
ルームフレグランスは、アロマオイルと無水エタノール、グリセリンで。
それで出来た液に、籐で作ったリードスティックを挿す事で、香りを空間に拡散させる。
その為の、花の模様を描いた一輪挿しの小瓶も用意した。
「見ない品ね。新商品かしら」
「綺麗な柄の小瓶ですね」
そう言って興味を示すソフィア王妃とクラウディア王女に、使い方などをレクチャーする。
「素敵ね。大事に使わせてもらうわ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
二人とも、顔を綻ばせながら受けとってくれた。
「俺には、何だ?」
ラグナ国王が期待を滲ませながら。ホント、無邪気な少年みたいな人だな。
「ラグナ国王には、こちらの特製チェスセットを」
「おお! これはガラス製か?」
それは、ガラスで作った王家の紋章が入っているチェスボードと駒のクリスタル・チェスセット。
貴族向けの高級品にもない、一点ものだ。
「これ程精緻な造りのガラス製品は見た事がない⋯⋯」
ラグナ国王が、そのガラス製の駒を持ってまじまじと見つめながら、見惚れたように嘆息する。
「後、ここにはおられないイーリス第二王女殿下にも、読書が趣味だと聞いているので、僭越ながら、自分のサイン入りの著作を持ってきているのですが」
「おお、そうか。それなら、直接会って渡してやってくれ。あの子は作家としてのお前のファンでな。叙爵式に呼ぶと知ったら、ぜひ会わせて欲しいと頼まれていたんだよ」
ラグナ国王が娘を可愛がる父親の顔を覗かせる。
「それは光栄です。それで、一つお願いがあるんですけど」
「何だ? これ程家族皆に素晴らしい贈り物をもらったんだ。無理のない範囲であれば、叶えてやるぞ」
「では。イーリス第二王女殿下に会ったら、その身体を蝕んでいるという病を、私に診させて欲しいのです」
僕がそう申し出ると、途端にラグナ国王は難しい顔になった。
ソフィア王妃とクラウディア王女も、揃って顔を曇らせる。
美少女フィギュアに夢中で話を聞いている様子のないシャーロット王女だけが、一人楽しげにしている。
イーリス王女がこの場にいないのは、僕が今言ったように、ある病に侵されているからだ。
それは、時が経つとともに、全身の筋肉が衰えていくというもの。
今は寝たきり状態でいるものの、まだ会話したり食事をしたりが可能だ。
けれど、いずれそれも出来なくなり、やがて心臓が停止して死を迎えてしまうとだろうとされているとの事。
不治の病であり、この世界での治療方法は見つかっていないそうだ。
「⋯⋯お前が、治療したいというのか?」
「はい。きっとお力になれると思います」
これは、王族に恩を売る事だけが目的じゃない。
自分も前世で若くして不治の病に侵された。
その苦しみは、痛い程に分かっているつもりだ。
自分の力で治せるのであれば、救ってあげたい。
「だが、あの病は原因不明で、宝物庫に秘蔵されていたエリクサーを使っても一向に改善されなかった難病だぞ。こう言っちゃあ悪いが、お前は多才だが、医術については素人だろ? それとも、エリクサーを超えるような霊薬でも持ってるとでもいうのか?」
疑うような眼差しを向けられる。
「いえ、薬ではありません。僕の固有スキル〈破壊と創造〉を使っての治療を行います」
アイシュリング家の皆以外には秘匿している事だけれど、イーリス王女を救う為には止むを得ない。
それに、ラグナ国王に後ろ盾になってもらえれば心強いし、この人柄だ。
国の為にその力を使え、などと強要される事もないだろう。
僕の意思を尊重してくれるだろうと踏んだ。
「〈破壊と創造〉⋯⋯? 聞いた事がないな。それは一体どんなスキルなんだ?」
問われて、詳しく解説した。
「⋯⋯なるほどな。俄には信じ難いが、その話が本当であれば、可能性はある、か」
ラグナ国王が、吟味するように思案げにしながら呟く。
「貴方、私は彼を信じて託してみたいわ。それに、例え、やはり無理だったとなっても、不都合がある訳じゃないんだから」
とソフィア王妃。
「私も彼ならば、奇跡を起こしてくれるような気がします」
クラウディア王女もそれに続く。
「分かった。よし、デュアル。お前を頼らせてもらう事にする。病を癒やし、イーリスを救ってやってくれ」




